第三章 錬金術の新作商品
第1話 初心者セット
以前ランベルトが教えてくれた、『春の一斉討伐週間』の時期が来月に迫っていた。雪が解けて人通りが多くなる前に、王都の冒険者ギルドと騎士団が手を組んで王都周辺に蔓延る魔物や盗賊を一斉に倒して回るのだ。
「えーっと、初級ポーション5本に護り石6セット。血止め薬に解毒用ポーションが2本、
「多いっすね」
「他にもライトにナイフに寝袋なんかも持ってたら荷物パンパンです。魔物の素材持って帰れなくなっちゃう」
トーナの錬金術店にある客間のテーブルで、店主のプレゼンテーションを聞いているのは、昨年冒険者デビューしたロイドとアスラの兄妹だ。開店当初からの常連で、王都近くの村出身である。
「……やっぱり?」
「春季討伐限定として考えたらこの半分でいいでしょ」
「それより価格ですって。私ら基本金ないもん」
それを言われるとトーナはぐうの音もでない。誰だってない袖は振れないのだ。
「でもこの袋はめっちゃいいっすよ!
「これ別で売ればいいのに。ちょっと高くても買うやついるって」
2人が指をさしたのは、【初心者セット】を入れる為のポーチのような袋だった。ファロファニという大蛇の抜け殻を使ったアイテムで薄くて軽いにもかかわらず耐火防水に優れ、中に入っている物を傷つけない素材なので、高級なものや壊れやすい素材を包むのに使われることもある。
「それはぎれで作ったやつなのよ。余らせるのもったいなくて」
錬金術師メインで生きているトーナにとってはその
「レア鉱石とか魔石とか、牙や角なんかも傷の大小で買い取り価格変わるやつあるからな~」
兄ロイドの実感がこもった言葉に、うんうんと妹のアスラが頷いている。まだまだ駆け出しの冒険者であれば、この程度の大きさのものでも十分に役に立つ。
(そっか……そんなもんか……)
冒険者として生活は錬金術師とは違うのだと改めて認識する。
「魔力なしと魔力ありでもまた違うだろうけど、とりあえず多い。それだけは確か」
「それじゃあ半分にするか~」
トーナは潔く彼らの意見を受け入れた。
結局初級ポーション3本に護り石3セット。血止め薬に解毒用ポーションはなし。
「トーナさんの初級ポーション、十分解毒効果あったからな。少なくとも応急処置としては十分だったし」
「そ、そう?」
効果があり過ぎるのも商売としては困ったものだ。
「それじゃあこの初心者セットを進呈します」
どうぞ。と、ファロファニの袋に入れたアイテムを兄弟それぞれに手渡した。
「え!? うそ!? くれんの!?」
「そりゃ協力してもらっててタダで帰せないよ」
「うわぁ~多いなんて言わなきゃよかった~!」
2人とも嬉しそうに笑いながら袋を受け取る。
「じゃあ宣伝も頑張っとくかな!」
「よろしくね!」
口コミは何より大事だ。トーナの錬金術店はそれなりに冒険者街では有名になりつつあったが、あそこは人の入れ替わりも多い。忘れられないように存在のアピールは大事だ。
兄妹を見送りに店の外に出ると、通りの向こうから見慣れた派手な馬車が。
「はっはっは! わざわざ出迎えご苦労!」
「今日は何のご用で?」
最近はもうリーノの軽口にいちいち反応はしない。が、当の本人はトーナの呆れ顔だけでも満足そうだ。
「今日は商売の話だ。寂しいか?」
「いつもじゃん」
「なんだ? 仕事の話はやっぱり寂しいのか」
「なんでそーなるの!」
店内に入ると、さっそく目当てのものを見つけたらしいリーノはカウンターに置かれた試食品を1つ手に取った。最近発売したばかりの冒険者向け携行食品だ。クッキーに似たお菓子のような食品で、持ち運びしやすく、栄養もあり、味も種類を作り、尚且つ体力回復に役立つ。
「これが欲しい!」
「レシピは売らないわよ。まだウチでも売り始めたばかりなんだから」
またいつものやつか、とトーナはため息をついた。だが、
「いいや、大量発注だ」
「え?」
「うちの商会に卸してくれ。とりあえず500食」
「ごごご、ごひゃく!?」
「あぁ。騎士団に納品するんだ」
今日は本当に真面目な商売の話を持ってきていた。前回試食をした際、リーノは冒険者食というのがこれほど美味しく出来ることを知り感動したのだ。
「これまで食べたのは味よりも実用性重視のものばっかりだったからな!」
「食べてたんだ……大商会のお坊ちゃまが」
「食べるさ! どこに商売のタネが埋まっているかわからんだろう」
いつもなら即座に断るところだが、今回は少し状況が違う。
トーナには今、欲しいものがあった。それもなるべく早く手に入れたい。
(まさかこの世界で魔力に関係のないものが必要になるなんて!)
◇◇◇
王都では今、盗賊団が金持ち屋敷を狙って金品財宝を盗むという事件が頻発していた。春の一斉討伐前の稼ぎ時だとそういう輩が増えていた。俺達を舐めやがって! と、憲兵隊は躍起になって探している。
通常であればトーナの錬金術店程度の店は盗みに入る対象ではないのだが、今回は王都内の錬金術店もその盗賊の対象になっているのだ。最大手のイザルテの錬金術店は既に襲われ済みである。
狙われたのは金よりも上級ポーションに特化型ポーションで、どれもかなり高額の商品だ。
「出所のしれない上級ポーションなんて買う人いるの?」
「闇組織に売るのでは? 153年前に一度フィアルヴァが一掃しましたが、そろそろまた新しい組織ができている頃でしょう」
「わー……153年前の闇組織お気の毒~」
ベルチェがいるので夜間でも店にいる間の不安はないが、それなりに出かけることもあるので、トーナの限りある資産がなくなるのは出来るだけ避けたい。
「フツーの仕掛け金庫って高いのよね?」
「魔道具が組み込まれた金庫が主流になっていたせいか、旧式のものは値段があがっているとクランツさんが言っていましたよ」
クランツは常連の細工技師だ。彼によると盗賊は金庫に使われる魔道具に精通しており、あっという間に鍵を開け中身を持ち去っているせいか、最近魔道具も何も使われていない、重さのある旧式の金庫の注文が多くなっているという情報をベルチェは仕入れていた。
「金目のモノを守るためにお金がかかるなんてぇ~!」
よっぽど作り置きをしている上級ポーションを売ってしまおうかと迷ったが、いざと言う時に備えてそれはやめた。最近では頼ってくれる人も増えている。その人達にいざと言う時が来たら後悔することがわかっているからだ。
◇◇◇
(まるでタイミングを狙ったかのような依頼ね)
単価は安いが500食ともなれば話が違う。それだけ売れれば金庫を買う資金の足しに十分なる。
リーノがどういうつもりでこの仕事を持ってきたのか考えあぐねていた。たまたまか、今なら断れないと思ったのか、それともトーナの懐事情がわかっているから手を貸してくれているのか……。
(でもまぁ……渡りに船ってことは間違いないよね)
フゥと小さく息を吐いたのをリーノは見逃さなかった。
「お前がいいと言ってくれたらすぐに騎士団に話は持っていく。まあ相手は嫌とはいわんだろうから、この話は決まったようなものだ」
決まってもいない仕事に自信満々なのは、大商会の強みだろうか。
(けどなぁ……)
「正直有難いけど、数が多すぎ……」
「問題ない。うちの錬金術師を貸し出そう。魔力注入をお前がやれば問題ないだろう」
「えぇ!? そんなことしてもらえないよ!」
「お前さえよければ構わない。うちの錬金術師達は知っているだろう」
錬金術師のアイテムは内容によってはあっさり別の錬金術師にレシピの材料がバレることがある。今回トーナが作った体力回復の携行食品もそうだ。それほど入り組んだ調合ではないので、遅かれ早かれ知られる。だがそれでもそのレシピを創り出したものしかわからいのが魔力の注入の量やタイミングなのだ。それを間違えると、錬金術のアイテムとして全く効果が出ない場合もある。
「ていうか、錬金術の勉強したんだ」
「ああ! 以前手伝わせてもらった時面白かったからな!」
リーノは嬉しそうに語っていた。
「じゃあ、その話お受けします。物入りだから助かるわ」
「そうかそうか! 経営者としていい判断だぞ!」
大袈裟にトーナを褒めると、その日は珍しくすぐに帰るしぐさをする。騎士団に話を通しに行くためだ。
「戸締りを忘れるな!」
それでやはり、彼がトーナの助けになることを彼なりに考えてくれているのだとわかった。
(リーノ……意外といいやつだな)
彼を見直したとばかりにトーナは穏やかな表情になる。
だが、最後にとんでもない言葉を残していった。
「ああ。そう言えばロロを今度の一斉討伐に連れて行こうと思っている。もちろんお前にも来てもらいたいからそのつもりでいてくれ!」
「え!? ……えぇ!!?」
「では今日は急ぐからまたな!」
振り返らず手を振って馬車へと乗り込み去って行った。
「や、やられた~!!!」
エルキア通りにトーナの叫び声がむなしく響いたのだった。
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