第3話 第四王妃になったのは妥協です

「しかし初対面のあの時は、本気で死ぬかもしれないと思ったものだ」

「蒼月丸は邪気を――祓うので、討伐対象のアヤカシしか斬れませんよ」

「ふむ。器用なことだ。しかしこの国筆頭の仙女でも難しかったアヤカシを一刀両断とは痛快だった」


 そう言いながら皇帝こと颯懍ソンリェンは、暢気にお茶を啜っている。

 この世界に来てから一月は経っただろうか。豪華絢爛な離宮で、私は第四王妃として暮らしている。


「(第四王妃。本当に面倒なことばかりして……、死んでまで迷惑かけないでほしい)アヤカシを体内に納めるなんて普通死にますからね。対処も難しかったのでしょう」


 朱色の柱を基調とした中華風な部屋では、私を含め三人の人間がいる──いうか居座っている。

 私と、尊大唯我独尊を貫く主上しゅじょうと、女装がけっして趣味ではない側近の鼬瓏ユウロンだ。やはり昼間だと女性の姿に見えてしまうようだ。私には完全ではないようだが。


 最初のほうはアヤカシの被害経過報告をしていたのだが、一刻と持たずに主上が私に絡み出した。


沙羅紗サラサよ。いい加減諦めて、余に愛されるが良い」

「全力でお断りします。それよりも」

「はははっ、照れるとは愛い奴だな」

「アンタはすでに三人も奥さんがいるんだから、そっちを大事にしなさいよ!」

「何を言う。女がいたら口説く、愛でる、慈しむのは当然だろう。女がいなければ種の存続は不可能なのだ。全ての女たちに敬意を込めて接するのは当然だろう」

「ぎゃあああああああああ! どこに手を突っ込んでいるの!? ……ってか、話全然聞いてないし! ちょっ、鼬瓏ユウロン! この馬鹿皇帝を引き剥がして!」

主上しゅじょう、何羨ま──じゃない! 胸から手を離してください!」

「ふむ、まったく胸がないと思っていたら、布を巻いて誤魔化していたとは」

「──っ!?」


 平手打ちをしようとしたが、颯懍は私の腕首を掴んで止めてぐっと抱き寄せる。ギュッと抱きしめられ、昨晩の鼬瓏とのことを思い出し反撃に出遅れてしまった。


「――っ!」

「サラシを取れば、なかなかの抱き心地ではないか」


 囁く声音は低いけれど、鼬瓏ではない。

 鼬瓏のほうがもっと──。


 そう比較している自分がいて、恥ずかしさを誤魔化して裏拳を颯懍に叩き込む。しかし私の手首を掴んだままだ。意外に根性がある。


「ぐっ、……相変わらず血気盛んな娘よ。胸の一つ揉まれても、減りはしないであろうが。大人しく俺に愛でられろ」

「全力でお断りします!」

「余に、そんなことを言ったのは貴様ぐらいだ」

「さらにご機嫌になった! セクハラ、女ったらし、自意識過剰馬鹿!」

「余は仮にも、貴様の夫なのなぞ。このぐらい」

「死んだ第四王妃の一時的な代わりでしょうが!」

「我妻はつれないなぁ。一時的なものも本物にして何か問題あるのか?」

「次は脳震盪を起こす一撃にして差し上げましょうか?」


 冷めた目で颯懍を睨むが、彼は愉快そうに一蹴するばかりだ。腹立たしい。ちゃっかり私を抱き上げようとしてくる。何が楽しいのだろうか。


 そんなことを考えていると、鼬瓏は私をバカ皇帝から引き剥がして抱き上げてくれた。

 ふわりと鼬瓏の匂いに、なんというか彼の匂いとか温もりは──すごく落ち着く。


「!」


 事故とはいえこんな風に抱き上げられたのは、ラッキーだった気がする。このままどさくさに紛れてギュッと抱きつくはありだろうか。


颯懍ソンリェンあ――様、沙羅紗殿を煽らないでください!! 大体彼女は──」

「ふん、こういうのは早いもの勝ちだろう」

「……私もなんだか主上を殴りたくなってきたんですが」

「おい、その顔はやめろ。ガチ切れではないか」

「?」


 呪われたまま女装の姿に見える鼬瓏ユウロンの顔を覗いたが、とても凜々しい顔をしている。このバカ皇帝と顔立ちは似ているが、よく見ると全然違う。


 私は彼の呪いが見えるのだが、どうにも彼はそれを隠したがる。そして夜だけは、皇帝と瓜二つの姿で私の前に現れるのだ。困惑するのは当然だと思う。


(……と言うか、鼬瓏は私が皇帝バカ男を好きだとでも思っているのだろうか。聞いてもはぐらかすか逃げるのよね……。それとも条件付きの呪いとか? 蒼月に呪いの精査を頼んでいるけれど、あと数日はかかるかな)


 同じ呪いそのものである蒼月なら、呪いの正体も分かるだろう。いざとなれば私が帰る日にでも呪いを解いておけば、置き土産ぐらいにはなるだろうか。


「沙羅紗殿。主上が申し訳ありません」

「(ああ、貴方は隠したままで貫くなら……)いいですよ。どうせ私が異邦人だから珍しいのでしょう」

「それは……どうなのでしょうね」


 そう囁き、私を抱き上げたまま腕の中だ。正直、幸せだ。ちょっとだけこの時間を堪能させてもらおう。


「ふん、なんだ。相思相愛とは面白くもない。やはりここは、余が……」

「主上、何か言いましたか?」

「別に。それよりも、貴様の持つ剣は特殊なのだな」

(…………このまま寝られる)


 昼間にこんな嬉しいハプニングが起こるとは思っていなかったので現実逃避をしていたが、現実はそう甘くない。


「おい、沙羅紗」

「ハッ!? えっと……?」

「貴様の剣についてだ」

「ん? ああ! 蒼月丸ですね。邪悪なモノならなんでも斬れる──私の世界でも珍しい刀なのです」

「ほう。貴様のような小娘がよく手にできたものだ」

「蒼月丸は人を選びますからね」


 蒼月丸は邪気のみを切り裂く。正確にいえば蒼月が邪気を喰らうのが正しいが、それは私と蒼月だけの秘密だ。


 そんな訳で颯懍の体を傷つけず、邪気――巣くっていたモノたちを祓ったのだ。もっともあの時祓ったのはアヤカシの一部で、根本的な解決になっていない。任務不履行のため、私は異世界煌国にいる。


 元の世界に戻るにしても、悪神アヤカシを何とかしなければならない。しかも私を呼び出した第四王妃と、その一派の術士たちは異世界召喚の代価として死んでいるのだ。


 彼女は煌国での最高ランクの時空間使いだったと言う。元の世界に戻る場合、行きよりも帰りは一度道を繋げるだけなので労力がさほど掛からないとか。時間指定の精度も上げられるというのだから、今はそれに賭けるしかない。その術師たち一団が来るまでに、アヤカシ討伐あるいは調伏が私の請け負った仕事でもある。


「それで第四王妃の一族からの増援は、いつになるのです?」

「何分、東の果ての民族ゆえ、こちらに到着するまであと一カ月はかかるだろうな」

「最悪」


 東の果ての民族は、神仙と呼ばれる秘境に住んでいる仙人だとか。俗世に下りることはあまりないが、国を維持するため何世代かに一度、後宮に入る仕来りになっているそうだ。


(国同士で決めた結婚か。まあ、よくあることか)

「それにしても沙羅紗殿が悪神相手でも対応できる使い手で、本当に良かったです」

「(確かに私以外で、あの場にいる誰かが呼ばれていたら……対処は難しかっただろう)そうですね。討伐対象の悪神アヤカシなら何度か対処していますし」

「これも余の天運による賜物であろう」

「天運……。よりによってアヤカシの中でも四凶しきょうが相手なのだけれど」

「ふっ、貴様の世界にも同じ悪神がいるとはな!」

「喜ぶ所じゃない!」


 伝説級の悪神アヤカシが一柱ではなく四柱というのだから、頭が痛くなってもしょうがない。


 頭を抱える私に対して、部屋で寛いでいるこの男は、終始余裕である。いや余裕がなくとも、後数分で死のうともきっと変わらないのだろう。

 そんな気がする。


 傲岸不遜で、自信の塊。

 自分に惚れない女はいないと本気で考えている。その傲慢をできるだけ早急に捨てるべきだと思う。


「私の世界では、古代中国における伝説上の悪神アヤカシで、文字の如く四つの凶を持つ獣の姿で現れています。渾沌こんとん窮奇きゅうき檮杌とうこつ饕餮とうてつ。これらの名は、この世界でも変わらないのでしょう?」

「ああ、忌々しいが我が祖にして黄竜の時代にも、縦横無尽に跋扈していたと聞く。姿形はその時によって異なることが多いが、あれらは怠惰、背信、暴力、貪欲を欲し国を食い散らかす災害そのものだ。よもや余の時代に復活するとは運がない奴らよ。この国に害が及ぶ前に後宮にそのアヤカシどもを封じたのだからな」

(その時は仙女の第四王妃がいたことを考えれば、対処できる者がいる領域に封じたのは英断だったと思う。尤もその代償でバカ皇帝はアヤカシに肉体を蝕まれていたけれど)


 颯懍は私を見てニヤリと笑う。

 今も上質な漢服――民族衣装を着こなしているのだが、無駄に割れた腹筋を見せびらかしたいのか、前を開けすぎている。


(外傷もない完治しているわね。……くっ、悔しいがいい腹筋だ。さっき抱きついた時は気づかなかったが、そこだけは褒めてあげたい)

「どうした、余の肉体美に欲情でもしたのか?」

「いえ、傷の完治はしているようだと思っただけです」

「……余と鼬瓏の対応の差が激しくないか?」

「普段の行いのせいでは?」

「当然の帰結かと。弁明できませんね」

「息ぴったりではないか! 腹立たしいな。鼬瓏、いつまで抱き上げているつもりだ!? 貴様も鼬瓏相手では抵抗しないとはどういうことだ!」

「抱き心地がよいので、つい」

「なんだか落ち着くので」

「息ぴったりではないか!」


 全力で塩対応をするのだが、それが颯懍には新鮮なのか嬉しそうにしている。しかも余計な指摘をしたせいで、鼬瓏は私を床に下ろしてしまう。

 ぐっ、もう少し密着していたかった。


(無念……)

「余ならいくらでも抱きしめてやるが?」

「いえ結構です」

「本当に貴様はつれないな」

(なぜこうもグイグイくるのか)


 自分に言い寄ってくる王妃たちだけ相手にしていればいいのに、何故かこのバカ皇帝は、四六時中私が与えられた部屋で寛いでいる。


(こんなことをするから、他の王妃が煩いのだけれど……!)


 悩みの種は尽きない。

 何度目になるかわからない溜息を零した。

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