謎が謎を呼ぶ結婚相手

「なるほど……。私が結婚しないと、公文書の大前提が崩れてしまいますものね。でもそうなると、私は誰と結婚しなくてはいけないんでしょうか? やっぱり息子さんですか?」

「いや、私の弟とだ」

 唐突に告げられた内容に、セララは一瞬戸惑った。


「弟さん、ですか……。当然その方は、独身なのですよね?」

「ああ。少々事情があって、32だが未だに独り身だ」


 事情って……。実際に店舗に出向いて買い物をした事のない私でも知っている、王都でも指折りの商会会頭の弟さんが、三十過ぎても独身? なんだか怪しさと危険な感じがしてきたわ。


 どう見ても四十代半ばから後半に見えるエカードを凝視しながら、そこでセララは慎重に尋ねてみた。


「エカードさんとは、少し年が離れているみたいですね」

「ああ。弟とは母親が違うんだ。諸々の事情については家に着いてから詳しく説明するが、結婚と言っても形式的なもので構わない。きちんと君の生活費は渡すが寝室は別にするし、気になるなら君の部屋は離れではなく母屋の方に準備するから」

「『離れ』というのは?」

「アクトス……、弟の事だが、あいつは離れで一人で生活をしているんだ。使用人は出入りしているが。あ、それから君にも生活があるし、ほとぼりが冷めたら離婚してくれて構わないから」

「はぁ……」


 どう考えても訳ありの家族構成に、訳ありの家族生活。でも羽振りが良い商会会頭が、わざわざこんな平凡な小娘を騙してどうこうしようとも思えないし。ちらっと見たけど公文書は本物っぽかったし、そうなると子爵家の物品持ち出しを合法化する為には、私の合意が不可欠だわ。そうなると、双方の利害は一致しているのよね。

 口裏合わせのために形式的な結婚と生活費支給、寝室も別に準備か。条件としては悪くないじゃない。別に結婚に対して夢も希望も無かったし、この際、相手が誰でも大差ないか。


 この二日ほど急転直下の出来事が立て続けに発生し、判断力が通常よりも些か低下していたセララはうっかりそんな事を考えてしまい、次の瞬間、了承の返事をしてしまった。


「分かりました。取り敢えず形式的なもので良ければ、弟さんと結婚しましょう。細かいところは、追々詰めれば良いですよね?」

 そんな風にセララが快諾すると、エカードは満面の笑みで彼女を褒め称えた。


「いやぁ、やっぱり思い切りが良いな。益々、気に入ったよ。さすがは自分の結婚話が急転直下で持ち上がっても、あの喧騒に巻き込まれても物怖じしないだけの事はある。弟の世話ができるのは、君ぐらいしかいない。これからよろしく頼む」

「こちらこそ、宜しくお願いします」


 うん、なんか変な事になっちゃったけど、危ない橋を渡っているわけではないと思うし、なんとかなるわよね。


 話が丸く納まって上機嫌のエカードを見ながら、セララは自分自身にそんな事を言い聞かせていた。そうこうしているうちに馬車は目的地に到達し、無事に目的地に到着した。


「さて、着いたな。それじゃあセララさん。家で、家族に紹介するから」

「はい、お願いします」

 先んじて馬車から降りたエカードに促され、セララは地面に降り立った。すると至近距離から、呆れ気味の声がかけられる。


「あらあら、まあまあ……。そうじゃないかとは思いましたが、あの恥知らず、本当に娘を差し出したんですか。しかもあなたったら、連れて来てしまったんですか……」

 視線を向けた先にエカードと同年配の女性を認めたセララは、彼女がエカードの妻だろうと見当をつけた。そして目の前で楽しげなエカードと、苦々しげな女性の会話が続く。


「ああ。一応言っておくが、このセララさんが奴の娘になったのは、二日前だそうだ」

「……性根の腐り具合が半端ではないですね。それはともかく、この人を誰の花嫁にするつもりですか?」

「アクトスだが?」

「あなた。彼女に詳細を説明したのですか?」

「取り敢えず、独身って事と年齢だけは説明した」

「全く……」

 そこで額を押さえて盛大に嘆息した女性は、セララに向き直って話しかけてきた。


「初めまして。エカードの妻のテネリアです。セララさんと仰いましたね? こんなろくでもない事に巻き込まれて、災難でしたね。ですが悪いようにはしませんから。今後のあなたの生活は、私達が責任を持ちます」

「ありがとうございます。それで」

 セララが礼を言いつつ今後の事を尋ねようとしたが、同行していた荷馬車から降りた男が駆け寄り、彼女の台詞を遮る。


「旦那様、奥様。荷物を作業場に運び込んでもよろしいでしょうか?」

「ああ、構わない。皆、ちゃんと自分が集めた分が分かるように、袋に記名をしてあるな? 作業場にグラントとゼンターがいるから、きちんと査定を出して貰って、三割分の金額を貰ってくれ」

「了解しました!」

「皆、行くぞ!」

「本当に、旦那様は太っ腹だぜ!」


 え? 査定って何? あの袋の中身が、屋敷から強奪してきた物だっていうのは分かるけど……。


 屋敷で暴れまわっていた男達が、嬉々として大きな袋をどこかへと運び去って行く。それをセララが呆然と見送っていると、屋敷を出る直前にエカードに何やら報告していた男が歩み寄り、煌びやかな金属製の箱を差し出す。


「旦那様。これが例の物です」

「ご苦労」

 満足そうに箱を受け取ったエカードは、セララに向き直ってそれを差し出した。


「まあ、取り敢えず、これは弟と形式的な結婚をして貰う、契約料にしよう。テネリア、構わないよな?」

「好きになさい。全く、もう」

 差し出されて反射的に受け取ってしまったものの、セララはなんとなく嫌な予感がしてきた。


「あの……、これは何でしょうか?」

「箱を開けて、中を確認してくれて構わないぞ?」

「はぁ……、そうですか。失礼します」

 促されて慎重に留め金を外し、蓋を開けて中身を確認した瞬間、セララは悲鳴を上げた。


「ここここれっ!! なんなんですか!?」

 箱の中にはどう見ても高価な装飾品が無造作に積み重なっており、驚愕のあまりセララは箱を取り落としかけた。しかしエカードは、事も無げに告げる。


「何って、見ての通り貴金属だが。あの奥方の持ち物の中でも、逸品を選りすぐって隠そうとしたみたいだな」

「そっ、それがどうしてここにあるんですか!? こんな高価な物、私の結婚に伴う持参品としても論外ですよね!?」

「それはこちらが判断することだからなぁ……。それに俺達は礼儀正しく、子爵夫妻はご家族のプライベートスペースになんか、一歩も足を踏み入れていないが?」


 ええと……、確かに男の人達が駆けずりまわていたのは、誰でも出入りできるスペースだけだったかも。そこで色々品物を見繕っていた筈だし。でもそれならどうして、厳重にしまい込んでいる筈のこんな物がここにあるわけ?


 本気でわけが分からなくなったセララだったが、彼女の当惑が分かり過ぎるくらい分かってしまったエカードは、苦笑しながら説明する。


「奇襲をかけたら慌てふためくだろう? それに盛大に公のスペースで暴れまくったら、いつ奥のプライベートスペースまで踏み込まれて、根こそぎ奪われるかもと戦慄するんじゃないか?」

「それはそうですね。……それじゃあ、必要以上にわざと屋敷で大暴れしたって事ですか?」

「そういう事。そして動揺した子爵が、貴重な貴金属は纏めて他の場所に隠しておけと、私には分からないように執事あたりに指示したわけだ。残念な事に、とっくに予測はしていたがね。君の結婚に伴う《持参品》だから、金銭は奪えない。だから奪われたら一番困る物だけを、慌てて隠したってわけだ」 

「それは分かりましたが……、隠した筈のこれが、ここにある理由がまだ分かりません」

 なかなか核心に触れない話に、セララは眉根を寄せた。するとエカードが、笑みを深めながら話を続ける。


「予め、あの屋敷の使用人の中に内通者を作っておいて、詳細な見取り図を描かせた上で、執事のお仕着せも用意させておいた。そしてさっきこれを持って来た彼が、屋敷内に侵入すると同時に目立たない所でそれに着替え、何食わぬ顔で子爵夫妻の私室付近に潜み、慌てまくった執事が箱を抱えて使用人棟に隠しに行くのを尾行したってわけだ」

 そんな一連の流れを理解したセララは、ふと先程の光景を思い返した。


「それで分かりました。別れ際に、あの連中が不敵に笑っていたのを。一番金になる物を放置して帰るなんて、馬鹿な奴だとでも思っていたんですね」

「今頃は紛失に気がついて、悲鳴が上がっているだろうな。使用人達が盗んだと言って、使用人棟を家探ししているかもしれん」

 いかにも楽しげに笑うエカードに、セララは若干非難まじりの視線を向けた。


「使用人の人達には、とんだ災難でしたね。エカードさんは大きな商会の会頭だけあって、なかなか辛辣なところがあるみたいですね」

「いや、この段取りを考えたのはアクトスなんだが」

「…………え?」

 予想外の展開に、セララの顔が盛大に引き攣る。そこでテネリアが、かなり強引に話題を変えた。


「そんな事より、いつまでも立ち話していないで中に入りましょう。セララさん、私達の家族を紹介するわ」

「はい、そうですね……」

 ついでにこの宝石一式を引き取って貰えないかとセララは無言で訴えたが、エカードとテネリアはそれをスルーして屋敷内に彼女を誘導したのだった。







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