第4話



 派手さがなく、でも明るくて、車の運転が出来る年上の男性。そのうち結婚しようと言われたのに。このまま既婚者というステータスを手に入れた方がいいんだと思ったのに。相手の言葉、行動に対して優しくなれなくなり、素っ気なくなり、そうしてある日素の自分が隠しきれなくなった。そして本音を言い放った。

「わかる、わかるって何に対してでもいいますけど。共感すればとりあえず喜ぶと思ってますよね。挙げ句話を続ければ噛み合わない。どっちなんですか? あなたの意見ってないんですか?」

 これが、私に合わせようと一生懸命になってくれていた相手に言うことか。別れを切り出した際に引き留められなかったのも納得の辛辣さだ。結局私は人の好意を受け入れたフリして、傷つけることしか出来ていなかった。

 今付き合っている由貴は、こんな自分でも心から愛せている。この人じゃないと駄目だと感じられたのは生まれて初めての経験だった。そしてその分際立つのだ。傷つけてきた元彼たちへの罪悪感が。

 物がいい、質がいい。だけどもし、もし他に心を引き留める要素があるとすれば。それは恋愛感情ではなく、私がした仕打ちへの申し訳なさではないだろうか。後ろめたさが後ろ髪を引き、未来への戒めを残すべきだと言っているのか。

「悠ー? しばらく無音だけど進んでる? 漫画とか読んでないでしょうね、お母さんもよくやっちゃうのよ」

「んー、読んではない。てかそれな」

 母の声で意識が現実に戻ってきた。本に没頭する姿は私もよく見かける光景だ。母にいたっては漫画だけでなく、アルバムなんかも強敵だったりする。たっぷり楽しんだ後に「あらわたし、お米炊いたかしら」と首を傾げるまでがセットだ。マイペースの代名詞、それが母である。

 答えた通り、読書に耽っていたわけではないものの、行き詰まってしまったのは本当だった。ウウウウと無意味に声をあげれば、対照的に軽やかな笑い声がした。母だ。クロスワードが楽しいのかと思ったが、どうやら違うようだ。

「あんたは優しいから、どうせ捨てられなくて滞ってるんでしょ」

「は……優しい? どっちかていえば逆でしょ、あと優しさと取捨選択関係ある?」

「あるわよぉ」

 のっそりと起き上がり、首だけリビング領域に突き出す。たぶん向こうからは顔しか見えない。傾いたまま胡座をかいた怠惰な身体は自室に置き去りだ。廊下も挟まない真横の立地が叶える、私の定番スタイルである。母は母で、重そうなお尻をほんの少し動かしてこちらを振り返っていた。極力動きたくない親子による、日常的な風景が完成した。

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