第43話 世界大会って?

「まさかレンゲちゃん、世界大会を知らなかったとはね」


初めてのひとりでの生配信(ナズナもいたけれど)が終わったあと。

私は施設の事務室へと戻っていた。

施設長は私の分のお茶を出してくれながら、


「そこそこ掲示物で出したりもしていたんだけどなぁ。気づかなかったかい?」


「す、すみません。いつも早く清掃作業をと思って廊下を走っていたので……」


「廊下は歩こうね? 午前中はお客様がいないとはいえ」


「はい……ごめんなさい」


しおしおと肩を縮ませるしかない私を見て、ナズナが深いため息を吐く。


「まったくお姉ちゃんは……小学生みたいな注意を受けて」


「うっ、現役小学生の視線が痛いよ」


「そう思うならしゃんとしてよね、ホントに」


「はーい……」


なんとも威厳のない姉もいたものだね、我ながら。

妹が賢すぎるとなおさらだ。

そんな私の自慢の妹、ナズナは改まって施設長へと振り返り、


「それで世界大会の件なんですけど、お姉ちゃんは出るべきなんでしょうか?」


そう問うた。

世界大会についてはお茶を淹れてもらっている間にナズナから聞いている。

要は世界で1番良いタイムを目指そう!

っていう試みなんだって。


「もちろん、参加は任意だとも」


淹れたお茶に口を付けつつ、施設長。

まだホッカホカに湯気が出てるのに、熱くないのだろうか?

私は自分の前のお茶をフーフーして冷ます。

フー、フー。


「欲を言えば参加してもらえるとありがたいんだけどね。ナズナちゃんの方はあまり乗り気じゃないかな?」


「うーん、まあ……世界大会について少し調べましたけど、予選はRTAも独りでやるわけではなくてルールがあるんですよね? そもそもお姉ちゃんがそのルールに順応できるかが疑問だなって」


「確かになぁ……」


フー、フー、フー。


「あとはお姉ちゃんはきっと徹底マークされると思うんです。正直、施設長の前でこんなことを言うのはなんですけど……」


「構わないよ、言ってごらんなさい」


「では……。RTA界隈って、結構な女性軽視というか、走者の民度が終わってますよね?」


「……うん。一概には言えないけど、確かに性別で明確な区別はされるし、中には差別的な対応をする人もいるね」


フー、フー、フー。


「そうした人達とお姉ちゃんが出会ったときの化学反応が怖いというか……」


「化学反応?」


「お姉ちゃんが無自覚にそういう人たちの神経を逆撫でするんじゃないか、って。ほら、うちの姉は天然記念物なものですから」


「うん、そうだね。それを男性走者に対する煽りと受け取られて炎上する可能性が無いとはいえない」


フー、フー、フー。


「あとは、そういったお姉ちゃんの行いがむしろ世間に"肯定"されることで、これ以上お姉ちゃんが注目されるのもな、って」


「ああ……なるほど、そうだねぇ」


「なっ、なんで生温かな目で私を見るんですかっ?」


「いやいや、そんな生温かい目でなんて……うん」


「別に、私はお姉ちゃんが世間一般に広く知られる有名人になってしまったらメディア出演とか各媒体の取材とかワールドツアーとかもろもろで一緒に居られる時間が少なくなるんじゃないか、なんて心配をしてるわけじゃないですからっ!」


「うんうん。大丈夫だよ、分かっているから」


「フー、フー、フ~~~」


「ホントに違いますからっ──お姉ちゃんっ! お姉ちゃんはさっきから何をフーフーフーフーばかりしてるのっ! 私たちはお姉ちゃんの話をしてるんだから、お姉ちゃんもしっかり聞いて、」


「あ、うん。聞いてるよ。ナズナ、はい、これ」


私は冷ましたお茶と、ナズナの前のまだホッカホカのお茶を交換する。

ナズナは昔から、とびきりの猫舌だからなぁ。


「もう飲めるくらいの温かさになったと思うよ」


「……そっ、」


「そ?」


「そういうとこだぞッ!!!」


そういうとこ?

何がだろう?

まあでも別に何かが不満だったわけでもなかったのだろう、ナズナはムスッとした顔で私の服を掴んでくる。

これは分かりにくいけど、ナズナにとっての照れ隠しの顔で、なおかつ甘え行動だ。

私はお姉ちゃんなので知っているのだよ。


「よしよし」


「頭撫でないで。子供じゃあるまいし……まあお茶は美味しい。ありがと」


「どういたしまして」


「それでお姉ちゃんはどうしたいの? 聞いてたんでしょ、話」


「うん、私は参加しようかなって思ってるよ」


「「えっ?」」


ふたりから意外そうな視線を向けられた。

え、そんなに私って優柔不断な人に見えるかな?


「世界大会予選……レンゲちゃんは参加したいのかい?」


「はい。だって施設長にもお話したじゃないですか。私はこの施設のため、できることがあるならしたいんです」


いま現在、私の配信がおかしなくらい知名度が出ていてお金が入ってくるようになったのは知っている。

でも、施設を存続させるのに必要なのは、なにもお金だけではないのだ。


「以前施設長がボソリと呟かれていたのを聞いていたんです。いま下火のこのダンジョン界隈にもう一度"ぶーむ"が来たら……と」


「たっ、確かにそれはそうだが……」


「それは、私が世界大会予選に参加することで来るかもしれない、そういうものなんじゃないでしょうか?」


私の言葉に施設長は静かに頷いた。


「ああ。レンゲちゃんがこのまま大会に参加して、もっともっとたくさんの人にダンジョンというものの楽しさを知ってもらえる機会にできたなら、ダンジョンブームは再来するかもしれない」


そういうことなら、私の決断は分かり切っている。


「施設長、私、世界大会予選に参加しますっ。そして"ぶーむ"を、再びっ!」


「嬉しいよ。ありがとう、レンゲちゃん。私も精一杯サポートしよう。ナズナちゃんもそれでいいかい?」


「……お姉ちゃんが参加したいって言うなら」


そういうわけで、私の世界大会予選の参加が決まった。

がんばって"ぶーむ"を再来させよう!

ところで"ぶーむ"ってどういう意味だろう?

あとでナズナに聞いておかないとねっ!

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