第8話 剣聖の構え
グランの思わぬ一芸で両者の戦いはヒートアップ。
それにより、ゴラークは試験なんぞで出すつもりのなかった『強欲の大剣』の真骨頂を引き出す。
「まさか試験で使うことになるとは、思わなかったがな」
対してグランも、ようやく腰に差す剣を抜く。
何をするかと思えば……
「さあ、やろうよ」
ただ剣を構えた
「……!?」
しかし、途端にゴラークはまるで動かなくなる。
否、
その様子に、観客も懐疑の目を向け始めた。
「どうしたんだ」
「始まらないぞ」
「ゴラーク様?」
それもそのはず、グランは特別な事を
剣を自分の前にすっと置いただけだ。
だが、ゴラークは確かに感じていた。
自らに向けられている果てしないプレッシャーを。
(なんだ、これは……!)
例えるなら、自分以外は何も存在しない空間。
その中で、一本の剣がこちらを向いている。
さらに、その剣はいつでも自分を殺せるという直観がある。
(体が
決して視界から消えず、いつでも自分を殺せると直感できる剣が、何もない空間でずっと目の前に突き付けられている。
そんな光景が無限にも感じられるほど長く続く。
ゴラークはそんな感覚に
もし、そんな状況になれば人間はどうなるか。
答えは一つ。
精神が壊れる。
「ぐ……が、ああ……」
グランはただ剣を構えただけ。
だが、その構えが英雄──剣聖ザンと同等のプレッシャーを放っていたのだ。
グランが無自覚に習得した『剣聖の構え』である。
その結果、
「ぶくぶくぶく……」
ゴラークは大観衆の前で泡を吹いて倒れた。
「え!」
対するグランは目を丸くしてびっくり。
何しろ、今から反撃に出ようというタイミングで相手が突然倒れたのだ。
拍子抜けにも程がある。
しかし、自身の強さをまるで自覚していないグラン。
(これは……フェイクか!?)
やはり深読みをしてしまう。
「くっ!」
(なんて
自らが相手を気絶させるほどのプレッシャーを出していることは知らず、さらに剣に力を込める。
この罠に乗るべきか、機を待つべきか。
グランが必死に考え出した答えは……突撃。
「うおおー!」
どうせなら当たって砕けよう。
その精神で剣を持ったまま駆け寄る──が。
『そこまで!』
さすがに審判員が試合を止めた。
ゴラークが戦闘不能と見なされたからだ。
だが、グランは驚いた表情で審判員を振り返る。
もはや振り返る首の速度まで早い。
「えっ! でもゴラーク君はまだ……!」
『そこまでです!』
「そんなわけないよ! 彼はまだ戦えるよ!」
『もうお願いだからやめてあげてー!』
最後までゴラークを「すごい人」と思っていたグラン。
納得がいかないながらも、審判員に抑えられてなんとか剣を収める。
「な、なんで……」
試合はここで強制終了。
納得がいっていないのは観客も同じだが、グランを見て思うことは一致。
(((
観客は完全に恐怖を抱いていた。
普通ならば番狂わせに大盛り上がりするところのはずが、あまりの異質さにドン引きするしかない。
『もう下がって! 試合は終わりです!』
「そんなー!」
そうして、まだ戦いたいグランは審判員に連行されていった。
そんな中、観客席のとある区画の
一般の席とは一線を画し、まさに彼女のためだけに用意されたようなVIP部屋から、全てを見下ろしている一人の少女がいる。
「ふふふっ」
魔法結界で仕切られた部屋で、彼女は笑みを浮かべた。
その顔は、グランが船で出会った少女──ニイナ・アリスフィアとどこか
ただ、ニイナよりは少し大人びているようだ。
そんな彼女に、隣に立つ執事が
「今の試合、どう見られますか」
「……そうね」
少し考える素振りを見せた後、彼女は興味深そうに口を開く。
「まだまだ謎が多いわね。けれど──」
「はい」
「あの【分身魔法】が偽物とは思えないわ」
「!」
先程、グランが使用した分身魔法。
彼女もまた魔法に秀でた者として、あれは本物だと認識したようだ。
対して、執事が目を見開いたような顔で返す。
「……では、本当に英雄の魔法を使ったと」
「ふふっ。それもにわかには信じ
そんな彼女は、グランが出て行った通路をじっと見つめながらボソっとつぶやく。
「
口角が吊り上がった口元、細めた目付き。
まさに物色でもしているかのような表情だ。
「ですが姫様、あの者がまだ合格と決まったわけでは──」
「いいえ。あの子は確実に来るわ」
そう言うと立ち上がる彼女。
グラン以外の受験生には興味が無いと言っているようだ。
「いい
不気味な表情を浮かべたまま、彼女は試験会場を去って行った──。
★
一方その頃、試験会場『第二十闘技場』。
期待度順に受験生が割り振られるというこの実技試験。
ここは最も期待度が低い場所──のはずだった。
「なんだ今の……」
「何が起きたんだ……」
「分からねえ……」
数は少なくとも、試験を見に来ていた観客たちは目の前の光景に目を見開く。
中には学院の先輩なども混じるが、何が起こったかは理解できなかった。
彼らが驚いているのは勝者側の受験生。
「とりあえず……突破」
勝者は、昨日グランが助けたコートの女の子だった。
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