第3話行方不明だった勇者が若すぎる



「というか、これが勇者イアなのか!いくらなんでも若すぎるだろ。生死こそ不明だが、勇者イアは最低でも六十代になっているはずだぞ。最盛期の活躍なんて、私の母の娘時代の人物だぞ!!」


 シリエの指摘は正しい。三十代のルファの母の兄がイアなので、二十歳になるかどうかの姿は若すぎる。別人と考えるのが普通だろう。


「本物だよ。ちょっと歳を取らなくなって、眠り続けているだけ」


 ルファの話を信じられなくて、シリエは目を白黒させている。最後には美貌の伯父とくたびれた甥を再び見比べて小さく呟いた。


「……似てない」


 それは、ルファも自覚している。


 ルファの母も先祖返りの特徴を持っていたが、息子のルファの容姿は凡庸だ。限りなく茶色に近い金髪と黒い瞳には、髪と瞳が桃色だった母の面影はない。


 しかも、三十歳を超えて自分の外見にこだわることもなくなり、ルファは実年齢よりも老けて見えた。美しい母と伯父の血はどこに行ったのだとルファ自身も聞きたくなることがあるほどだ。


「信じられない。……勇者イアといえば、伝説的な人物だぞ。数多くのモンスターを倒して、邪竜すらも下したという話だというのに」


 シリエの言葉は、イアが行方不明になってから流れた噂の一部だ。


 当時のイアは最強の勇者とも呼ばれたが、主な仕事は害獣退治だったり、野盗の討伐だったりしたらしい。さらには魔法を使った簡単な医療行為や時には家畜の出産の手伝いまでしていたようだ。


 凶暴なモンスターと戦うことだってあったが、そもそも討伐の依頼が少ない。倒した強敵の数も少なかったはずだ。だというのに最強の勇者という肩書と邪竜に戦いを挑み行方不明になったというドラマチックな物語性も手伝って、様々な伝説と噂が作られてしまったのである。


「もしや、こんな幼気な若者を担ぎ上げて村興しを企んでいるのか……。恥を知れ!」


 シリエの言葉に「そういう推理もあるのか」とルファは感心した。勇者イア本人が若いままと信じるよりも偽物だと言った方が現実味はある。


 ルファだって、村の人間がイアに違いないと言い出さなければ信じなかったであろう。なにせ、ルファ自身も伯父とは会ったことがなかった。


「ちょっと黙れ!」


 リーリシアが、うるさいとシリエを一喝する。


 翼の生えたトカゲが流暢に喋ったことにシリエは腰を抜かしていたが、当のリーリシアは周囲の騒ぎでうなされているイアに注目することに忙しい。


「ん……うん」とイアが声を漏らしながら身動すれば、リーリシアは目を輝かせていた。


「勇者は、今日も美しい……」


 うっとりしている邪竜に向かって、ルファは包丁を投げつけた。


「人の身内に発情するなって言っているだろうが、この色ボケ爬虫類が!」


 ルファの怒鳴り声にも負けず、リーリシアはイアの空色の髪に頬ずりをしていた。


「勇者は我の卵を産む予定だから、今からスキンシップをしていても問題はないだろう。我と勇者の血が入った子供は、さぞかし美しく強い竜となるはずだ」


 うっとりと呟くリーリシアの翼を摘まみ上げて、ルファは大きめの鍋に放り込んだ。しっかり蓋を閉めて、近くにあったタコ糸で縛ってしまう。


「これで、しばらくは出てこられないはずだ」


 伯父に発情する爬虫類という嫌な光景を見なくてすむようになったルファは、清々とした気分だった。驚きのあまり尻もちをついてしまっていたシリエを見つけるまでは。


「い……今のは、なんなんだ。トカゲみたいなものが喋って……喋っていたよな?」


 目の前で起こったことが信じられないシリエに、ルファは滅多に使わない営業用の笑顔を浮かべる。色々と面倒になったのだ。


「あーと……。これは、たぶん伯父さんのペットの無駄飯食い」


 とんでもない紹介だった。


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