第2話 絶影のアルル

 驚きの表情を浮かべるアルルを見て俺は微笑んだ。


 焦ってるな。


 それもそのはず、絶影のアルルという名は暗殺者の世界でもごく少数しか知らないアルルの総称、コードネームのようなものだ。


「きゅ、急に何をおっしゃっておられるのですか?」


「隠す必要はない。俺はすべてを知っているぞ。絶影のアルルとしての一面、ここに来た理由、そして、兄についてもな」


 絶影のアルルには三つ上の兄、シンゲツ・エルザーがいる。


 兄妹ともに暗殺者を生業に生きていたが、ある日、アルルの兄が不治の病にかかり、倒れてしまう。


 アルルは兄がかかった不治の病を治すため、治療法を探しながら、暗殺者としての仕事をこなしていくことになる。


 これが大まかなアルルの人生。


 つまり、アルルが暗殺者をしている理由は兄の不治の病を治すため、だったりする。


「なぜ、知っておられるのですか、ライン様」


「さぁな、知りたいのか?」


「答えていただく必要はありません。少し予定が早いですが、ここで死んでいただきます」


 アルルはメイド服を脱ぎ捨て、黒一色に包まれた忍者のような服に着替えた。


 おお、この姿も原作通りだ。すげぇって感動している場合じゃなかった。


「殺される覚悟はできましたか?」


「殺される?この俺が?笑えない冗談だな」


「やはり、噂通りのお方ですね。ではさようなら」


 アルルが陰に潜み、消えた。


 そして、後ろから突き刺さる殺気とともに首元に細いクナイのような刃が突き刺さろうとしたとき。


「兄の不治の病、治したくないか?」


「んっ!?」


 あと数センチのところでクナイがぴたりと止まった。


 あ、あぶねぇ、あと少し首いかれるところだったぁ。


「それはどういうこと?」


「そのままの意味だ」


「兄上の不治の病を治せると?」


「ああ、すでに不治の病の正体、そして治療方法を俺は知っている」


「とてもじゃないけど信じられない」


「それじゃあ、ここで殺すんだな。ただ、これで二度とお前の兄は助からない。絶影のアルル、お前は一生、兄の死を悔やみ生き続けるだろうよ」


 お願い、殺さないでっ!お願いしますっ!!


 っと心で願っていると絶影のアルルはクナイをしまった。


「殺さないのか?」


「…………そうね、話を聞いてから判断する」


「いい判断だ。さすが、絶影のアルルだな」


「それで、どうやって兄上の不治の病を治すの?」


「まず、絶影のアルルの兄の不治の病の正体は、魔血症と呼ばれるもので、まぁ簡単に言うと魔力に異物が混入してしまった状態のことだ」


「魔血症?聞いたことない」


「当たり前だ、今付けたからな」


 まぁ噓だけど。


「今って…………」


「そんな目を向けるなっ!だが、これで大体の治療法は想像つくだろ?」


「異物を取り除く?」


「そうだっ!頭が回るようだな」


 病名は、魔血症まけつしょう


 この世界には魔力というエネルギーが存在するのだが、人が扱う魔力と魔族が扱う魔力には多少の差があり、魔血症とは人の体に魔族が扱う魔力、つまり異物が混入してしまう症状のことを示す。


 初期症状はすごく軽いものの、日が経つにつれ、人が扱う魔力から魔族が扱う魔力に浸食されていき、最終的に魔族が扱う魔力に毒され死に至らしめられる。


 この病気は、魔王討伐が本格的に始まるまで発見されず、不治の病として密かに流行していたと設定資料で見たことがある。


 詳しく知っていてよかったといまさらながら思うよ。


 そんな病気の治療はいたって簡単。


 シンゲツ・エルザーに俺の魔力を注ぎ、浸食されていた部分を取り除くだけ。


 つまり、俺の魔力できれいに異物を取り除くってことだ。


「…………信じてもいいんですか?」


「噓は言わない。ただし、無償ではやらない。わかってるよな?」


「…………何が望み?」


「それは、すべてが終わった後に言うよ」


 これで、ほぼ確定で絶影のアルルを引き入れられる。


 これぞ、原作を知る俺だけができるチート。


 あとはこの体のスペックを信じるだけだ。


「それじゃあ、早速、案内しろ、絶影のアルルの兄のところまでな」


「い、今からですかっ!?」


「善は急げ、当たり前だ。ほら、早く案内しろ、絶影のアルル」


 治療は早ければ早いほどいい。


 それに魔血症はある段階になると治療ができなくなる状態になってしまう。


 できれば今のうち、容態は見ておきたい。


「…………あ、あの」


「なんだ?」


「その、絶影のアルルって呼び方やめてもらえませんか?」


「なぜだ?」


「は、恥ずかしいので、普通にアルルでいいです」


「そうか、じゃあ、絶影のアルル、案内しろ」


「もういいです。それじゃあ、私の後ろについてきてください」


 絶影のアルル、結構かっこいいと思うんだが。


 耳が真っ赤なところを見ると、かなり恥ずかしかったようだ。



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