第6話 大規模討伐

 トーナが王都に来て一番の仕事が始まる。前々から準備を進めていた大規模魔物討伐の詳細がついに知らされた。


「上流階級向けの保養地リゾート開発ですか」


 先ほど討伐参加者は冒険者ギルドに集められ、詳しい説明を聞いたのだ。ベルチェは留守番をしながら明日からのの為の荷造りを進めていた。


 トーナは知らなかったが、王都近郊にある小さな島に金持ち用の遊び場の建築が始まっていた。それがいつの間にか最も恐ろしい魔物の1種である飛竜が巣を作り、魔物が集まり始めていたせいで工事が滞ってしまった。


「今回一斉に魔物を駆逐した後、魔物除けの結界を張るまでやっちゃうんだってさ」

「それで人数を集めてたんですね」


 その開発を取り仕切っているのはロッシ商会という、これまたこの国で一番大きな商会だった。メインは貿易業だが、有り余る資産で自分達だけの楽園を作るつもりなのだ。一般市民からの反感を買いたくないからか、あまり公にされておらず、今回の討伐も短期決戦で終わらせるつもりでいる。


「あ~上級ポーション買取なんて国でも関わってるのかと思ったけどロッシ商会の方だったか~」

「しかし手厚いですね。冒険者や傭兵の為のポーションを商会側で用意するなんて」

「人集めを確実にするためかな?」


(他に理由があっても嫌だな……)


 国や領地の兵とは違い、通常雇われた冒険者は各自でポーションを用意するので今回は大盤振る舞いもいいところだ。こんなことが出来るのはロッシ商会くらいだろう。


◇◇◇


「うわっ! これ普通に魔の森じゃん……」


 船で小島に到着したトーナ達の目の前にはうっそうとした、おどろおどろしい森が広がっている。ロッシ商会の話では急速に状況が悪くなってしまったとのことだった。港として整備されている海辺にはすでに結界が張り巡らされており、急いで荷下ろしが行われている。


「錬金術師のトーナさんですね。こちらにお願いします」


 ロッシ商会の案内人はテキパキとあちこちに指示を出しながらトーナを結界すぐ側に幕を張った後方支援の拠点まで案内した。商会は彼女の為に錬金術用の道具一式も用意してくれている。


(あれだけポーションのストックがあるのにまだ作れって……)


 積み上げられた木箱の中には王都から集められたポーションが入っており、それを各冒険者に配っている。


「ランベルトさんはまだいらしてないんですね」

「あの人きたらよーいドンする前に魔物の大群が押し寄せてくるだろうしね……飛竜と残党狩りのタイミングで出てくるらしいよ」


 結界にも限界がある。物量で押されたらどうなるかはわからない。だからある程度魔物を討伐してから冒険者としての最高位、アウレウス級の投入だ。


「あれ? アンタはこっちなの?」

「学院の人間は拠点の防衛だ。有難く守られとけ」


 アレンが幕の外で待機していた。他にも4人、学院の指定服を着た学生がいる。

 いつもは鬱陶しく感じるところだが、ほとんど知らない人だらけの中に見知った顔があるのは安心する。

 アレンの方も珍しくトーナが嬉しそうな顔を自分に向けているのがわかって、にやけ顔を必死に隠していた。だが残念なことに、彼は与えられた役目に対する責任感が人一倍ある。トーナの近くにいたいところだが、ぐっと我慢して目の前の警戒を怠らない。


 トーナ達がいるあたりから少し離れた所で、ブルネットの若い男が冒険者達の前に立ってなにやら話をしていた。その後、ウォォォ! と掛け声を上げて、冒険者達が森の中へと入って行くのが見える。

 魔物の討伐が始まったのだ。


 護衛を連れて拠点にやって来た青年はトーナを見て、


「お前がトーナか! うん。顔は申し分ないな」


 と、言い放った。


(あ゛ぁ!? なんだコイツ!)


 文句を言いたい気持ちをぐっと我慢したのは、これが今回の雇い主だと気が付いたからだ。

 リーノ・ロッシ。ロッシ商会の未来の商会長トップ。今回の討伐の決定権は全て彼にある。ブルネットヘアをかき揚げて、ニヤリと不敵な笑顔でトーナを見ていた。


「それはそれは~モッタイナイお言葉です~~~……」


 だから今は前世の自分に体を委ねた。いくらでも営業用の笑顔も、心にもないおべっかも使える。記憶をフル動員して愛想よく何を言われても受け流す準備を整える。


「うちのお抱え錬金術師に聞いた。随分いいモノを作るらしいじゃないか」

「ありがとうございます~~~」


 どうやらこの青年が自分に興味があるようだと気が付いたトーナは、さっさと興味をなくしてもらおうと、ただニコニコとハイとかソウデスカという受け応えをして彼が飽きるのを待った。


「……お前、わざとだな?」

「へ?」


 またも不敵に笑うリーノにトーナはギョッとした。彼は見抜いていたのだ。その上でトーナの馬鹿みたいにただ肯定する返事を聞いていた。


(こいつ……っ!)


 思わずトーナは引きつった笑いになる。


「ほら。ちゃんと笑わないといけないんじゃないか? 雇い主には外面は保ってないとな」

「ハハハ……」


(くそ~コノヤロー、どうしてくれよう~)


 だがトーナは営業スマイルを崩さない。動揺はしたが。


「冗談だ。本当にそんな気にしなくていい。オレはそんな狭量な男じゃないぞ。好きに振舞っても今更報酬を払わんなんてことは言わん」  

「左様でございますか~~~」


 相変わらずの受け答えにリーノは彼女がスタンスを変えることがないと分かると、


「じゃあ言い方を変えよう。素の状態になってくれたら報酬を渡す。金貨1枚でどうだ?」

「リーノ様! いけません!」


 お付きの人間がリーノが暴走し始めたことに気づき止めに入る。彼は度々金をばらまくことで事を簡単に済ませようとしてきた。だが、ロッシ家の家訓として『金だけの関係になるな!』と言ったものがある為、商会の人間は今のリーノのやり方に不安があるのだ。


(金貨1枚!? なんかの罠!!?)


 金で態度を変えると思われたくはないが、金貨なんて簡単に稼げる額ではない。正直なところ、心が動いた瞬間だった。


(魔道具製の素材保管庫が欲しいのよね~客間も作りたいし……)


 これまでの蓄えは、開店資金にほとんど消えていた。商売は順調だったが金があれば心の平穏にも繋がる。金貨1はとても夢のある金額だ。

 とはいえ、トーナはこれが二度目の人生。うまい話には裏があることも知っていた。


「何故そこまで素の私にこだわるのですか?」

「もっともな質問だな」


 トーナがその気になったことがわかって、リーノは嬉しそうに説明を始める。


「ロッシ商会の頂点に立つ者は必ず1つ新たな事業を起こす習わしがある。オレはそれで新しい錬金術のブランドを作るつもりなんだ!」

「それはロッシ商会の名前の錬金術店を作ると言うことですか?」

「あぁ。国内各地に店舗を作って王都近郊で製造したものをうちの商会の輸送隊を使って運ぶんだ。日数の劣化は多少あれど、安定した効能のポーションを全国に運べるぞ!」


(チェーン店みたいなものか……でもそれ、錬金術師は嫌がりそ~)


 錬金術師に好戦的な人間は少ない。他の錬金術師と揉めて余計な時間を取るくらいなら自分の研究に時間を使いたい人間の方が多いだろう。商売として多少の戦略はあれど、端から潰しにかかるようなことはしない。だから一番の売れ筋である初級ポーションの価格は、良くも悪くもどの店も似たり寄ったりなのだ。


「その土地特有の魔法薬ポーションには手を出すつもりはない。それで地場の錬金術店はどうにかなるだろう。それよりも、上級ポーションや特化型のポーションが常に置いてある錬金術店があれば地方であっても安心に暮らせるだろう?」

「なるほど……」


(そう簡単にいく話かな~)


 だが少なくとも、トーナが心配している錬金術師の反感に関しては対策を講じるつもりではいるらしかった。思っていたより世間知らずでも向こう見ずでもない。


「若くて実力のある錬金術師を探していてな。お前はいい候補なんだよ。だからお互いの信頼の為にどういう人間か知りたいんだ」


 リーノ・ロッシが王都の錬金術店にポーション作戦を依頼したのは、その候補を探すためでもあったのだとトーナは今更気が付いた。ずいぶん金のかかるやり方だ。


(信頼ね~……)


 そもそも、リーノの褒め言葉自体トーナは信じられなかった。


「イザルテさんには断られたし、私の錬金術のレシピが魅力的ってことですね」

「そんな可愛気のないことを言うな。が、少しはオレとまともに話す気になったか」


 少し語気の強くなった彼女を見て、またもニヤリと笑った。


「若い女が1人で店を開くなんて滅多にあることじゃあない。それもそんな若さで錬金術を極めているときている。魔術学院の首席と入学試験では同率一位だったそうじゃないか。興味が湧くのは当たり前だろう」

「よくお調べで」


 トーナもニヤリと笑った。どうやらそもそも彼はトーナの人となりをある程度知っていたのだ。行儀よくしているのに違和感を感じるほどに。


「お話し中失礼いたします。第一陣が戻ってまいりました」

「そうか」


 幕の外から護衛が声をかけてきた。思っていたよりも早い。


「念のため解毒用ポーションの追加をお願いします。思っていたより植物型の魔物がはびこっていていました」

「わかりました」


 ベルチェに視線を送って、荷物の中から必要な材料を取り出し始める。


「予定より時間がかかるかもしれません」


 護衛は少し残念そうな顔をして雇い主であるリーノにも報告した。


「わかった。ランベルト達に連絡しろ。まだ来るなとな。アイツが来たらひっちゃかめっちゃかの総力戦になる」

「はい。すぐに連絡員を手配します」


 再び幕の外に出て行った。


「では仕事に入らせていただきます」

「見学してもいいか? 邪魔はしない」

「どーぞ」


 先ほどまでの企んでいる顔ではなく、純粋に錬金術に興味があるようだった。


「お抱えの錬金術師がいるのでは?」

「我が家も他の金持ち同様イザルテのポーションを使っているのでな。雇っている者は主に効能の調査をしてもらっている」


(ずいぶん贅沢な錬金術師の使い方ねぇ~)


 などと思いながら、トーナは調合を進めるのだった。

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