第5話 暴風雪の日
王都から乗合馬車で隣街まで出た。ヴノガラス渓谷という、今回の目的地の拠点となっている街だ。小さな宿屋の部屋で、飛竜のロロは嬉しそうにトーナの周りを飛び回っている。王都を出るまではトーナのマントの中に大人しく隠れていた。既に日は暮れているので、今日はここでロロと1泊だ。
「建物は古いけど綺麗ね~よかったよかった」
荷物とコートをベッドに置くと、ポケットから【護り石】を2つ取り出した。青い小石に、さらに小さな魔法陣が刻まれている。トーナはその2つを打ち付けると、扉の端と端に置いた。数秒小さく発光した後透明なガラス窓のような物体が現れる。これで誰かが急に部屋に入ってくることはない。
「窓側もやっとくか~」
これは旅人には大事な錬金術アイテムで、簡易結界ならぬ簡易防御魔術を使えるのだ。鍵などあってないような宿屋の必需品でもある。石をずらせばすぐに解除されてしまう上、成人男性のグーパン一発で割れてしまうが、これがあるだけで不意打ちは避けられる。
「狭かったよね。よく我慢したわ」
えらいえらい、とロロの首をさすると嬉しそうにキュルキュルと鳴いた。
(飛竜がこんなに愛情深いなんてねぇ)
その親竜を倒した側にいるトーナとしては複雑な心境だ。
(こういうところ、さら~と流せるようになりたいんだけどな~)
文字通り弱肉強食のこの異世界。可哀想だとあの竜を倒さなければ命がないのはこちら側。かと言って、こんな愛らしい姿を見るとなかなか割り切れない所もある。塩梅が難しい、とトーナは常々思っていた。
◇◇◇
魔物の研究は日々進んでいるが、サニーによると竜種に関しては人間による飼育に成功した記録は見つかっていない。金持ちや見せもの小屋にいた記録はあるが、いつの間にかその記録から消えている。
『飛竜って群れを作ってますよね?』
『そうですね。ただその群れに小さな竜を見ることってないんで、たぶんある程度成長するまでは別行動なのかも』
と言うのがサニーの考察だ。確かにトーナも、竜種の幼体というのをこれまで見たことがない。
『それで! 僕も連れて行ってくれますか!?』
『ダメです!!! 他人の命の保証はできませんから!』
『荷物持ちくらいできますよ!?』
『サニーさんが
これはトーナが採取に出かける直前の会話だ。リーノにはあらかじめ話を通しており、ロロを連れ出すことを伝えていた。
ロロはいつも死んだ魔物を餌として食べていたが、たまには狩りもした方がいいのでは? という安直な想像から連れ出すことにしたのだ。もちろん戦力も見込んでいる。
サニーはもちろん行きたがった。幼竜がどのように外の世界で過ごすのかその目で見たいと熱弁した。だが何度言ってもトーナには断られる。戦闘力が皆無だからだ。
今回トーナは1人で出かける。予定では一週間程度。ベルチェは店番だ。彼女は強いが、誰かの護衛はしたことがない。一緒に旅していたフィアルヴァもベルチェも規格外の強さを持っていたので、守る必要もなかった。
◇◇◇
「うそ……」
窓がガタガタと揺れる音で目覚めたトーナは目の前の現実が受け入れられない。
「つーか寒っ!!!」
彼女の目の前には吹雪なんて単語じゃあ生温いくらいの激しい雪が。ロロはトーナが起きて嬉しそうにしている。
(竜って爬虫類かと思ってたけど、寒くてもガンガン活動するのよね~)
あの鱗は鎧としての役割があるようだった。硬くて美しいので、装飾品としても人気がある。
宿の女将曰く、
「このあたりじゃこの時期たまにこんな日があってね~まあ明日にはやむから。長くは続かないのよ」
と言うことなので、この日渓谷へ行くのは潔く諦める。宿屋の食堂では同じく渓谷へ行く予定の冒険者もいて、退屈しのぎも兼ねて情報交換をしていた。この時期にしては旅をしている冒険者の人数が多い。
「最近渓谷は
女将の情報は確実だ。錬金術師は戦闘力がないと思われているので、心配してくれている。
(うーん毛皮……持って帰れるかな)
ヒョニの毛皮は人気がある。だが、単独採取は手荷物が増えると大変だ。そんなことを考えていると、若い冒険者2人が声をかけてきた。
「なあなあアンタ錬金術師だよな? 護り石が余ってたら売って欲しいんだが……」
冒険者はトーナのマントを見て気が付いた。魔術師や錬金術師がよく着ているデザインのもので、魔力を通しやすい糸が編み込まれているのだ。魔術師はその証であるブローチを、錬金術師はやたら大きなポケットが付いているので見分けも付きやすい。
「いいですよ~えーっと……」
トーナはマントのポケットからごそごそと小袋を取り出す。余分に持ってきているので数には余裕があった。
「よかった……前に買ったヤツは質が悪かったみたいでよ~あっという間に効果がきれてさ。寒いし、外の音はすごいしで寝不足なっちまった」
「護り石ってこの時期の防音防寒対策に重要だよな」
その場にいた他の冒険者や旅人も、うんうんと頷いている。皆予定が変わってしまって暇なのだ。
「え! 白芽茸が!?」
「ああ。それでこんだけ冒険者がいるんだ」
白芽茸は高級食材。冬場のいい稼ぎになると冒険者が集まっていた。聞くところによると、この宿にいるのはいつもは王都周辺を拠点にしている冒険者が多いらしい。
「白芽茸は別に錬金術の素材になったりしないだろ?」
「いや~何が素材として使えるかは……可能性は無限大だし」
トーナには高すぎてまだ食べたことがない。なんとなくトリュフのようなものを想像している。必ず雪の下に埋まっているという話だ。彼女はフィアルヴァの手書きの挿絵でしか見たことがない。
「ひとかけら食べたら忘れられないって話だけど」
「そうかぁ? 味と値段は比例しないな。珍しくってこの時期しか採れないってのが価値を上げてるんじゃねーの?」
「金持ちの感覚はわかんねぇよな~」
ここにいる冒険者達はどうやらそんな高級を食べ慣れているようだった。
「もし見つけたら必ず周辺の雪と一緒に持ち帰れよ~それが長持ちのコツだからな」
宿屋に閉じ込められはしたが、トーナは楽しい時間を過ごした。
(師匠といた時はいっつもバタバタしてたし、師匠がトラブル起こさないか見張ってたからな~)
ロロはトーナにずっとくっついている。騒ぎになるのを避けるためにロロの存在は隠していたが、特に注意すらする必要もなかった。うまくマントの中に隠れ続けていた。なかなかゆっくりと1人と1匹の時間がないからだろうか。ロロなりの甘え方のようだった。飛竜とは思えないほど穏やかな顔つきで、その日は眠っていた。
だが、そんな満たされたほんわかとした感覚は、翌朝すぐに消え去る。雪雲は消え去り、太陽が出ていた。しかし寒い。とてもとても寒い日だった。
「来ちゃいました!」
宿屋に現れたのはサニーだ。ロロを追ってここまできた。そしてその隣には、
「たまには思いっきり体を動かしたくてな」
と、妙な言い訳をするアレンが。
「いや~……私、サニーさんの情熱舐めてました……」
「あはははは!」
(あはは! って……)
サニーはアレンを護衛として雇ってきたのだ。ちなみにランベルトは既にトーナに言われた素材を探しに王都をでていて捕まらず、アレンは次点で選ばれていた。彼はトーナ周辺を観察し、どうすれロロの側いることができるかすぐに方策を編み出したのだ。
「あの雪の中どうやって?」
「王都の方はそうでもなかったですよ!」
元気なサニーと、
「王都の方はな……」
寒さで震えているのを誤魔化しているアレンの対比が面白く、トーナは吹き出して笑った。
ロッシ商会の雪に強い丈夫な馬に乗って、ロッシ商会でも取り扱っている上等な魔道具を使って、トーナを追いかけてきた。リーノも気前よくすべてを無償で貸し出した。トーナが絡むと、ただでさえ緩い財布の紐が、開けっ放しになる。
マントの中でロロがため息をつくような風を感じ、トーナは更に大笑いしたのだった。
「荷物持ちも増えたし、いい素材集めが出来そうだわ」
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