第七話

 ドレイクを"解放"したことを、戦闘しながらもユーレッドは察したらしい。

 彼は巨大な敵と戦闘中であったが、ドレイクの気配に気づいてうまく後退してきていた。

 そしてざっと引き戻ったが、それを逃さじと敵の囚人の黒い触腕が伸びてくる。

「懐かしいしつこさだな!」

 しかし、焦ることもなく慣れた様子でざざっと飛び退いて避けると、ゆるやかに近づいてきていたドレイクが、彼らの間に音もなく入ってきた。

 囚人の狙いはそのままドレイクに変更されるが、ドレイクはすでに迎え撃つ姿勢に入っている。

 囚人の動きより先に、ドレイクが相手の核ごと真っ直ぐに切り下ろしていた。

 囚人の体を構築していた汚泥が溶けて、地面に広がる。

 ドレイクは、元の静けさを保ったまま、そこに佇んでいた。

「ふふん、調子よさそうじゃねえか」

 ユーレッドが少し皮肉っぽくいうと、ドレイクがウルトラマリンに輝く瞳を、彼の方にチラリと向けた。

「その調子で、俺がなにもしなくてもいいようにしてもらいたいもんだ。今日こそは、本気で走ってもらいたいぜ」

 しかし、そんな皮肉はドレイクにはあまり効いていないらしく、小首をかしげて、

「私はいつでも本気なのだが」

「てめえ、本当、人をイラつかせる天才だな!」

 ユーレッドがムッとしたが、すでにドレイクの興味は他の囚人に移っているようだ。

「ふむ、なるほど。視認で再確認したが、もう一体厄介なのがいる」

「おーよ。だからてめえをコールさせたんだよ。俺一人だと、タイロ守るのに、スワロべったりにさせても不安だからな」

 ユーレッドは、軽く小ぶりの囚人を撃退しつつ言う。

「本音はスワロを飛ばしながら戦った方が楽なんだが、ちょっと心配だったからな」

「ふむ。そうか、なるほど」

 そうきいて、ドレイクは頷いていたが、その顔は何やら考えを巡らせているようだ。

「タイロ青年を守らせる?」

 とぽつり。

 ドレイクは、スワロのことも知っている。スワロはアシスタント。彼のビーティアがそうであるように、単体で戦闘するための兵器ではない。

 その戦闘力や搭載兵器を考えると、タイロを守らせるといっても、少し強い囚人に囲まれると、スワロだけでは太刀打ちできないはずで、結局、知らせを受けたユーレッドが助けにいくはずである。

 それよりは、得意分野である情報収集をさせ、周囲を広範囲に探らせているほうが、ユーレッドもよほど戦いやすかろう。

 そして、そんなことはユーレッド本人が一番わかっている。

 だというのに、ユーレッドはタイロを一人にしておくのが心配なので、タイロとスワロを一緒に置いているのだ。

 それは基本的に合理性を尊ぶ彼らしくない。ドレイクとしては、そこが不思議だったようだが、彼の物言いでなんとなく理解したようだ。

 ドレイクは何か得心がいった、と言う様子でうなずく。

 ひとこと、ボソリと。

「もしや過保護?」

「はァ、なんか言ったかあ!」

 おもわず、ユーレッドが聞き咎めるが、ドレイクは大して動じていなかった。

「すまぬ。心の声が漏れた」

「ちょっ、てめえ! なおさら、悪い……」

「まあ、タイロ青年は、大丈夫であろう」

 言い募ろうとするユーレッドをマイペースに遮った後、ドレイクは頷いた。

「今ならおれも何かあると戻れる。タイロ青年の安全は確保できるであろうから、安心してアシスタントを呼ぶと良い」

 そう言われて、ユーレッドはチッと舌打ちした。

「あんたの機動力の件は信用ならねえが、まあいいだろう。ひとまず、ちょっとあいつらと遊んでてくれよ」

「よかろう」

 と、ユーレッドは、一時前線をドレイクに任せて退いた。

 敵がわあっとドレイクに群がってくるが、ドレイクは冷静に見迎える。

「ビーティー」

 ぼそりと呼びかけると、アシスタントである蝶のビーティアがかすかに輝き、そのはねがふるえた。

 近づいてきた囚人の一部が、べこっと潰れる。それでも、何とか這うように襲ってくるのをドレイクはやすやすと斬り捨てた。

 局所的にビーティアの能力で敵を弱めつつ、ドレイクは相手の攻撃を誘える。そうして焦って先攻してきたものを、すれ違いざまに一撃で沈めていくのだ。

「相変わらず、あの夫婦容赦ねえ」

 ユーレッドは、こわやこわや、とぼそりとつぶやくと、そのままタイロの方にスワロを迎えに来る。 

「スワロ、来い!」

 きゅきゅ、とスワロが反応する。一瞬、タイロを気にするが、

「俺は大丈夫、スワロさん、いって!」

 タイロがそういうと、スワロが気をつけてと言うように、きゅ、ぴっ、と鳴くと、飛行形態に変形しつつユーレッドの元に飛んでいく。

 ユーレッドはタイロの方をちらりと見た。

「タイロ、なんかあったらすぐ呼べ」

「はいっ!」

 ユーレッドのいいつけに良い返事をしつつ、タイロがそれなりに身を守るべくテーザーを手に取った。

 最低限の護身については、ユーレッドからがっつり指導も入っている。

 が、あまり自信がないので、タイロとしては全力で桜の木の陰に隠れつつやり過ごす方針だった。

 しかし。

 タイロに近づく前に、すでに囚人は引き裂かれ飛び散っており、あまりタイロの方に近づく敵はいない。

 今だって、遠ざかりゆくユーレッドが小さな囚人を積極的につぶしているため、タイロを襲う余裕のある囚人はいないのだ。

 ユーレッドはすでにスワロに指示を出しており、スワロは形を三角形の飛行形態に変化させて飛び上がっていた。

 そして、鳥のように上空を旋回しはじめている。

 スワロはそれで見た情報を、そのままユーレッドに伝えている。

 タイロにはどうにも直感的にわかりづらいのだが、ユーレッドは自分で見た視覚情報と、スワロから入ってくる視覚情報を、複数モニターがあるような感覚で確認できているらしい。

「へえ、流石に数が多いな。うまくあちたこちらに、かくれんぼしてやがる」

 スワロからの情報を得ると、ユーレッドとしては地形や敵の把握が格段にしやすくなるらしく、小粒な囚人などの取りこぼしそうな敵が的確にわかるようになるらしい。ユーレッドは相手の位置を正確に確認してから、素早く戦術を変えることができた。

 タイロを守るという意味でも、ユーレッドはそうした小ぶりなものも確実に仕留めながら動いている。局所的に行っているドレイクによる牽制も効いているようで、どうやら戦いは相当有利に進んでいそうだった。

「よかった。この桜の木に隠れていれば大丈夫そう」

 タイロはそれを確認してほっと胸を撫で下ろしていた。

(でも、もう一匹でかいのいたよね。あれを倒さないとダメなのでは)

 今は地面に隠れるようにしているが、大きな囚人がもう一匹いた。

 囚人は倒された同族の黒物質を共喰いして吸収するため、強い囚人ほど大きくなりがちだ。地面に沈み込むようにして身を隠しているものは、近づかれてもタイロのような素人にはまずわからない。

(ユーレッドさん、どうするのかなあ)

 何を言ってもユーレッドは戦闘に関しては玄人である。タイロが下手に指示を行うよりは、見守っていた方が良さそうだ。

 そうして見守っている先でしゅるりと黒い泥がドレイクの方にはい寄っていくが、次の瞬間、あくまで静かにドレイクがそれを引き裂いた。

 視力が戻っても、彼の戦闘はあくまで静かだ。動的な弟のユーレッドとは対照的だった。

(まあでも、あの二人、ちょっと動き似てるよね)

 タイロはそんなことを考える。

 剣術に詳しくないタイロであるが、おそらく、流派的なものがあるとすれば二人は全く別だろう。構えや型のようなものが違うのだ。しかし、動き方の癖みたいなものが共通している。

(なんだっけ、モーションの提供者が同じとかそういえば言ってたっけ?)

 なんにせよ、こういうところで兄弟なんだなあと思ってしまうタイロだ。

 そうこうしているうちに囚人の数は確実に減っていた。

 その一方、その残骸は地面に残らずに消えているのも確かだった。

 獄卒達が囚人を倒しても、その残骸はその場に残る。それは、感染性を残した汚泥にほかならず、通常は特別な処理を施す必要があり、管理局の清掃班に片づけを依頼する。それなのに、目の前からきえているということは、汚泥を吸収する何者かが存在するということだ。

 そして、それが、最初に姿を確認したあと、見かけていない”もう一匹”であることはタイロにでもわかることだった。

 ずばあっと小さなスライムのような囚人を切り倒す。汚泥が飛び散るのを避けながら、ユーレッドは静かにそこに佇んだ。すぐ後ろにドレイクも控える。

 急に静かになり、桜の花びらがしんしんと降るだけの、そんな妙な静けさが耳に痛い。 

「さて、そろそろお出ましだぜ」

 ユーレッドがぼそりと呟いたと同時に、地面からごぼごぼと黒いものが湧き上がっってくる。

 冷静な二人の兄弟の前に、地面から黒い塊がぐばああとあらわれて立ちはだかるように起き上がった。

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