第38話 何も起こらない日常は長く続かないものだ

 あれから半年が経った。


 しばらく、都市アルキナで滞在していた俺は、マイノ・シトリー姉妹と特訓ならぬ決闘をしていた。


「ここっ!!」


 シトリーの人形が俺を逃がさないように囲みながら、その陰からマイノが刀を構えた。


 特訓していくにつれて、連携がより早く完璧なタイミングで確実に一撃を狙ってくるようになり、姉妹の成長スピードに驚かざる終えなかった。


 だが、それでも、まだ俺には届かない。


 足ですかさず、マイノを蹴り飛ばし、すぐに周りの人形を切り刻んだ。


「はい、終わり」


「うぅ…………負けた」


「やっぱり、ボスはすごい」


 シトリーに関してはすぐに心を開いてくれたが、未だにマイノは不機嫌そうににらんでくる。


 強くなりたい、そんな気持ちが彼女をそうさせているのだろう。


「もう一回!勝負っ!」


「いやだよ、それよりご飯を食べよう」


「ボスに賛成っ!」


「ちょっと、シトリー!?」


 っと驚くもマイノのお腹からぐぅ~っとかわいらしい音が聞こえてくる。


「あっ」


「マイノ…………ご飯食べよう」


「私をそんな目で見るなぁああああーーーっ!!」


 涙目になりながら走り去っていた。


「マイノは素直じゃない」


 と言いながら、俺の腕を組みシトリー。


「いこう、ボス」


「あ、ああ、そうだな」


 心を開いてくれるのはいいが、少々近すぎるような気がする。


 俺の部屋につくと、アルルが書類上の仕事をしていた。


 ラプラスはかなり大きな組織になっており、書面の仕事を手伝ってくれているのだ。


 言っておくが、決して俺がめんどくさいからアルルに投げているわけではない。


 ほかのメンバーは違う仕事やプライベートで遊びに行ったりと自由にしている。


 見る限り、ゼノンやノータが仕事か遊びに行っているのだろう。


「ご主人様、訓練が終わったんですね。さっき、マイノちゃんが走って外に行きましたけど」


「ああ、それは気にしなくていい。それより、そろそろお昼だし、一緒にご飯食べない?」


「もう、そんな時間ですか、いいですよ」


 っと言って左腕を組む、アルル。


「な、どうした?」


「いえ、なんでもありません」


「そ、そうか?」


 動きにくい、ただただ動きにくい。


 それになぜか、アルルとシトリーがバチバチになっている。


「そんなところにいたら、ボスが動きにくい、離れて」


「それはこっちのセリフです、シトリーちゃん」


 いや、二人とも離れてくれると嬉しいだけど。


「まあまあ、落ち着いて、ね」


「ボスが言うなら」


「ご主人様がそうおっしゃるなら」


 この二人、大丈夫なのだろうかと、心配になる俺であった。


□■□


 久しぶりにシノケスハット家の屋敷にアルルとノータと共に訪れた。


「久しぶりに見るな」


「そうですね」


「早くいこっ!」


 門の前で立つと、ざらっとメイド執事が参列し、深く頭を下げた。


「お帰りなさいませ、お坊ちゃま」


 よく見る執事だ。


「ああ、ただいま、みんな」


 その言葉に参列するメイド執事が驚きの顔を見せた。


「うん?」


 なんだ、その幻を見るような目を向けて。


「お坊ちゃま、体調がよろしくないのですか?」


「はい?」


「まさか、アキバという国でなにかされたんじゃあ!これはいますぐ、お父様に報告を」


「いや、落ち着けよ」


 っと軽く頭を殴ると、そのまま気絶した。


「え」


 やりすぎたか?でも、軽く殴っただけだしな。


「ひぅ、やっぱり、いつものライン様!?」

「早くみんな頭を下げなさいっ!」


 乱れを統一し、頭を再び深く下げた。


 こいつら、いつまで経っても俺を怖がるんだな。


 まぁ、別にいいけどさ。


 俺は屋敷に戻り、久しぶりの自分の部屋のベットにダイブした。


 やっぱり、自分のベットが落ち着くな。


 見慣れた天井を見て、そう思った。


 あと半年すれば、原作ストーリー最初のイベント、アルゼーノン学園の入学式イベントが始まる。


 勇者シン、まだあってはいないが、きっともうアリステラと一緒に行動しているはずだ。


「この山場さえ超えれば、あとは魔王を倒すだけだ、まぁ、あと2年も先だし、まだ気にすることじゃないな」


 魔王との戦いになる前、まず俺が中ボスとして立ちはだかるイベントが起きるのは2年と半年後の話だ。


 その日まで基本的には普通の学園生活を満喫できるはずだ。


「楽しみだなぁ…………」


 そう思ったとき、ドカンっと大きな音が鳴り響いた。


 窓の外を見ると、大きなたち煙と一緒にノータが尻もちをついていた。


「いてて、やっぱりまた失敗した」


「何やってんだ?」


「ら、ライン様!?実は、空間魔法をつかった空間の掌握をしようと思ったんだけど、やろうとしたら爆発しちゃった♪」


「おい…………」


 シノケスハット家の庭に大きな穴が開くほどの爆発って、しかも空間魔法をつかった空間の掌握って、それって…………。


「でも、あと少しでできそうなのっ!」


「そうか、でもここで試すのはやめような」


「な、何があった!?」


 予想通り、お父様が飛び出てきた。


 俺はすぐにお父様の元まで駆け寄った。


「お父様、安心してください、どうやら、ノータが魔法の実験で少し、失敗してしまったようで」


「そうか、ならいいが」


 お父様の顔が少しやつれている。


 それに体調もよろしくないようにも見える。


「お父様、なにかありましたか?顔色が優れないように見えますが」


「あ、いや、なんでもない。それより、よく帰ってきたな、ライン。立派な姿を見れて、私は嬉しいよ」


「ありがとうございます、お父様」


「私はまだ仕事があるから、長旅の疲れをしっかりと癒すんだぞ」


「はいっ!」


 お父様は自分の自室へと戻っていった。


「やっぱり、変だ」


 お父様の顔色が悪いこと、それに俺が帰ってきたのに、反応が薄いこと。


「いや、考えすぎだな」


 きっと、仕事が積み重なって大変なんだろう。


 ほら、いくらうれしいことがあっても疲れには勝てないっていうし、うん。


「ご主人様」


「うわぁ!?び、びっくりした」


 俺の背後をとるとは、2年前に比べて確実に腕を上げているな。


「ごほんっ、どうした?」


「ラプラスの存在がアルゼーノン帝国に認知され、会談が開かれることになったそうです」


「ふんふん」


「それで、ボスであるご主人様に出席してほしいと、フユナから連絡が来ています」


「なるほど…………ってはぁああああああああああ!!」


 驚きの声は屋敷全体に響き渡った。


□■□


 生い茂る森林の中で、私たちは歩く。


「そろそろ、アルゼーノン帝国の大都市セイカです、勇者様」


「アリステラ、私のことを勇者様っていうのそろそろやめてくれません?」


「いえ、勇者様は勇者様ですから」


「う~~ん、なんか納得いかない」


 勇者は頭を悩ましていると、気が付けば森を抜けていた。


「あれが、アルゼーノン帝国の大都市セイカです」


「お、大きい」


「それでは行きましょう」


「…………はいっ!」


 私は勇者に選ばれた。


 私は勇者になった。


 まだ冒険者にはなれていないけど、私は新たな一歩をすでに踏み出している。


「ラインさんに私の成長した姿を見てほしいな」


 そう思いながら、アルゼーノン帝国の大都市セイカへと足を踏み入れた。

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