美しい人

瀬戸はや

第1話 市役所の女

たしか市役所にせいやくんを迎えに行く時に出会った。

美しい人だった。モデルのように すらりとした体型で、初めて出会ったその人に、僕は思わずお迎えですか と声をかけてしまった。その人は何も答えずにうつむいたまま静かに 微笑んでいた。僕はその後もその場所に、何度か迎えに行った。その度に またあの人に会えるかな と思って期待していたのだが 、僕は結局 二度と会うことはできなかった。その人の美しさだけはあんなにはっきり鮮明に 僕の記憶に残っているのに 僕はその人の顔をうまく 思い出すことができない。僕はその人に間違いなく合っているし 会ったことをはっきりと覚えているんだが顔や姿をうまく思い出すことができない。その人はまるで 幻のように 僕の記憶の中で消えてしまった。僕は本当にあの人に会ったんだろうか ただ 間違いなく その人が美しくて、うつむいたまま 静かに微笑んでいたのをよく記憶している。あの人は 美しいだけでなく 落ち着きがあった。何と言うか 若い人にはない 美しい 落ち着きがあった。あの人はきっと 母親なんだろうとその時僕はそう思った。

結婚していて 幸せなんだろう。だからあんなに落ち着いていられるんだ。若い子みたいに すぐに 喜んだり悲しんだり 感情に囚われない。

あの人のあの美しさと落ち着きは幸せな妻であり母であるからこそなんだろう。今までに 僕が知っている人たちは あんな風ではなかった。美しく魅力的ではあってもあの 落ち着き方はなかった。おそらく彼女たちにはあの人が手にしている幸せと落ち着きは手に入らならないだろう。彼女たちは 求めすぎていた。一言で言えば ガツガツしていた。残念ながら彼女たちはあの人のように美しくも落ち着いてもいられないんだろう。 欲望が多すぎて。全てを手に入れ 幸せでいられる あの人のような美しさも 落ち着きも残念ながら 生涯手にすることはできないんだろう。


あの人は全てを手に入れて満足できているから あんなふうに落ち着いていられるんだろう。あの人の美しさは落ち着きであり 満足の証だ。幸せでなければ あんな風に美しく はなれない。あの人は全てに満たされているからこそ あんなふうに美しく 落ち着いていられるわけだ。だからおそらく彼女は何も欲していない。全てのものを手に入れ もう何も必要としていない。だから間違いなく 彼女は 恋なんてしない そうだろう。完全に満足した状態なら 恋なんか必要ない。恋なんて持たざるものの 欲望の一種でしかない。全てを手に入れて満足しきっている彼女は何も求めない。まあ そんな人間が本当に実在するかどうかだがはっきりはわからない。ただ僕は彼女を見た。日進の市役所の横で、だからいるんだ。全てを手にして完全に満足したような美しい女性は現実に この世の中にいるんだ。だからおそらく誰も彼女に手を出すことはできないだろう。出しても決してつかんでもらえないだろう。彼女は完全無欠だ。何も 欲してはいない今のままでも完全に幸せで何も必要としない人間だ。何か欲しているような人間には手が出ない。全く勝ち目がない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る