2話。推しヒロインとの関係を敵対から溺愛に変える

 そういうことか。

 セルヴィアもずっと、カインに再び受け入れてもらえるか不安だったんだな。

 確かに、実際のゲームのカインは、


『よくも俺を裏切ってレオン王子に媚びを売りやがったなセルヴィアァァァア! 一生奴隷にして飼ってやる! ひざまずけぇえええ!』


 などと、セルヴィアに対してブチ切れまくっていたからな。


「私がこの1年間、ずっとカイン兄様を想っていたのと同様に、カイン兄様も私のことを変わらずに想っていてくださったのですね!」


 セルヴィアは花がほころぶような笑顔を見せる。

 その声は、ゲームでは聞いたこともなかったくらいに弾んでいた。


 思えば彼女は、兄とも慕っていた婚約者のカインを打ち倒してしまったことに、ずっと罪悪感を抱いてるキャラだった。


 ああっ、そうか……

 セルヴィアはカインを裏切る気持ちなど、微塵も無かったんだ。カインのことを本当に愛していたんだな。


 それなのにカインは、自分のことしか考えていなくて、彼女の想いに気付けなかったんだ。


 心に温かい物が広がるが、同時にセルヴィアの言葉の意味を理解して、頬が熱くなってしまう。


「カイン兄様。今夜は子供の頃みたいに、同じベッドで夜通し語らないながら眠りましょう」

「ちょ、ちょっと待て!? まだ俺たちは婚約したばかりで、結婚した訳じゃないから。同じベッドとか、駄目でしょうが!?」


 俺は慌ててセルヴィアをたしなめた。

 14歳の少女と同衾とか、ヤバ過ぎるというか逮捕案件だぞ。


 いくら最推しヒロインだからといって。いや、最推しヒロインだからこそ、軽々しくそんなことはできない。


「むっ……カイン兄様の腕を枕にして眠るのが好きだったのに」


 セルヴィアは唇を尖らせ、甘えたような態度を取る。


「もう子供じゃないんだから、そんなことはできないんだよ! 淑女にあるまじき、だろ?」

「わかりました。カイン兄様が、そうおっしゃられるなら……」


 肩を落として、セルヴィアは残念そうだった。


「でも、今夜は久しぶりにカイン兄様とゆっくり語らいたく思います。兄様はお変わりないどころか……なんだか、前より雰囲気がお優しくなった感じがします」

「そ、そうか……」


 それは俺が、前世の記憶と人格を取り戻したせいだろうな。


 以前のカインは、伯爵家の跡取り息子であることを鼻に掛けて威張っていたが、今の俺にはそんな恥ずかしいマネはできない。


 セルヴィアは昔から、とんでもない美少女だったので、彼女の尊敬を勝ち得たくて、『困ったら俺を頼れ!』とか、『いずれ辺境伯となる俺が守ってやる!』などと、調子の良いことを言っていた記憶がある。


「シュバルツの叔父様にも、先程ご挨拶しましたが、私を快く受け入れてくださいました。これからはワシのことを父と呼べとのことです」

「父上が……?」


 ここで俺は重要なことに気づいた。


 レオン王子からの『王家を騙した偽聖女セルヴィアを虐待して自殺に追い込め』という命令は、俺だけじゃなく、当然ながらシュバルツ伯爵家当主である父上にも届いていた。


 父上は隣のフェルナンド子爵家との友好関係より、次期国王であるレオン王子に気に入られることを選んだ。

 伯爵家全体でセルヴィアをイジメ抜く手筈になっており、それは今夜の歓迎の宴から開始される。


 父と呼べ、と父上が言ったのは、受け入れられたと思ってから落とした方が、セルヴィアに精神的な打撃を与えられるからだ。


 ……そんなことは絶対に許しておけない。


 なにより、レオン王子の目論見を潰さなければ、結局ゲームシナリオ通りに物事が進むことになる。

 

 そのためには……


「……カイン兄様?」


 俺は机の引き出しを漁って、レオン王子から届いた手紙を探し出した。

 あった。これだ。


「あっ、その封蝋は、王家の紋章ですか?」


 セルヴィアが、何をしているのかと覗き込んでくる。


「セルヴィア、落ち着いてこの手紙を読んでくれ。レオン王子からの密書だ」


 彼女は手紙に目を走らせて、息を飲んだ。


『セルヴィアは、自らを【世界樹の聖女】と王家を謀り、余の婚約者となった上に、許しがたい暴言を余に吐いた。婚約破棄するだけでは、余の腹の虫が収まらぬ。

 カイン・シュバルツ、貴様の婚約者として受け入れた上で、徹底的に痛めつけ、絶望を味あわせて自殺に追い込め。これを成せば次期国王たる余の右腕として、取り立ててやることを約束しよう。


 レオン・アルビオン』


 最後に王子の署名と、王家の紋章が捺印されていた。


「ああっ、カイン兄様、こ、これは……ッ!?」


 セルヴィアは驚愕し、身をガクガクと震わせた。俺を見上げる目尻に、涙が浮かぶ。

 俺は毅然と言い放った。


「安心してくれ。俺はこんな命令には従うつもりは、まったく無い」

「えっ……?」

「子供の頃、約束しただろう? 困ったら俺を頼れ。俺が守ってやるって」


 俺はレオン王子の手紙をビリビリと破り捨てた。

 床に落ちた手紙の残骸を踏みつけて、宣言する。


「改めて約束する。セルヴィアは、何があっても俺が絶対に守る。俺はセルヴィアに幸せになってもらいたいんだ」


 これで後戻りはできない。

 今の俺の行為は、バレれば王家に叛意ありと見做され、反逆罪に問われかねないことだった。


 俺はゲームシナリオをぶっ壊して、セルヴィアと共に幸せになる未来を手繰り寄せてみせる。

 このゲームをやり尽くした俺ならできるハズだ。


「……カ、カイン兄様ぁッ!」


 セルヴィアは俺に抱き着いて、大号泣しだした。


「ああっ、えーと、セルヴィア? ……ごめん、大丈夫か? 驚かせて悪かった。早急に話しておきたかったから……」


 落ち着かせようと頭を撫でてやったが、ちょっとやそっとじゃ、泣き止みそうにない。


 こ、困ったな。

 父上と直談判する前に、何を言ってレオン王子を激怒させたか、知っておきたかったんだけど……


 良く考えてみれば、レオン王子の命令は変だった。

 わざわざ、セルヴィアを俺の婚約者にした上で虐待しろとは、手が込み過ぎている気がする。


 実は教会の神託が間違いで、セルヴィアは聖女ではなかった。聖女だと王家を騙したから許せないというなら、その罪で処断すれば良いだけじゃないか? 

 王家の権限なら簡単なハズだ。


 このあたりはゲームではちゃんと描かれていなかったので、わからなかった。

 

「ランストロット、来てくれ!」

「はっ、カイン坊ちゃま、いかがなさいましたか?」


 俺が大声で呼ぶと、すぐさま部屋に執事のランストロットがやってくる。


「ランスロット、セルヴィアを部屋に案内して、落ち着かせてやってくれないか? 俺は父上と大事な話があるんだ」

「はっ!」


 父上と話して、セルヴィアへの虐待を完全にやめさせなければならない。

 そうでなければ、レオン王子の思惑を挫くことはできない。


 だが、生半可なことでは、シュバルツ伯爵家の利を重視する父上を説得できないだろう。


「セルヴィア、悪いがまた後で……」

「うぅううう、はい、カイン兄様……」

「さっ、セルヴィアお嬢様、こちらへ」


 セルヴィアはランスロットに手を引かれて、名残り惜しそうに部屋から出て行った。


 俺はそれを見届けると、破ったレオン王子の手紙を拾い集める。

 父上を説得するための切り札のひとつが、これだった。

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