45話。迷いの森のエルフたちが領民となる

「や、やはり【世界樹の聖女】様!?」


 セリーヌがその場にひざまずいた。


「い、一体どういうことなのでしょうか!? 聖女様がアンジェラを連れて来てくださった!?」

「いえ、違います。この再会は、カイン兄様の導きによるものです。どうか武器を収めて、私たちの話を聞いてください」


 セルヴィアが凛として告げる。

 なにか、聖女としての貫禄が出てきたようだった。

 

「……かしこまりました。ご無礼をお許しくださいカイン殿。この森は15年前に、アトラス帝国に攻められた時から、人間が足を踏み入れるのを禁止しているのです!」


 族長のセリーヌが、俺に謝罪してきた。


 この世界は、世界樹より生まれたという伝説があり、エルフは世界樹を信仰している。

 エルフにとって、【世界樹の聖女】は人間ではなく、世界樹が遣わした現人神なのだ。


「15年前のその時、あなたは皇太子だったジークフリートを助けて恋に落ち、アンジェラを授かったのですね? 最初に申し上げた通り、俺の目的はアンジェラをあなたに引き合わせることです」

「……その話は、本当なの?」


 【死霊騎士団デスナイツ】に守られたアンジェラが尋ねてくる。

 恐ろしい死霊騎士たちの威容に、エルフたちはギョッとしていた。

 

「一度にこれほどのアンデッドを!? ……あなたは、やはり【死の皇女】のユニークスキルを持っているのね!?」

「あ、あなたが、私のお母様だとしたら、一番最初に聞きたいことがあるわ。どうして、私を捨てたの?」

「捨てた? 私はアンジェラを捨ててなどいないわ! あの男に、ジークフリートに奪われたのよ!」


 セリーヌは悲痛な叫びを上げた。


「ど、どういうことなの……?」


 アンジェラは訳がわからない様子だった。


「セリーヌ殿。アンジェラは父である皇帝ジークフリートから母親が誰とも知らされず、母親に捨てられたのだと嘘を吹き込まれて育てられたんです。そして、帝国のために暗躍する死霊使いとして悪事に加担させられてきました。アンジェラに本当のことを話してくれませんか?」

「そんなデタラメを!? わかりました。アンジェラ、どうか良く聞いて!」


 セリーヌは勢い込んで語りだした。


「15年前、私とジークフリートは恋に落ちて、それでエルフと帝国の戦争は終結したの。そして、あなたが生まれたわ。あなたはエルフの族長の娘として、この森で育てられるハズだったのだけど……ジークフリートが『【死の皇女】のユニークスキルは、俺の野望に役立つ』と言って、あなたを私から奪ったのよ!」

「し、信じられないわ。お父様は、お母様が私を捨てたとおっしゃったのよ。すべては排他的なエルフの掟のせいだって……!」


 アンジェラはセリーヌに食ってかかった。


「確かに、当時、皇太子の娘を育てるなんて、トンデモナイという意見を言うエルフも多かったわ。私のお父様は帝国軍に殺され、みんな人間を憎んでいたの。でも、私はアンジェラを捨てる気など無かった。むしろ、ジークフリートと一緒に人間との共存の道を模索しようとしていたのよ。でも、彼は……ッ!」


 セリーヌは気持ちが昂って、言葉を詰まらせた。


 【死の皇女】のユニークスキルは、『殺した相手を自動的にアンデッド化して従えることができる』というモノだ。


 これはアンジェラの従えるアンデッドが人間や魔物を殺した場合にも適用される。倍々ゲームで下僕が増えていくまさに、【死霊使い】として破格のスキルだった。


 ジークフリートがアンジェラを手駒としたかったのも頷ける。


「それなら、なぜこの森に引きこもって、私に会いに来てくださらなかったのお母様!?」

「それは……! ジークフリートから、不干渉の約束をエルフ側から破れば、再び戦争だと脅されていたの。次はこの森のエルフを皆殺しにしてやるって。だから、あなたを迎えに行くことができなかったのよ!」

「それは……ひどいですね」


 セルヴィアも絶句していた。


「ジークフリートは、セリーヌを愛してなどいなかったんだ。ヤツは戦いに敗れてエルフの捕虜とされた。その窮地から脱出するために、セリーヌと恋に落ちた振りをしたんだよ」

「ええっ、その通りよ! 彼の愛はすべて偽りだった!」

「そんな……お父様の愛が偽りだった?」


 アンジェラも身につまされる思いがあったのか、声を震わせた。


「でも、あなたのことを忘れたことは、1日だって無かったわ、アンジェラ! 私はあなたと一緒に暮らしたかたのよ!」

「うっ、うぅううう……お母様!」


 セリーヌはアンジェラに歩み寄った。ふたりは固く抱き合って涙を流す。


「そう、お父様は……ずっと、私を騙していたのね。お母様とお会いできなかったら、きっと一生、お母様を恨んでいたわ」

「……アンジェラ、あなたからすさまじい魔力を感じるわ。この歳で、ここまでの魔力を得るなんて、さぞかし辛い毎日を送ってきたのね?」


「ええっ。アルビオン王国攻略に役立てば、私はエルフの血が入った紛い物ではなく、お父様の娘だと正式に認めてもらえると言われて……そのために毎日、必死にがんばってきたのよ」

「そうだったのね。でも、もうそんなヒドイことは、しなくて良いのよ。これからは私と一緒に暮らしましょう。あなたは生命を司る世界樹の末裔たるエルフの娘。決して、誰かを傷つけるような娘じゃ無いわ」

「あっ、うううぅう……っ! はい、お母様!」


 どうやら、ふたりのわだかまりは解けたようだ。

 一時はどうなることかと思ったけど、良かった。


 これで、エルフの族長だけに伝わるレアスキルも伝授してもらえるだろう。

 勇者アベルとの戦いに勝ち筋が見えた。


 勇者の切り札であるユニークスキル【決して砕けぬ勇気】を打ち破るには、ここで手に入るレアスキルが必要不可欠だ。


「……カイン兄様。兄様は、この光景が見たくて、ここまでやってきたのですね」

「まぁ、それも、もちろんあるけど……」

「照れなくても結構です。カイン兄様の心根がお優しいことは、この私が一番良くわかっていますから」


 セルヴィアが俺に寄り添いながら、そんなことを言ってきた。


「でも、どうしてアンジェラは、【世界樹の聖女】様と一緒に?」

「それは……戦いに破れて、私はカインの奴隷にされたのよ」

「えっ……?」


 セリーヌが穢らわしい者でも見るような目つきで、俺を見てきた。


「いや、奴隷といっても決して変な意味ではなくてですね! アンジェラがアルビオン王国を攻撃してきたので、そうするしかなかったんです!」

「その通りです」


 セルヴィアも同意してくれる。


「お母様! ゴニョゴニョ……」


 アンジェラが顔を真っ赤にしながら、セリーヌになにやら耳打ちした。


「そ、そうでしたか。カイン様、ご無礼をお許しください。ぜひアンジェラをこれからも末永く、おそばに置いて、ご寵愛を注いでいただければと思います」

「ええっ。カイン。私はこれから、あなたの護衛として、昼夜問わず、常にあなたの側にいることにするわ。次の相手は、あのレオン王子でしょう? なら暗殺を警戒する必要があるわ」


「えっ? そ、それは正しい考えだと思いますが……カイン兄様、念のためアンジェラ皇女に、カイン兄様の身体に絶対に指一本触れないように頼んでください」

「はぁっ?」


 セルヴィアがなにやら極端な要求をしてきて、俺は仰天してしまった。

 それにアンジェラの言っていることも若干、おかしい。それは、まだ早い備えだった。まあ、警戒しておくに越したことはないが。


「コホン……身体に触れてはいけないなんて誓約は、緊急時にカインの身を守れなくなる可能性があるわ。非常に危険ではなくて?」

「アンジェラの言う通りです、聖女様」

「むっ……そ、それもそうですね。兄様の身の安全を第一に考えるなら……」


 セルヴィアはしぶしぶといった様子で、提案を引っ込めた。


「それと、カイン様……もしよろしければ、この森に住むエルフたち約3000人が、あなた様の領地に移住することをお許しいただけないでしょうか?」

「……この地を捨てるということですか?」


 セリーヌからの意外な申し出だった。


「【世界樹の聖女】セルヴィア様の元でなら、森に住む私たちエルフは繁栄を謳歌できます。なにより、私はもうアンジェラを手放したくないのです」


 なるほど。シュバルツ伯爵領にやってくれば皇帝もおいそれと手出しできない。それを考えれば、最良の選択ではあった。


「もちろん歓迎します、と言いたいところですが……俺はアルビオン王国の王太子レオンと、勇者アベルと戦うつもりです。王国軍との危険な戦に巻き込んでしまうことになると思いますが、それでもよろしいですか?」


 俺の言葉にエルフたちが、ざわめいた。

 エルフたちのみならず、エルフの保有する約5000体のウッドゴーレムは、軍団戦において非常に魅力的な戦力だ。


 だが、争いごとを嫌い、専守防衛を第一とするエルフを戦に巻き込んでしまうのは忍びない。


「勇者アベル? 勇者となぜ戦うのですか?」

「勇者アベルは、魔王を倒せるのは勇者である自分だけだと増長し、王国で乱暴狼藉を繰り返しているからです。なによりヤツは、俺の婚約者のセルヴィアを──聖女を自分のモノにしようとしているんです」


「まさか、聖女様を!? それは許せませんが……勇者を倒してしまったりしたら、魔王に対抗する手段が無くなるのでは? それは人間だけでなく、私たちエルフ、ドワーフといった亜人種たちにも関係する話です」


 セリーヌは難色を示した。


「大丈夫よ、お母様。勇者が現れたということは、魔王の出現も近いということだけど……カインの計略で、魔王の復活は阻止できそうなの」

「えっ!?」

「はい、セリーヌさん。皇帝ジークフリートが魔王を復活させようとしている真実を、カイン兄様の密偵が帝国中で広めています。多少、時間はかかるでしょうが、おそらく、これで皇帝の野暮は潰えるハズです」

「えっ、ちょ。そんなことって!?」


 セリーヌは目を丸くした。

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