第20話 森林の主

 獣人族の俺達はエリュマントス森林に住んでいた。

 もともと獣人族はエリュマントス森林に住んでいたわけではなかった。

 自然が豊かな平和な場所に住んでいたらしい。

 だけど、そこに我々の尻尾を狙ったヒューマン達が現れた。我々の尻尾は高い値段で売買されるらしいのだ。

 獣人族は住む場所を追われ、エリュマントス森林に行き着いた。

 そこにはヒューマンがいなかった。

 いなかったけど別の悪魔が住んでいたのだ。

 エリュマントス森林、通称ヤバヤバ森林。

 なぜヤバいといわれる森林なのか?

 そこには人を喰らう魔物が住んでいるからである。

 森林に入ったヒューマンは食べられた。だからヒューマンはいない。

 獣人だけは特別に食われないのか? そういう訳ではなかった。

 この森林に住ませてもらう代わりに、我々獣人族は毎月1人の子どもを差し出した。

 エリュマントス森林のぬしは大人の肉よりも柔らかい子どもの肉が好物だった。

 我々、獣人族はヒューマンに殺されて絶滅するか? 毎月子どもを差し出すかの選択を余儀なくされたのだ。

 そして我々は子どもを差し出して、この森林に住ませてもらった。


 子どもを差し出すのは獣人の義務であった。

 初めて生まれた子どもは男の子だった。ブレスという名前を付けた。

 本当は12歳を超えるまで子どもには名前を付けてはいけない、という風習があったけど、家では彼の事をブレスと呼んだ。

 子どもは12歳を超えるまで森林の子どもである。だから名前は付けてはいけなかった。付ければ森林の主に食べられた時に悲しみが大きくなる。

 俺達夫婦は、どうか我が息子が森林の主に食べられませんようにと毎晩のように願った。自分の息子ではなく、他の子が選ばれますように、と願ったのだ。

 酷い大人なのかもしれない。

 だけど自分の子どもが何よりも大切だったのだ。



 俺達の願いは叶わず、息子が5歳の時に観覧板が回って来るように子どものお供えが決まった。

 可愛い可愛い息子だった。

 まだ舌ったらずで、「さしすせそ」が「たちつてと」になってしまうような年齢だった。耳だって、まだ硬くなっておらず、いつも垂れていた。

「にゃんにゃんにゃん」とすり寄って来るような甘えん坊だった。

 世界一大好きな我が子だった。


 森林の主にお供えされる日が来るまで俺達は寄り添って生活した。抱きしめ合い、肌を重ね、どうかどうか息子を奪わないでください、と願いながら生きていた。

 だけど俺達夫婦の願いは叶わなかった。


 お供え場所、というのが村にはあった。

 大きな平らな石が置かれている場所である。

 ブレスには、これから森林の主に食べられることを言わなかった。

 だけど息子は何かを察して、お供えの場所の道中で泣き始めたのだ。


「やだニャー、やだニャー」


 地面に座って、パパとママを見上げて泣き始めたのだ。

 妻が息子の事を抱きしめ、大粒の涙を流した。

 俺も2人を抱きしめて泣いた。

 このまま逃げよう。

 この森林から逃げれば息子は助かる。


 だけど今まで何人もの獣人が逃げたせいで、道中に見張り役がいた。彼等は息子が泣き崩れたのと同時に俺達の周りを取り囲んでいた。


「時間だ。連れて行くニャー」

 と低い声で言われ、息子の腕を掴まれた。


 屈強の男は息子を引っ張って、お供え場所に連れて行った。

 俺達は子どものように泣きながら、付いて行ったのだ。

 付いて行くしかなかったのだ。



 そして泣き崩れた息子は平な石の上に置かれた。

 逃げようとする息子の両手両足は紐で縛られた。

 俺達は息子のところへ行こうと必死にもがいたけど、見張り役に羽交い締めにされた。


 そして、ソイツはやって来た。

 今まで見たこともない巨体。

 4本足の森林の主は、4本の牙を生やして、涎を垂らしながら森林から現れたのだ。

 見た目はイノシシに近い。

 だけど、ソイツが纏っているオーラは、俺達の息を止めて動くことさえ出来なくさせた。

 

 森林の主の大きな口で、息子は食べた。

 最後に息子が発した言葉は「パパ、ママ」だった。

 俺達は助ける事ができなかったのだ。

 俺達は世界一大切な子どもを差し出したのだ。

 森林の主はバキバキと咀嚼して、美味しそうに息子を食べた。

 そして満足して森林に帰って行った。


 

 これは義務なのだ、と俺は何度も自分に言い聞かせた。

 子どもを差し出さなくては我々は、この森林に住めない。この森林に住めなかったら獣人は絶滅してしまう。

 だから子どもを差し出すのは義務なのだ。



 次に生まれたのは娘だった。

 娘が生まれても俺達は次こそは、お供えしなくて済みますように、と願った。

 次の年に、もう一人娘を授かった。

 ずっとずっと願い続けたのだ。

 子ども達が大きくなりますように。

 子ども達が幸せで生きていられますように。


 だけど、また子どもを差し出す番が回って来たのだ。

 2人の娘のどちらを差し出してもいい、と言われた。

 どちらも差し出す気はなかった。

 子どもが食べられるのは2度と見たくはない。

 俺達は子どもが食べられないように森林を出た。外の世界に出たらヒューマンに殺されるかもしれない。

 だけど子どもを差し出すよりも、外の世界で生きることに賭けたのだ。

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