西行夜想ー桜の下のフランクー
第一話
ちらちらと白に近しい薄紅の花びらが散る庭園だった。
庭園?
いや、並木にも見える。なんだか広大な場所だった。
(どこだろ?)
彼はぼんやりと考えた。どうもここは夢の中のようなのだ。
(そういえば、お花見を計画してたんだった)
のんきにどう思ったところで、一際大きな木の前に人が立っているのをみた。
年配の男性と、若い男のように見える。
「お前はここを守れるな?
「はい」
何者かが消えいるような声で答える。
夜の闇に溶けてしまうような微細な声。
「必ず」
しんしんと、桜の花が二人の間に散っていく。視界まで白くなってしまいそうだ。
不意に朝の光が入ってきて、それで彼は目を覚ました。
(んーやっぱり夢かあ)
彼は目を擦りつつあくびをする。
「なんか変な夢だったなあ」
タイロ・ユーサは、寝ぼけ眼を瞬かせつつつぶやいた。
外は柔らかな光が差し込む。
そう、季節は春なのだ。
*
桜の季節だ。
まだ満開ではないが、ちらほらと桜の花びらが風に舞うのも見える。宵はそれでも少し肌寒いが、うっすらと漂う春の気配にタイロは思わず陽気になるのだった。
ライトアップされた公園は、夜桜を楽しむ人で溢れている。
獄吏タイロは、まだ少年の域から脱しきれていないあどけなさを持つ青年だ。そんな彼は、この春の陽気に特に理由もなく浮かれ気味である。
「お弁当の手配も済んだよ。お花見が楽しみだね、スワロさん。今夜これでしょ、明日は多分ちょうど満開になると思う」
頭の上のスワロに話しかけると、スワロはきゅっと鳴く。
「ふふん、たまには俺の読みも当たるよね」
丸い達磨みたいなロボットのスワロは、小さな目が一つあるだけで表情などわからないのだが、ちょっと付き合うと比較的感情はわかりやすい。
スワロも楽しそうだ。
「あー、そうそう、お花見のご飯ですが! 行楽弁当をですねえ、オシャレでおいしそうなの頼んだんですよ! ねえ、ユーレッドさん。ウィス姐さんも喜んでくれますかねえ。ウィス姐さんは、お弁当のみかけも可愛い方がいいでしょうし、俺、完璧ですねえ」
タイロは、付き添いのユーレッドに話しかける。
「俺、意外とこういう幹事するの向いてるっぽいですよー!」
「お前、本当よく喋るなあ。仕事終わりのテンションと思えねえ」
ユーレッドは、呆れ気味だ。
夜の公園。
タイロは、とある事情から、ちょっと狙われやすい体質である。特に汚泥や囚人からも狙われやすい。
なので、こうした夜の外出には、ユーレッドをボディーガードとして頼むこともしばしばだ。
獄卒のユーレッドは、昼間は囚人ハンティングに荒野に出かけていることもあるが、基本夜型。昼間は寝ていて、夜になると元気になって、散歩したりと活動的になる。しかも彼はなんだかんだとタイロに甘い。そんな彼なので、タイロから頼まれたボディーガード任務を断ることはまずない。
しかし、これだけ人が出ている桜祭り会場だ。それならさすがにタイロが一人歩きしていても大して危険ではない。それはタイロもわかっていた。
ただ、明日予定していた、プライベートな花見の下見に一人で行くのもなんなので、夜の散歩好きなユーレッドを誘ったというのが本音である。
「あのなあ」
ユーレッドは、夜だというのに例の薄いピンクのサングラスをしていたが、それをようやくちらと外しつつため息をついた。
「お前が浮かれてるのも、弁当がすげえのもいいんだけどよ。……俺に一つ説明してもらってもいいか?」
「なんでしょう?」
きょとんとするタイロ。ユーレッドは微妙な顔をして、背後を見やった。
浮かれるタイロ、そして、微妙な顔のユーレッドの後に、一人男が立っているのだ。
「俺の後ろで塩焼きそば食ってるやつ、いるよなあ。お前、アイツになに頼んだ?」
「えー?」
タイロは小首をかしげる。
ユーレッドの後ろには、パックの焼きそばをもそもそ食っている男が立っていた。
黒いロングコートの肩の部分に、機械仕掛けの蝶がブローチのように止まっている。
陰気なたたずまいだが、なかなかの二枚目。率直に言って美男子だが、ユーレッドとは同種のようでまた少し違う、妙に不穏な気配を漂わせる。
一見気配が薄いが、危なっかしい空気があり、まわりの人がなんとなく彼を避けて通っていく。
何も知らないものも、不穏な男だということはわかるだろうが、しかし、その男が都市伝説になっている獄卒の
T-DRAKE。
出会ったものは殺される、という都市伝説のある獄卒。その噂の通り、彼と直接会ったものが極端に少なく、その不気味な噂も理解できるような佇まいの人物だ。
といっても、今のタイロにとっては別に彼がいることは、意外でもなんでもなかった。ユーレッドともども、危険な彼らと旧知の仲のタイロは、持ち前の人懐っこさもあり、彼等の不穏さにはとっくに慣れてしまっている。
第一、彼をここに呼んだのは、タイロ本人なのだ。
「ドレイクさん、焼きそば気に入ってくれたみたいですねえ。よかったあ」
タイロはあくまでのんきなことをいう。
「いや、だから、なんでアイツがここで焼きそば食ってんだよ」
ユーレッドは、やや不機嫌だ。
「ユーレッドさん、自分でお兄さんに聞けばいいのにー」
「お前に聞くほうがはやいんだよ。アイツ、通訳いねえと意味わかんねえから」
照れてるの? みたいな反応をするタイロをにらむユーレッドだ。が、タイロは平然と答える。
「ドレイクさんは、お花見の場所取りをしてくれる予定なので、下見に同行してもらったんですよ」
「は、場所取り?」
「俺は待つのが苦にならんからな」
ぼそりと答えるドレイクの肩には、相変わらず機械仕掛けの蝶型のアシスタント、ビーティーがとまっていた。
ユーレッドとドレイクは、タイロが聞き齧った話だと、どうも兄弟のような関係らしい。しかし、顔や背格好などの外見も似ていなければ、せっかちで短気なユーレッドに対し、気が長くておっとりしているドレイク、と性格もさほど似ていない。
なおかつ、ユーレッドはこの性格なので、どうにもドレイクには突っかかる。
今も、むう、とちょっと不機嫌な顔になりつつ、
「場所取りだって?」
「だって、ユーレッドさん、気が短いし場所とってくれなさそうですし。一方、ドレイクさんは待つのが得意っていうんで、適材適所ってやつですよね。なので、焼きそば二個で雇ったんです!」
「はぁッ? や、安ッ!」
ユーレッドがきっとドレイクをにらむ。
「アンタなにやってんだよ! 最強剣士のプライドはどうしたんだ! そんな安いもんでやとわれてんじゃねーよ!」
ドレイクはマイペースにもそもそと焼きそばを食べると、ふむ、とうなった。
「いや別に、食料のために雇われたのではないが?」
「じゃあなんだよ」
「花が綺麗な頃合いだ。俺はあまり目がよくないが、ビーティーは花が好きだから」
ドレイクの機械的な白い瞳は、視力が一定ではない。全く見えないこともあれば、多少見えていることもあるが、十分に見えておらず、そんな彼は蝶のビーティアに誘導されている。
アシスタントのビーティアと彼は、元々夫婦であったらしく、今でもドレイクは彼女に優しく接していた。
「夜桜は綺麗だ。こういうところに連れて行くのも良いかと思ったのだが?」
「ふん、相変わらず、鬼嫁にお優しいことで」
ユーレッドはちょっと嫌味を言う。
「花見ってガラかよ、あんた」
「そういうネザアスも、結局きているではないか」
そう突っ込まれて、ぬ、とユーレッドが詰まる。
「俺は、その、スワロが行きたがるし、そいつが心配だから」
ちょっと言い淀みつつ、ユーレッドは肩をすくめて話題を変えるべく舌打ちした。
「チッ、小僧になつきやがって! 焼きそばごときで買収されるとか、兄貴も落ちたもんだよなあ!」
「なんだ。ネザアスも焼きそばが欲しかったのか? ならば、俺が買ってきてやろう」
「い、いらねーよ」
そんな兄弟のかみ合わないやり取りを聞きながら、タイロは思わず笑ってしまう。
「いいじゃないですかー。ユーレッドさんだって、こういうお祭りとかイベントとか好きでしょ」
「別にっ! 人の多いところは好きじゃねえし!」
ユーレッドは、ちょっと冷たくそういうが、
「でも、桜の花とか好きじゃないですかー」
「まあそれはそうだが、ここは人が多いだろ。俺は人の少ないところの桜が好きなんだ。そういう桜の名所、いっぱい知ってるんだぜ。俺に案内させろよ」
「桜の名所?」
タイロとスワロが目を瞬かせる。
たずねると、ユーレッドがニヤリとした。
「荒野にあるやつな。あれはいいぜ。誰もいねえし、ゆっくり花を見てたら、いきなり囚人が襲ってきてよ。安心できなくてスリルに満ち溢れてるぜ」
ユーレッドがしみじみ頷く。
「また、桜吹雪の中の戦闘もなかなか乙だよなー。なんつーか、もののあわれを感じるつーか、食うか食われるかみたいな雰囲気でよ」
ふふふとユーレッドが剣呑な笑みを浮かべる。
「俺的にはすげえオススメなんだがな。ハードボイルド花見」
ユーレッドはそんな物騒な提案をする。
「今度行こうぜ。お前にはとっておきの場所を確保しておいてやるよ! めちゃ強いやつが出る上にきれいな桜が咲くとこしってんだ! スリル満点だぞ!」
「えー、それお花見っていうか、いつものお仕事ですよね。ただの囚人ハンティングでしょ?」
タイロが困惑気味に返答する。
「趣味と実益を兼ねた風流な春の行事じゃねえか。季節限定、しかも一週間限定だぞ。んー、風流」
力説するユーレッドだが、今度はスワロがいよいよあきれた目でご主人を見ている。
そんな空気の中、ふらっとドレイクが口を開く。
「ふむ、まあ、ネザアスのいうのも悪くはないな。荒野にも桜の名所はあるものだ。時にはそういうのもよいものだが」
となだめるつもりがあるのかどうか、ドレイクが入ってきた。
「とはいえ、こういう人の集まる場所は、我々は一人ではいかぬものでな。タイロ青年に呼ばれて初めて来られた。俺にはぼんやりとしかわからぬが、夜の花見も時には良いものだな」
無感情に聞こえるが、ドレイクなりには気を遣っているらしい。
「えへへ、そうでしょ」
タイロがそう言って乗っかる。
「ねー、スワロさんもそう思うよねー」
「チッ!」
ユーレッドが面白くなさげに舌打ちする。
と、そんなタイロの前にたこ焼きの屋台がちらついた。タイロが目を輝かせた。
「ユーレッドさん、俺、たこ焼きが食べたいなあ」
「お前、花より団子を地でいくよな」
「仕方ないでしょ。美味しそうなのたくさんあるんですもん。一つ買ってみんなで食べましょうよ!」
「まったく。お前は甘え上手だよなあ」
ユーレッドはあきれながら肩をすくめた。だが、そうなるとさすがのユーレッドもどうも苦笑してしまって、突っ張り切れない。
「しょうがねえな、付き合ってやるよ。なんでも好きなもの買って食え」
ユーレッドはけだるく答えたが、まんざらではなさそうで、思わずにやにやしてしまっているのだった。
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