第42話 無名のブランド、躍進の予感
コウは数日の間、イッテツの鍛冶屋に籠って岩盤を掘り抜く為のツルハシを三十本ほど作っていた。
そしてたまに、大鼠族のヨースから頼まれた超魔鉱鉄製のツルハシやスコップ、金槌に杭、そして、斧や鍬なども作って渡していた。
「……それにしても本当に大丈夫か? 言う通りに刻印は合作を意味する『コウテツ』と入れておいたが……。あとで騒ぎになるのは嫌だぞ?」
イッテツはコウと一緒にヨースと契約を結んで超魔鉱鉄製の商品を何本も作っていたが、身元がばれた時を想像して思わず身を震わせた。
「大鼠族はわけあり商品を扱うのは得意だから、任せなって! それにしっかりと、報酬には還元するよ。これは前金な!」
そう言うとマースは小金貨を十枚(約百万円)、ポンと支払った。
「おいおい、因縁をつけてぼったくるつもりはないが、超魔鉱鉄製の一~三等級レベルの商品十点を小金貨十枚は少ないだろ?」
イッテツは自分だけでなくコウの為にも正当な評価を付けてもらう為にヨースにケチをつけた。
「だから前金って言っただろ! 俺だって懐が寂しいんだよ。あとは売ってからその報酬からちゃんと支払うって。それに大鼠族の流通網を使用するから差金も払わないといけない。それは、活動費にでもしてくれよ」
ヨースは自分の財布の中身はもう空っぽだとばかりに、皮の袋を逆さまにしてお金がない事をアピールした。
「……仕方ない。──コウ、ほれ」
イッテツはそう言うと、小金貨のうち三枚を自分が受け取り残りの七枚をコウに渡す。
「え? 駄目ですよ、イッテツさん。報酬は七対三で、僕が三です」
コウはそう言うと七枚の中から四枚をイッテツに渡した。
「おいおい、自分の役割をわかってないな? お前は鍛錬と魔力の提供で金属を超魔鉱鉄化してくれているんだぞ? 儂は仕上げと元になる良い金属の提供だけ。三対七くらいが丁度いいだろう」
イッテツはそう言うと押し返した。
「それじゃあ、原材料費だけで赤字じゃないんですか? イッテツさんがいい金属を出してくれたの僕は知っていますよ? それに仕上げのお陰でしっかりしたものができているんです。だから三枚でいいです」
コウはそう言うと、また、押し返す形で言い合いになる。
「二人とも、それなら半々でいいんじゃないか? 原材料とその見極め、仕上げはイッテツのおっさんがやっているし、それを超魔鉱鉄化して価値を飛躍的に上げているコウ。半々ならバランスが取れるだろう? それにこれから二人で『コウテツ』ブランドとしてやっていくんだ。権利は半分しておけば後々揉めないぜ?」
それを見ていたヨースは呆れて、仲裁に入るべく、折衷案を出した。
「……うむ。それならいいだろう。よし、半々だな」
イッテツはそう言うと小金貨二枚をコウに渡し、両者五枚ずつになった。
「僕がこんなに受け取っても……」
コウはまだ、不満そうであったが、イッテツが納得しているからこれ以上はごねられない。
しぶしぶ納得するコウであった。
「あ、しっかり言っとくけど、これは前金の分。売り上げからは、俺も報酬をもらうからそこは二人は四割ずつ、俺は二割でよろしくな」
ヨースは当然とばかりに報酬を催促した。
「何? お前は二割なのか?」
イッテツが不満そうな顔で聞き返す。
「ヨース、君は売る係だよね?」
コウも不満そうな顔をする。
「な、なんだよ? 俺だって大変なんだぞ? それに仲介料とかだって──」
「「三等分だ」」
コウとイッテツは口を揃えてそう主張した。
「え?」
ヨースは思わず聞き返す。
まさか自分の取り分が増えると思っていなかったのだ。
「ヨースがいないとそもそも売れないし、リスクを負っているのもヨースなんだから、三等分でいいよ」
とコウが再度言い直した。
イッテツもコウの意見に賛成なのか頷いている。
普通、モノ作りしている連中ってのは、自分だけが大変だと思って取り分を七くらい要求しそうなものなんだが、ドワーフって奴は人が良すぎるな……。
大鼠族は当然ながら、人から異種族まであらゆる種族を相手に商売をしており、騙し騙されの狡猾な立ち回りを要求される。
そんな中で利益を確保しているのだ。
ましてや大鼠族はドワーフ同様差別対象としても下に見られがちだから、無理難題を言われる事が多い。
それだけにコウとイッテツの主張は、ヨースにとって新鮮なものだった。
「……わかったよ。それじゃあ、三等分で報酬をもらうが、二人の名は絶対表に出さないから安心してくれ。それが、俺が取るリスクだ」
ヨースはモフモフの胸をドンと叩くと、イッテツの鍛冶屋をあとにするのであった。
それから、二週間後。
ヨースが戻ってきた。
ヨースは二人の鍛錬作業が終わるのを待ってから、
「二人ともやったぞ! 『コウテツ』ブランドとして、全て高値で売り尽くしてやったぜ!」
と自慢げに鼻を高々と上げて知らせた。
「おお! 本当に!?」
コウがそこでようやくヨースが返ってきた事を知り、驚いた。
「当然じゃわい。あれほどの代物。売れないわけがない!」
イッテツは満足そうに頷く。
ヨースは小金貨の入った袋を出して二人に手渡す。
「買い手は、俺も何人かは知らないが、高い評価を付けられたのは確かだぜ。ツルハシ、スコップ、金槌、杭、斧、鍬まで、全部で十本。合計小金貨七十六枚だ!」
「「な、七十六枚!?」」
コウとイッテツは驚かずにはいられなかった。
なにしろ小金貨七十六枚は日本円なら約七百六十万円の価値である。
前金で小金貨十枚受け取っていたし、その二、三倍くらいの価格で最終的には売れると思っていた。
それだけに、まさか、ツルハシやスコップなどでそんな大金になるとは思っていなかったのである。
「大鼠族の人脈網のお陰だからな? ──間に入ってくれた仲間の話では、三大ブランド関係者にも売れてこの額になったらしいぜ?」
ヨースはコウとイッテツに誇らしげに語った。
革袋の中には前金を差し引いた二十二枚の小金貨がそれぞれ入っている。
「これは……、大変な事になったんじゃない?」
コウが嬉しさ半面、大ごとになりそうな予感に少し、震えた。
「儂も同じ事を考えていた……」
イッテツも無名のブランドでこの額の評価は異常であったから、コウに賛同する。
「大丈夫だって! 鑑定でもしっかり超魔鉱鉄製の三等級扱いだったからな。自信を持てよ。それに、三大ブランド『ホリエデン』、『ドシャボリ』、『
ヨースが、そう胸を張って未来を予想する。
確かに、コウが知っている中でもブランド品で現存する超魔鉱鉄製の二等級ツルハシは、その貴重性、完成度から大金貨一枚(約一千万円)以上したはずだと思い出していた。
それほど、超魔鉱鉄製のものは貴重で普段の取引でも出てこない代物なのだ。
だから、それを考えると無名の三等級である事を考えると、今回の報酬はお手頃な価格に思えてくる。
「次は少し、間をおいてから出そう。世間の関心が高まったところで、それに適した価格で市場に出すんだ。次はきっと今よりも高い値段が付くと思うぜ?」
ヨースはただ闇雲に売ったわけではないらしい。
コウはこの頼もしい大鼠族の友人に感心するのであった。
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