第45話 立場の違い

「え? コウって年上なの!? いくつ?」


 ハーフダークエルフのララノアは、目の前の人族の少年にしか見えない小さいコウが、自分が年上であると告げたので驚いて聞き返した。


「僕は、十八歳だよ……」


 コウは自分より大人びて身長も高く、色気漂うこの女性に何か負けた気がして小さい声で答えた。


「二歳も年上だったの? ──ごめんなさい。……苦労してきたのね」


 ララノアはあまりに若く見えるコウが『半人前』と呼ばれている事が想像以上に根深いものだと勝手に想像し、その苦労を察して謝る。


「ち、違うから! いや、違わないけど、なんか悔しい想像されている気がする……!」


 コウは自分の姿にコンプレックスを持ったドワーフ人生だったから、今でこそ、それも気にしなくなったつもりでいたが、やはり、少しはまだ、心の端に残っているものがある。


 お互い苦労してきただろう相手だけに、同情される意味も深い。


 それだけに、ララノアの言葉は、コウの心の深い部分に突き刺さるのだ。


「いいのよ。お互い人族の血が流れていると外見や血で差別は当然だもの。──……コウ。よかったら、私に協力しない?」


 ララノアはコウに親近感をかなり感じたのか、真剣な表情でコウに何やら申し出をする。


「協力? ──そう言えばララってこの村に何の用だったの? 色々と案内したけど、目的を聞いていなかったよ」


 コウは肝心な事を聞き忘れていたとばかりに、疑問を口にした。


「……ちょっと、こっちに来て」


 ララノアはコウを手を引っ張ると人気のない茂みまでコウを引っ張っていく。


「……コウ。あなた、今の生活から脱したいでしょ? 私も今の生活から脱したいの。それで私、今、ある雇い主の下で働いているんだけど、今回の仕事で結果を出せば、正式に人族としての身分証と仕事を貰える約束をしているから、私に協力して一緒に身分を得ない?」


「……ララは何の仕事をしているの?」


 コウはララノアの話から不穏なものを少し感じた。


 人族としての身分証という事は、雇い主は人だろう。


 そして、今、その仕事中にドワーフの新天地『エルダーロックの村』にやってきている。


 それは、この村の情報を収集する事が仕事という事ではないだろうか?


 つまり、ララノアは人族の誰かがこのドワーフの村に差し向けた間者の可能性を意味した。


「……今は言えないわ。でも、私に協力すると約束してくれたら、上に私が話して、あなたが協力的で役に立つと伝えるわ。どう?」


「言えないんじゃ答えようがないよ。それに雇い主は誰? それも言えない?」


「……どう言えばいいだろう……? ──コウの心配はわかるわ。ちゃんと地位のある人の約束じゃないと信用できないものね? そこは安心して、ちゃんとした貴族様だから。今の、差別された生活から脱する好機よ! 一緒に幸せになりましょう!」


 ララノアは勘違いとはいえ、自分と立場が似ているコウを見捨てる事が出来ずに、勧誘した。


「……とりあえず、村をまだ、案内するから付いてきて。この話はその後にしよう」


 以前の前世の記憶を取り戻す前の自分なら、この誘いに乗っていただろう。


 現状を自分の力では脱する事が出来ず、苦しんでいたからだ。


 そこにララノアのような自分と立場を同じくする者が、仲間として手を差し伸べてくれたら掴まずにはいられない。


 しかし、今は違う。


 ダンカン達髭無しグループのみんなや、村長のヨーゼフ、その娘のカイナ、医者のドクに鍛冶屋のイッテツ、それにドワーフ内の立場を強固にしてくれた、太っちょイワンなど友人や仲間、頼れる上司にも恵まれ、今や同じドワーフとして、頼もしい仲間として、信頼を得ているのだ。


 ララノアは過去の自分だ。


 いや、過去の自分よりまだ、強い人だろう。


 自分の力で現状から抜け出そうと必死にあがき、同じ立場だと思っている僕にも助け船を出してくれているほどの人だからだ。


 だが、それも今のコウから見るととても危うい立場である。


 ララノアは僕と共に現状を打破しようとしてくれているが、想像では多分、すぐに切り捨てられる駒の一つとして扱われている立場だと睨んでいた。


「……わかったわ。私もコウの案内がないと自由にこの村の情報を入手できないし」


 ララノアはコウの真剣な物言いに、こちらの誘いを真剣に検討してくれるようだ、と解釈し、今は自分の任務に集中する事にしたのであった。




「──というわけで、現在、水の確保もできて、外に頼る事なく自立できているんだ」


 コウはドワーフの村の貯水池の建造や、そのろ過装置なども簡単に説明して人族から騙されたこの現状から脱した事を伝えた。


 これにはララノアも少し心動かされた様子であった。


 この村のドワーフ達は逆境に立たされる苦難の立場どころか、それを跳ね返し以前より良い環境を作っているのだ。


 ララノアは以前のここにあった人族の村は廃村、廃坑にしてこの地を去るような、「ゼロ」もしくは「マイナス」の土地を、良いものにしようとするドワーフ達の強い意志を感じた。


 それに対し、人族側の立場として(本人はそう思っている)、ドワーフから大金を騙し取るような行為に眉をひそめたし、鉱山も廃坑を巧妙に偽装して売却したとあっては、怒りすら覚える。


 その行為を行ったのが、雇い主なのだから、この対比に心が動かないわけがない。


 しかし、目の前のコウはそのドワーフから自分と同じように差別を受けている。


 そんなコウを助けたい気持ちもあり、葛藤していた。


「……コウ。あなたはどうしたい? これだけ協力してくれたなら、私が必ず口利きしてあげるわよ?」


 ララノアは痛快と思えるほどのドワーフ達の頑張りを聞いてなお、コウの立場を考え、人族の方に勧誘した。


「ララ、僕からも言わせて。──僕達ドワーフを騙したダーマス伯爵に正義があると思う? そんな奴の手下として生きる事に君は胸を張れるの? 確かに今の状況から脱したい気持ちは痛いほどよくわかる。僕もずっとそうだったから。だからこそ、言うのだけど……。──ララノア。そんな雇い主の下から離れてここで暮らさない?  もうすぐ僕の家がこの村の外れにできるんだ。そこなら部屋も多いから歓迎だよ?」


 コウは、他人を思いやれる気持ちの持ち主であるララノアに対して、逆にこちら側へと誘った。


「……え? 雇い主の名をなぜ……。──でも、コウは村の連中から『半人前』って差別を受けているじゃない。そんなところで生きるなんてつらくない?」


 ララノアは思わぬ誘いに混乱しつつ、コウの立場を気遣って問い質す。


「はははっ。『半人前』はね? それこそ以前は差別的な表現で使われていたよ。でも今では、僕に対する親しさを込めた言葉なんだ。だから、うちに来ない? ララなら大歓迎だよ。村のみんなもララに対して差別意識がないのは一緒に歩いていてわかったでしょ?」


 コウは笑顔で答える。


 その笑顔にララノアはようやくコウの境遇は自分の勘違いである事を知った。


 彼はすでに現状を打破して、自分の居場所を見つけているのだと。


「……」


 ララノアはどう言ったらいいのか言葉が出ない。


 自分は雇われの身だから、仕事は最後までやり遂げないといけないという責任感もあるのだ。


 そして、やっと一言。


「……考えさせて」


 と答えて村をあとにするのであった。

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