殺し屋と少女と日本刀。

@uniki0623

0話 夜の街

 「ハァ……! ハァ……!」


 男は息を切らしながら日中と見紛う程のネオン街を走り抜ける。 普段は見慣れたものであり何の感情も抱かなかったが、客を引く女、更なる酒を求めて徘徊する酔っ払い共、薬でおかしくなり意味不明な言葉を喚き散らしながら暴れる中毒者ジャンキー、この街では日常風景なものに苛つきながら全力疾走していた。


 「クソっ……! どけ!」


 裏路地に入ろうとした所、目の前に酔っ払い共がいたので苛立ちを抑えきれず突き飛ばしてしまう。 何故男はこう無様にも走り回ってるのか。 理由は簡単だ。 命を狙われているからだ。


 「ハァ……! ハァ……! クソっ……! あいつ急に撃ってきやがって……!」


 銃弾で風通しのよくなった右肩を抑えながら光の差し込まない裏路地の壁に身体を預け、痛み止め替わりの錠剤タブレットを数十個口に投げ込む。 全て飲み干した後、男は致死量の話を思い出すが、時すでに遅し。


 「ハハ……! ハハハ!!」


 男は口から大量の唾液を零しながら、光の当たらない暗所で高らかに笑う。 ありとあらゆる感性が研ぎ澄まされ、今であれば何でもやってやれそうな気分になったからだ。


 「今流行りのドラッグか。 俺は飲んだことが無いから分からないが、傍から見る限りあまりよさそうなものではないな」


 男は口元の唾液を拭いながら声がする方を睨めつける。 薬のおかげで夜目が利くようになり、相手の顔がよく見える。


 「そう見つめてくれるな。 照れて照準がブレてしまいそうだ」


 目の前にいる軽口を叩く異質な男をブーストされた状態の思考で考察する。


 体格は中肉中背。 顔には傷一つ無い。 少し長めの黒髪が合さり、中性的な印象だ。 この街に住む男とは程遠い。 しかし。


 「さてと。 そろそろ夜も更けた。 もういいだろう。 俺もアンタに最後の言葉を送り仕事を終わらせたい」


 その目はこの街に住んでる誰よりも深くて暗い、深海のような目をしていた。


 「アアアアッッッ!!」


 追い詰められた男は奇声を上げながら太陽の無い世界に手を掲げると、周りの空気を喰らいながら手中に火の渦を形成させる。 みるみる内に球体になる。 異能の力、呪術の火だ。


 「なるほど。 さっきとは大違いだな。 ハマる理由も分かる」


 「死ね! 殺し屋が!!」


 軽口を叩く男に最大限の力を込めた”異能"を放つ。 細い路地は業火に包まれ男の姿は消える。 


 消えると思った。


 「俺がアンタを何故一発で殺さなかったかわかるか?」


 そこには業火を放たれたにも関わらず何もなかったかのように立ってる男がいた。


 「な……なんでだ……?」


 「ようやく会話してくれるようになったか」


 「……」


 追われていた男は為す術なく地面に座り込む。 異能の力はさっきので使い切ってしまった。 まだ走れる体力は無いことは無いが、きっと同じ結末に至るだろう。


 「それはアンタが殺した人間二人の遺族からの言葉を届けたかったからだ」


 銃口を突き付けられた男は思い出す。 生活苦の為、夜中ある一家に強盗に入った事を。 金品だけ盗むつもりだった。 殺す気なんてなかった。 だが子供二人が途中起きてきて姿を見られてしまった。 騒ぐ前に静かにさせようとしただけだ。


 「ずいぶんとだんまりだな。 遺言ぐらい聞いてもいい。 アンタも人には変わりないからな」


 こっちの気分など知らず相変わらず軽口を叩く。 優位に立つ人間は全員そうだ。 常に心に余裕があって、何があっても心を乱す事が無い。 男はそれが無性に腹が立った。


 「遺言だと……! ふざけるなよ!! 今俺がこうなってるのはこの世界が悪いんだろうがよ!! 今じゃガキが何人死のうが当たり前のことじゃねえか!!」


 追われていた男は大声で唾をまき散らしながら心に留めていたことを全て吐き出す。 そうだ。 この世界が全部悪いのだ。 


 「そうだな。 アンタの言う通りだ。 子供が二人殺されたのはアンタのせいじゃない。 世界のせいだ」


 薄暗い目をしながら銃口を突き付ける男はそう口にする。


 「じゃ…… じゃあ……」


 「アンタが殺されるのもアンタが語る世界のせいだ」


 追われていた男は悟った。 この目の前にいる異質な男には何を言っても通用しないのだろうと。


 「では、最後の言葉だ」


 追われていた男は抵抗も、反論も、逃走も、全てを諦めた。 意味がないと感じたからだ。


 「地獄に落ちろ。 確かに届けたぞ」


 そう言いながら異質な男は引き金を引く。 頭部に凄まじい衝撃を受け地面に倒れる。 不思議と痛みは無い。 ただ最後に思った事は……。


 この世界は狂っている。

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