17.星
「星を見に行きましょうか」
と、彼女が言った。
「それがいいね」
と、彼が返す。
ゆっくりとした足取りで二人は歩いていく。言葉は交わさない。無言のままに、光を帯びた風の導くままに、やがて行き着いたのは波が行きて戻る小川の畔。
申し合わせたように二人は岸辺に腰を下ろし、天を仰ぎ、見る。
暗天、限りなく黒に近い蒼の天鵞絨が広げられた夜空。星の煌き一つなく、月の輝きの欠片さえない、けれど艶のある暗夜の空。
「見えないね」
と、彼が言い。
「そうね」
と、彼女が同意した。
二人は暫くそのままで、身動ぎもせず、並んだままでいた。失望の影はなく、落胆の色もなく、唯在るがままに受け入れて。やがて立ち上がったのは、彼女の方。
「始めるのかい?」
「ええ」
彼の問いに微笑で答え。彼女は素足のまま水に足を浸す。波紋が水面に広がり輪を描き、円を描き、幾何学模様な陣を作る。それを乱すように、書き足すように彼女は川の真ん中へ。膝下まで水に漬かるとそこで止まり、両の腕を掲げる。交差した掌には光が生まれ、揺らめきながら溢れ出し零れる。
宝石みたいな輝きと煌きが水晶の触れ合うような響きを共に奏でながら水の流れに落ちていく。ゆっくりと、ゆっくりと世界が耀きで満ちてくる。
やがて彼女は振り返り。
「どう?」
と、問う。
「うん、綺麗だ」
と、彼は答えた。
水面には、無数の光の結晶が揺らめき、互いに己の輝きを競い合っている。
そして、空には。
何もなかった闇に支配されていた暗夜には、水面の輝きを写し取ったかのような無限の綺羅星が瞬いていた。
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