第12話 2.15
理人と合流した後、二人は英生に連れられて本部近くのレストランで夕食をとる事にした。外見からしていかにもな高級レストランで、店内の雰囲気もシックに落ち着いている。
「アルファ、小せえ頃こういうとこ入った時ガチガチに緊張しててさあ」
「その話すんのやめて」
ニヤニヤする理人をアルファは睨む。高級店に入った時はいつもそうだ。
施設に居た頃も時々重吉は理人を連れて面会に来ており、外出許可が出た時に連れられた高級店でアルファは固まってしまった事がある。
小さい頃、お小遣いで重吉に誕生日プレゼントを買おうとした際、足りずに恥ずかしい思いをした事があった。その事がずっとトラウマめいた思い出になっており、ホテルにしてもレストランにしても、会計時に金が足りるかどうかでいつも頭がいっぱいになるようになってしまった。それで緊張してしまったのだ。
その珍事を経てからは高級店にも慣れてはきたが、理人が居るとこの事でいつもいじられるのが定番だった。
「やーでもシネコンあって良かったよ。エリア3未公開のヒーローものも見られたし」
退屈していたと思われていた理人だったが、すっかり満足気な様子だった。何でも、映画を二本もはしごしたらしい。
「ほんとヒーロー好きだねえ」
「あったり前じゃん。あ、あとウェルズ監督の最新作もめっちゃよかった」
「ウェルズ監督作品好きなのか。渋いな」
英生に感心されて、理人は満更でも無さそうな表情を浮かべる。
「メジャーな監督だと思うけどなあ。エリア3でも人気高いし」
「『NOT』あたり相当渋いと思うが」
「あー初期作品はね」
映画話に花を咲かせる二人をさておき、アルファは運ばれてきた前菜を相変わらずの仏頂面で口に運ぶ。が、
「おいしい~~」
途端に顔を綻ばせる。
トマトと玉ねぎの簡単なサラダなのだが、美しい盛り付けどおりの華やかな味わいで、何とも言えず美味だった。きっとドレッシングが特別なのだろう。
「あ、ほんとだ。うま」
つられて二人も漸く食事を始める。
「ここのステーキが美味いんだ」
「えっ、肉あるの」
何気ない英生の一言にアルファも理人も目を輝かせる。
「だから連れてきたんだよ」
頷きながら笑う英生に、思わず歓声を上げそうになる二人だったが、周囲をちらっと見て大人しく前菜を食べ進めた。そう言われてみれば、最初に説明されていたコース内容にステーキがあったような気がしていた。理人も何の事はない、アルファと揃って気分が浮ついていて内容をよく見ていなかったのだ。
その後はやはり会議の内容や重吉との再会の話になり、すっかり雰囲気も和やかになった。待望のテンダーロインステーキも聞いていたとおりの美味さで、子ども達の喜ぶ様子を英生は微笑ましく見守っていた。
「気になってたんだけど、あのお花どしたん」
最後の一切れを名残惜し気に飲み込み、ふとアルファは理人を見やった。合流した際の理人の手には、大量の土産品に混じって小さな花束があった。
「ああ」
呟いて理人は英生とアルファを交互に見る。
「この後よかったら、2.15の跡地に行きたいんだ」
2.15。それは、アルファと理人の両親が亡くなった事故の起きた日付であり、世間でも知られている事故の名称だ。
当時理人とアルファの両親は、チーム・エテルナの研究員として旧国連の研究施設に勤務していた。しかし大規模な地盤沈下が起きたとの事で施設ビルは倒壊し、二人の両親を含め、多くの職員が犠牲になった。
アルファと理人にとっては記憶にすらない事故だったが、英生にとっては昨日の事のように思い出せる。英生は複雑な表情で少しだけ笑って見せ、頷いた。
「わかった。ここからそう遠くないから歩いて行こう」
店から出ると外は雪になっていた。それでなくても今この地球の脅威の一つとなっている雪なのに、ここまで気象を再現しなくてもいいのではないか。そうは思うが、やはり時差と同じでかつての「自然」と合わせる事が重要なのだろう。
程なくして辿り着いた跡地は綺麗な更地になっており、事故の悲劇を忘れないためのモニュメントが建てられている。今も献花は続いており、モニュメントにはたくさんの花が供えられていた。
理人は小さな花束をそっとモニュメントへ添え、三人は黙祷する。
「なんかあんまり実感ないんだよな」
理人はそう言って携帯のアルバムを手繰る。写真の中の両親はいつも微笑んでいるが、当然二人の顔は記憶にない。
「そだね」
「学校でみんなの親の話聞いたり、授業参観の時になると、なんか変な気持ちにはなったけど」
「そうなんだ」
アルファがエリア3へ戻ったのは十二歳の時だった。もう周囲もそれなりの分別が付く年齢だった事もあり、理人ほどの寂しさは感じていない。何より、理人は親戚もおらず天涯孤独な一方で、アルファにはまだ祖父がいる。幾ら家族同然に暮らしてきたとはいえ、理人の寂しさはアルファには計り知れない。
「……噂じゃ、最初のマキナントが出たからって話もある」
ぼそりと呟いた一言にアルファも英生も驚いて理人を見る。理人は二人を一瞥して、声を落とす。
「ゼーロスで聞いたんだ。それで俺も何か躍起になっちゃって」
理人は眉根を寄せたまま英生を見上げる。
「英生さん、そういう話知らない?」
「いや……」
英生は考え込むような様子で口元に手を押し当てる。
「チーム違うもんね」
「それもあるが――」
その時、突然インカムへ通信が入った。
『エオース本部より、首都内へのエージェント各位へ。パーク街に中型マキナントの出現を確認、近いものは現地へ』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます