王弟が好きなのに、なぜ私が後宮の第四王妃なのでしょう? ~昼夜皇帝の秘密の下で、重愛に溺れる~

あさぎ かな@電子書籍二作目

第1話 月夜の求婚

 

(──昼と夜、本当の彼はどちらなのだろう?)


 宵の闇から音もなく、私の宮に訪れるのはこの国を統べる皇帝だ。


 白銀の長く美しい髪、紫紺色の美しい瞳、昼間と異なり上質な黒の漢服に身を包み、どこか扇状的だ。

 その色香は何処で売っているのだろう。


 何も言わずに寝台に座り込む図々しさは、昼夜問わずのようだ。私は呆れつつ、お茶の準備をする。

 寝台傍の窓から青白い月夜の明かりに照らされ、彼の存在を神秘的なものに昇華する。


(目の保養になるなぁ。悔しいけれど……)

「……今日も求婚をしに来たのだが、受け入れてくれないのか?」


 一本の蓮の花を手にして、熱い眼差しを向けてくる。それだけでドギマギしそうな心臓を落ち着かせつつ、花を受け取った。

 花に罪はないのだから。


 それに夜に現れる彼は──嫌いじゃない。

 けれど、私の答えは決まっている。


「無理、私には元の世界に戻る理由がある。無責任に受けられないわ」

「その理由が終わってから、再召喚も込みで考えて欲しい」

「(おっと、今日はそう来たか。一辺倒に頼むよりはいいけれど……)そうね……考えてみる」

「ふむ、色よい返事とは言えないな」


 悲しそうな顔に思わず「好きだ」と言いそうになるのを、グッと堪える。

 不意に月明かりに、元の世界で有名な言葉を思い出した。


「今日は──“月が綺麗ね”」


 言った後でなんだか恥ずかしくなってしまったが、彼がこの言葉の意味を知っていることはないだろう。私が彼を好いていると言ってしまえば、ますます元の世界に戻りたい気持ちが削れていってしまうのだから。


(それでも……私は――)

「ああ、このように青白く光ることは稀で、その月明かりの下で、告白すると結ばれると言う」

「へーーーーーーーーー、ソウナンダ」


 彼は私の出したお茶を飲み、私も寝台に座りながら当たり障りにない会話をする。いつも自分のことを話さない皇帝、いや皇帝の装いをしている彼の名を口にしようとした。


「ユウ──」


 彼の人差し指が唇触れたせいで、言葉は途中で途切れてしまう。


「それを口にするなら、の妻になると了承してもらわなければならない」

「何もかもが秘密ばかりだと、信頼関係の構築が難しいのだけれど? 私、後出しって好きじゃないのよね。甘いことばかり並べて実際は違うなんてざらさもの」

「私が沙羅紗殿の下に通い続けているだけで、証明にならないかな?」

「何言ってんの。なるわけ無いじゃない」


 とびきりの笑顔で言ってきたので、無表情のまま答えた。彼は、まさか一蹴されるとは思っていなかったのだろう。目が点になっている。


「手強い……」

「そっちこそ。さっさと秘密を言ってしまった方が楽なんじゃない?」

「それができれば――っ」


 彼は拗ねた顔で、ぐいっと、お茶を飲み干した。

 それから陶器と盆をベッドの端に置いて、自然な流れで私と距離を詰める。


「沙羅紗殿、帰らないで……ほしい。私のために残りの人生をもらえないか」

(私だって……叶うのなら…………)


 私の肩に顔を埋めて懇願する姿に、胸がギシギシと痛んだ。きっとこの先、私のことを想ってくれているのは、相方の蒼月そうげつ以外だと彼だけだろう。


 暫くすると眠り薬が効いたのか、私の肩に寄りかかり、すうすうと寝息をたて始めた。影の中から現れた黒いオコジョ──式神である蒼月に、私はガッツポーズをする。


「……いつか襲われるぞ」

「ふふふっ、夜襲には慣れているのを知っているでしょう。それに殺気には敏感なんだから」

「違う。そうじゃない」

「だいたい睡眠時間をこよなく愛している私が、寝る時間を多少削ってでも、一緒にいる時間を作っているのよ。彼が好きじゃなきゃ、そもそも部屋に入れないわ」

「そうなのだが……なぜ毎回眠らせて、添い寝を? 追い返せばいいだろう」

「……追い出したらこの人は、きっと明け方まで見回りをするでしょう。アヤカシが活発化するこの時間の外は危険かつ、寝不足は体に良くないし、無理はしてほしくないもの」


 蒼月は不思議そうに小首を傾げた。

 うん、めっちゃ可愛い。


「それならお前から『この世界に残る』と言ってやればいいだろう。あの世界でお前の帰る場所そのものはあるが、幸福だったかは疑問だな。分家と言うだけで正当な評価をもらえず、面倒ごとばかり押し付けられて、将来も自分で決めた道など無理だろうし、戻れば確実に今回の責任を負わされ、見知らぬ婚約を勝手に決めさせられるぞ」

「それとこれとは関係ない。私の未練は仲間を置き去りにして来てしまったことだけ。それが解消されるなら、この世界に戻ってもいいぐらいに愛着は──できたかな」


 すやすや眠っている彼を寝台に寝かせて、布団を掛ける。私がこの世界に来てから、目のクマもだいぶ薄くなったようだ。

 チラリと見えた鎖骨は、なかなかに好みだった。これで腹筋も割れていたら完璧かも。

 彼はこの世界で出会った、私が好きになった人。

 添い遂げたい気持ちもあるけれど──。


「それでも私は元の世界に戻らなきゃいけない」

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