3章。最強の兵団を組織して王都を救う

16話。推し活しているだけなのに名君だという噂が広まる

 俺が前世の記憶を取り戻してから、90日ほどが経った。

 この間で、俺を取り巻く環境は大きく変わった。


 まずひとつは、早起きして敷地を走っていると、若いメイドたちが黄色い声援を送ってくれるようになったことだ。

 以前なら、絶対にあり得なかったことだ。


「きゃぁあああッ! カイン様よ!」

「汗を流すカイン様、カッコいい! 目線いただきましたッ!」

「ステキ! こっち向いてください!」


 こ、これはヤバい……正直、うれしすぎてニマニマしてしまう。

 俺は前世を含めてずっと童貞で、女の子にモテたことなんて無かったからな。


「……カイン兄様、口元がニヤケ過ぎです」


 俺と並走するセルヴィアが、への字口になっていた。


「うぉっ!? セルヴィア一筋の俺としたことがッ!」


 マズイ。頬を叩いて、俺は気合いを入れ直す。

 セルヴィアは俺と一緒に修行がしたいと、早朝ランニングに毎日付き合ってくれていた。


 最推しヒロインと汗を流せるなんて、こんな幸せなことがあるだろうか?


「でも、みんなにカイン兄様の素晴らしさが伝わったのは、喜ばしいことですね! 今や兄様は、シュバルツ伯爵領の守護神ですよ」

「いくらなんでも大袈裟なあだ名だと思うけどな……」

「そんなことはありません。カイン兄様は、まさしく神です! GOD(ごっど)です!」


 胸を張るセルヴィアは、どこまでも誇らしげだ。

 

 領民を悩ませていたAランクの魔獣討伐で、俺の株は急上昇した。


 その後も、冒険者ギルドでは対応できない高ランクの魔物を退治し続けたおかげで、俺のことを守護神などと崇め始める者も出てきた。


 ……正直、いたたまれない。

 魔物退治は、俺のレベル上げのため、セルヴィアと幸せになるためにやっていることだ。


 なのに、民のために身体を張って魔物と戦う聖人扱いされていた。


「……一体、どういうこと?」


 思わず、ボヤいてしまう。


 ただゲーム本編が始まってもいないのに、高ランクの魔物が出没し過ぎなのは、気になるところだった。


 ……もしかすると、ここは周回プレイの世界なのかも知れない。

 2周目以降は難易度が高くなり、レアな魔物が出現しやすくなるのだ。


 だとすると最悪、勇者アベルは周回プレイで、最高レベルの99になっている可能性がある。


 思わず背筋が凍りついた。

 俺のレベルは23にまで上昇しているが、この成長ペースじゃ全然、勝負にならないぞ。


 あと9ヶ月で、最低でもレベル70になっていないと勝ち筋が見えないな……

 俺は頭をフル回転させた。


 レベル上げに最適な方法は、高レベルモンスターの討伐だ。

 ボスモンスターを裏技でリポップさせての討伐マラソンをやるしかない。

 そのためには死体を蘇生させる死霊魔法が必要なんだが……


「きゃあ! カイン様、がんばってください!」

「うぉ!?」


 俺が近くを通ると、メイドたちはアイドルにでも遭遇したかのように大はしゃぎした。

 そのせいで、思考が中断される。


「お前たち、カイン坊ちゃまの邪魔をしてはならんぞ。カイン坊ちゃまこそ、愛のために茨の道を突き進む騎士の中の騎士ぃいいいいッ!」

「はぁいいいいいッ! ランスロット様!」


 ランスロットの一喝に、メイドたちは目をハートにして頷く。

 ……【愛のために茨の道を突き進む騎士の中の騎士】って、なんじゃそりゃ。


 妙な高評価をランスロットからもらっていた。


「カイン坊ちゃま! 薬売りの商売を始められたのは、領民を守るための私設兵団を組織するためだったとは……このランストロット、感動いたしましたぞぉおおおおッ!」


 駆け寄ってきたランスロットが、暑苦しい顔を近づけてきた。


「うぉ!? ランスロット!?」


 最近、俺が何かするたびに、『このランスロット、感動いたしましたぞぉおおおおッ!』と叫ぶので、ちょっとうっとうしい。


 正直、ランスロットの方が、ランニングの邪魔のような気が……


 ブラッドベアー討伐を冒険者ギルドに報告しに行った時など、なぜかランスロットも付いてきて、冒険者たちの前で、俺を絶賛して非常に居心地が悪かった。


 弟子の活躍がうれしいのはわかるし、ありがたいことなんだけどな。


「ま、まあいいか、ちょうど良かった。よしセルヴィア、そろそろ休憩にしようか」

「はい、カイン兄様」


 ランスロットとも話しておきたいことがあったので、俺は足を止めて汗を拭う。


 ここ最近で大きく変わったことのもうひとつは、薬売りの商売が当たったことだ。


 アッシュとリルの薬師姉弟が、セルヴィアの召喚するレアな植物素材を使って、最高品質の薬を作成してくれていた。


 それを父上の知り合いのアトラス帝国の商人を通じて、売りさばいているのだ。


 王国内で薬を売れば、レア素材の出どころを追求される恐れがあるが、帝国に流すのであれば、そのリスクは低い。


 これである程度まとまった資金が手に入ったので、俺はそれで私設兵団を作ることにした。


「ランスロット。頼んでおいた品は、今日届くんだよな?」

「はっ! その通りでございます!」


 ランスロットは実直に腰を折る。


「まさか御年15歳にして、このようなことをお考えになられるとは……カイン坊ちゃまは末恐ろしいお方です」

「……そうかな?」


 ゲームの攻略法をそのまんま使っているに過ぎないのだが……これは、この世界では一般的ではないのか?


「ご謙遜を。ふつうは思いついたとしても、実行はできません。軍隊の在り方を変えてしまおうなどとは……お見逸れいたしました!」


 ゲーム【アポカリプス】は、領地経営や戦争の要素もあり私設兵団を組織することができた。

 ここで問題になるのが、どうすれば最強の兵団を作れるかだ。


 ネット上で激論が繰り広げられたが、後半になって手に入る、ある高価なアイテムを使うのが、もっとも理にかなっているという結論になった。

 その大量注文をランスロットに頼んでおいたのだ。

 

「ランスロット、俺は最強の兵団を組織したい。手を貸してくれるか?」

「ははぁっ! 領民のために私財をなげうつとは……なんと高潔なるお志! 不詳このランスロット。全力でお力添えいたします!」

「領民のための私設兵団ですか!? さすがカイン兄様です! まさに名君! シュバルツ伯爵領の守護神ですね!」

「えっ、領民のため……?」


 ランスロットとセルヴィアは、なにか勘違いして大盛り上がりしていた。


 全部、俺の最推しヒロイン、セルヴィアを守るためなんだが……

 領民のために私設兵団を作るのだと思われている? 俺は慌てて誤解を解こうとした。


「いや、これはセルヴィアと幸せになるためで……」

「ありがとうございます、カイン兄様! 私、すごく幸せです!」

「領民の幸せが、ご自分の幸せだとおっしゃっいますか……ッ!? くぅ~! このランスロット感動いたしましたぞぉおおおッ!」

「どわっ!?」


 ランスロットが感激のあまり、俺に抱擁してきた。


「カイン様のようなお方にお仕えできて、私たちも幸せです!」

「わぁ!? すごいお話を聞いちゃいました! また酒場でカイン様の噂話をしなくちゃ!」


 噂好きのメイドたちが、はしゃいでいる。

 俺の間違った噂が、また広まっていきそうだった。


「いや、ちょっと違うって!? 俺は俺のためにやっているだけで!」

「感動いたしましたぞぉおおおおッ!」


 ダメだ。話を聞いちゃいない!


「話は変わりまして、カイン兄様。実は今日、エリス姉様が私の服を買いに、街まで一緒に行ってくれることになりました。商人を屋敷に呼ぶのも良いけど、街を散策するのも楽しいでしょう、とのことです」

「エリス姉上とセルヴィアが仲良くしてくれるのは、うれしいな。俺はやることがあって一緒に行けないけど……」


 俺はランスロットを押しのけながら、セルヴィアと話す。

 アイテムを注文した商人がやってくるので、留守にするわけにはいかない。


「わかりました。今度、ぜひカイン兄様ともご一緒に街に行きたいです」

「あっ、あああっ! もちろん!」


 花が綻ぶように微笑むセルヴィアを見て、俺の心臓が高鳴った。

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