閑話2 初代勇者の幕引き

 初代勇者、存在だけが知られ、名前は後世に伝わらなかった最も悲しき勇者、なんて言われているが、果たしてそうだろうか。


 もしかしたら、わざと名を残さなかったかもしれないじゃないか。


 そう、この話はちょっとした昔ばなしだ。


□■□


 魔族軍が進行して5年、いまだに人類と魔王は戦っていた。いつまでも続く戦いにお互いが疲弊するもそれでも激しい戦いの終わりが見えない。


 そう、勇者が現れる前までは。


「みんな!僕に続け!!」


「「おーーーーー!」」


 一人の少年の響き渡る声とともに、多くの騎士たちが声を上げた。


 少年の手には神から授かりし、聖剣ハーレが握られ、魔族軍に進軍した。


 結果は人類初の大勝利。見事に魔族軍を退け、さらに勇者が第3軍将軍を打倒した。


「つ、疲れた」


「勇者様、だらしないですよ」


「そういわないでくれよ…………この方の人生、戦争なんて経験したことがない僕にとってこれは重労働に他ならないんだ、アリス」


「何を言っているかわかりませんが、せめて人前ではしっかりしてくださいよ」


「わかってるよ…………ふぅ」


 さっきまでの勇敢な勇者はどこへいったのか、そう思わせるほどスライムのように溶けている。これが初代勇者、柊明人ひいらぎあきと。異世界召喚で呼ばれた勇者だ。


「それにしても、この聖剣ハーレって本当にチートだよな。一振りで魔族を薙ぎ払うわ、オートで防御してくれるわ、マジで神武器。将軍も少し苦戦したけど、中ボスレベルぐらいで何かと勝てたし、このままいけば魔王も勝てるかも」


「勇者様、油断は禁物ですよ。それに、慢心していると不幸なことが起きるかもしれません」


「どうして?」


「神は清く正しく、正義あるものに幸福をもたらします。勇者様のように慢心していると、神から天罰が下るんです」


「でも、俺は神から選ばれた勇者なんだろう?天罰なんて」


「いえ、たとえ勇者様でも神は平等に天罰を下します。なので、」


「なので?」


「今から特訓です!」


「え!?今から!?やだぁよ」


「やだじゃありません!いきますよ」


「ちょっ!?」


 細身体ほそみとは思えないほどの力で勇者明人を持ち上げ、訓練場に向かった。


「さぁ、勇者様!」


「ど…………どうしてこうなった」


 訓練と言っても基本的には聖女アリスとの決闘のみ。しかも、聖女アリスは聖女でありながら、近接戦闘を得意とする特殊な聖女。


 しかも。


「いきますよ!」


 元気な声と一緒に僕の懐に入り込み、右こぶしを強く握る。


「でりゃぁぁぁ!!」


「へぷっ!?」


 鋭いこぶしはお腹をえぐり、そのまま後方へ吹き飛ばされる。


「ちょっと、勇者様!?ちゃんと防御するなり、よけるなりしてくださいよ!」


 そう聖女アリスは見た目に反してゴリラみたいに怪力なのだ。


「いてて…………大丈夫、大丈夫。無傷だから」


 そして、そんな一撃を食らいながら平然としている勇者明人。その身には神の加護と聖剣ハーレの加護があるため、そう簡単にこの体は傷つかない。


 全くもってチート性能だ。


「さすが勇者様!これなら、もっとギアを上げてもよさそうですね」


「え…………それはちょっと」


「いきますよ!!」


「ちょっと待って!」


 その後、夜まで訓練の時間が続いた。


 訓練が終わると、アリスは汗を流しに川に行き、僕は森の中で瞑想していた。


 召喚されて、3年。最初は戸惑ったものの時間が進んでいくにつれてこの世界になじんでいった。でも、それでも元の世界にいた家族や恋人のことが忘れられない。


 僕はその心を落ち着かせるためにたまに瞑想をしている。


「勇者様」


「うん?」


 冷たい声に目を開くと目の前に黒服をまとった女の子が膝をついていた。


「ルルアか、どうした?」


「第1軍将軍が進軍したという情報を手に入れました」


「んっ!?」


 第1軍将軍は魔王に次ぐ強さを持つと言われている。もし魔王がいなければ、きっと魔族のトップになっていただろう。


 うすうすと感じていたが、魔王との戦いのときは近い。


 もし、僕が負ければ人類の敗北、勝てば人類の勝利。


 でも、ふと思うことがる。僕は半分ゲーム感覚で進んできたけど、たまに死がよぎることがある。それは戦っていくにつれて鮮明に感じ取れて…………とても怖い。


 そう怖いんだ。


「みんなにはもう知らせたの?」


「すでに」


「そうか、ご苦労様、ルルア」


 と俺はルルアの頭を撫でた。


「は、はにゃ!?」


 すると、頬を赤らめながら変な声を上げた。


「きゅ、急に何をするのですか、勇者様!?」


「いや、頑張ったら、ご褒美をあげないとだろ?ってあれか、ルルアは物のほうが喜ぶか」


「い、いえ、とてもうれしいのですが、その不意打ちはやめてくださるとうれしいというか」


「なるほど、それじゃあ、これからは口にしてからなでるよ」


「あ…………はい」


 ルルア・エルザー、魔族軍の情報を各国に伝える情報網を担う暗殺者。本来は殺すために用いられる技術を情報を伝えるために使っている。


 こうして、あっという間に1日が過ぎていった。


 戦いのない1日、こんな日が当たり前のように続く世界になってほしいと勇者明人は願うのであった。


□■□


 そして2年後。


 ついに決着がついた。


「くぅ…………」


「あなたの勝ちだ…………勇者。だがその身に受けた呪いは必ず、人類を滅ぼすだろう」


 聖剣ハーレが魔王の心臓を突き刺した。


 見事に勇者明人が魔王を打倒したのだ。


 だが、勇者は喜ぶ顔を一つも見せず、表情を曇らせていた。


「はぁ…………これは、帰れそうにないな」


 体にしかかる重み、周りからは喜ぶ声と悲しむ声が聞こえてくる。


 こうして、初代勇者と魔王との戦いの幕が閉じた。



 戦いが終わったその光景を聖女アリスはただ眺めて、涙を流しながら。


「素晴らしかったです、勇者様。やはり、私の思った通り…………本当に素晴らしい」


 そのアリスの姿を見て、勇者はすべて理解しそして、察してしまったのだった。

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