第26話 ドワーフ達の覚悟
コウは領兵達が指揮官達を失って退散するのを待って、ドワーフの集落を後にする事にした。
集落は火に包まれ激しく燃えていたし、全てのドワーフはすでにこの地を去っている。
あとは、それらの殿と務める自分とダンカン達髭無しグループの撤退だけであった。
コウは燃える家々をドワーフとは思えない快速で突っ切っていくと、逃亡用の馬車が隠してある丘の向こう側に向かう。
そこにはダンカンと三名の髭無しグループだけが残っていた。
「やっと来たか! コウ、すまん! 馬車は捕まっていた仲間とその護衛の為に付けた奴ら五名を乗せたら一杯でな。先に逃げてもらったんだ」
ダンカンが今回一番の活躍者であるコウを乗せられなかった事を謝った。
「それはいいんです! でもみなさんは何で一緒に逃げてないんですか!」
コウはあらかじめ、自分がみんなと違って足が速い事を告げ、先に逃げる事を進めていたのだ。
「わははっ! 見送ったのは、集落に放火する前だからな。その前に逃げたら、俺達が薄情者じゃないか! なあ、みんな?」
ダンカンがいつもの笑顔で笑うと、髭無しグループのドワーフ達も大きく頷く。
仲間が頷くのを確認すると、ダンカンは続ける。
「……それにな? 追手は必ずくるはず……。それを考えたら、馬車で先に逃げた仲間も追いつかれる可能性がある。だから、少しでも時間稼ぎする奴が必要だろう? 俺達はその為に残ったんだ」
ダンカンは涼しい顔をしているが、その目は真剣だ。
彼らが死ぬ覚悟で残った事をそこでようやくコウも悟った。
「それは駄目です! みなさんは今からでも急いで退避してください。僕も後から追いつくので!」
コウはそれが一番みんなが生き残る可能性が高いと睨んでいた。
ただし、自分が生き残れるかは、わからないという前提の話であったが。
ダンカン達はそれがわかっているからこそ、命の恩人であるコウにそんな役目をさせる気はなかったから残ったのだろう。
他の仲間は他のドワーフの護衛という理由を付けて送り出せたから、あとは残ったダンカンは髭無しグループ三人で力を合わせてコウを逃がすつもりでいる。
そもそも、コウにとってほとんどのドワーフは差別をされた相手であり、助ける義理はない者が多いはず。
しかし、落盤事故では自分の命を呈して自分達を救ってくれた。
その事からも、コウが自分で助けられる命は助けるという思いが強いのは、よく理解していた。
実際、この数か月間、コウとは親しくなりその人柄を十分承知している。
そのコウがまた、自分達の退避の為に体を張ろうとするのはすぐに想像できた。
だから、今度はコウを助ける為に、その命を張るのは自分達の役目だ。
ダンカンと髭無し三人組でダンカンの年の近い甥っ子兄弟達、ワグ、グラ、ラルは、命を投げ出す覚悟でいたのであった。
「コウ、お前は先に馬車で退避している奴らに追いついてくれ。あっちも逃げられるかわからないから、コウの護衛が必要だ」
「それはできません! それならみなさんが護衛に付けばいいじゃないですか! 僕一人より四人の方が絶対いいですよ!」
「それだと馬車に乗れないだろう。コウ一人なら馬車も詰めれば乗れるさ。それに鈍足の俺達ドワーフが今から馬車に追いつくのは不可能だ。コウ以外にいないだろう」
ダンカンは当然の提案をした。
「じゃあ、みんなで残って追手を全部倒し、ゆっくり新天地に向かいましょう!」
コウは涙を浮かべて食い下がる。
ダンカン達にとって自分は命の恩人なのだろうが、コウにとってはようやくできた友人と呼べる仲間だったから、それをおいて逃げる事など出来ようはずがない。
「コウ。お前には感謝しているんだ。あの時、こいつらは命を救われた。俺もワグ、グラ、ラルとは親戚だからな、同じ思いだ。そんな優しいお前を苦しんでいる時に助けなかったのも俺達だ。だからこそ、今回は俺達に花を持たせてくれ」
ダンカンはそう言うと、コウの背中を軽く押す。
「ダンカンさん……、それにワグさん、グラさん、ラルさんも……。みなさんの覚悟はわかりました。……ならばなおさら、僕がこの場をみなさんに任せて去るわけがないでしょう? そんな事をしても……、今後の僕のドワーフ人生は後悔を背負ったまま生きる事になるので絶対に嫌です!」
コウは涙を両目に溢れさせたまま、答える。
そして、瞬きをするとその涙が流れ落ちた。
そして、続ける。
「それなら、第三の道を選択しましょう! みんなで追手を撃退し、五人で新天地へ向かいます! これ以外は譲る気はありません!」
コウは目の前の大切な友人を失うくらいならと頑なにそう宣言した。
「馬鹿野郎! 俺達の花道だぞ?」
ダンカンはそんなコウを怒鳴った。
だが、コウの涙を流しながら頑として聞かないという強い意志のこもった目を見ると、諦めたように苦笑する。
「仕方ないな……。俺達ドワーフは移動手段がないと、鈍足だから逃げるのは無理だ。それに仲間が領内から脱出中だから、逃げる選択肢はない。ひたすら追手を撃退する以外助かる道はない。ワグ、グラ、ラルもわかっているな?」
全員が覚悟を決めて大き頷いた。
「集落に火を付けたから、追手も流石に俺達ドワーフが逃げだしたと判断するだろう。ならば、追いかける為に各方面に兵を出すはずだ。俺達はその追手を撃退しながら引いて時間を稼ぎ、なおかつ、生き残る。──作戦は以上だ」
「……そんなの作戦でもなんでもない」
無口なワグがボソッとツッコミを入れた。
グラとラルもそれに強く頷くが、三人とも笑っている。
ダンカンは三人にとって叔父にあたるが、歳が近いのでその辺は気を遣う事もないようだ。
だが、それは尊敬する叔父への親しみを持っての冗談であり、責めているわけでない。
コウはそんな四人を見てまた涙目だったが、こんないい仲間を死なせてたまるものかと心に誓うのであった。
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