第16話 封制印


「……」

「そう睨むな千奈。醜い顔がさらに醜くなるぞ」

「あなたよりはマシな顔してるつもりです」

「っ、相変わらず可愛げのない……!!」


 とはいえ顔は良いのだ、この国王。

 性格破綻してるけど。

 性格も顔も良いゼノンとは大違いだ。


 そんな憎まれ口をたたく私は、両手両足を拘束され、謁見の間の床に転がされている。

 このまま転がって逃げようかとも考えたけれど、さすがに無謀なので諦めた。


 それにしても、まさか町に偵察隊が来ていただなんて……。


「今更私を連れてきて何なんですか? 私を追放したのは陛下ですよね? いつも腕にくっついていたボンキュッボンの恋人とはお別れになられたんですか?」

「チッ……うるさい女だ。エスターニャは私の部屋だ。すべて終わるまで出るなと告げている。お前との結婚式など、見せたくはないからな」


 は?

 誰と誰の?


「あの、すみません。耳が遠くなったのかもしれません。誰と誰の結婚式です?」

「俺と、お前のだ」

「……」

「……」

「…………はぁああああああ!?」


 私の声が広い部屋に響きわたった。


「どういうことですか!? あなた、私のこと嫌いでしょう!? だから婚約も破棄して追放までして……。そもそも私をゼノンと強制結婚させたの、あなたじゃないですか!!」


「あぁ、だが状況が変わった。お前はやはり王と結婚せねばならん存在のようだ。お前を追放した途端、国に災いが降りかかったのだ。だから──仕方ないからお前と結婚をしてやる。だが俺の正妃はエスターニャだ。お前は私たちが幸せになるための道具として、この城の地下で永遠にこの国の繁栄を願って暮らすのだ」


「なっ……」


 最悪のクズだわ、この男……!!

 勝手に召喚して勝手に追放して勝手に別の男と結婚させて、今度は離縁させてやっぱり自分と結婚?

 しかも結婚したら地下に入れられるって……人生詰んだ……!!


「本来ならこの場で書面のみで終わらせたいが、王族の結婚は大司教立会いの下での結婚の儀式が必要だからな。大司教には知らせを送った。今夜、結婚の儀式を執り行う」

「すぐにゼノンが来てくれるわ」


 あの人なら、必ず。

 私を取り返しに来てくれる。

 私が言うと、国王は何がおかしいのか大声で笑い出した。


「あっはっはっはっはっはっは!!!! あの何にも関心を示すことのない無感情な男が、お前みたいな可愛げの欠片もない女を? 笑わせてくれる。とんだ妄想癖だ。だが、仮に来たとして、あいつではお前を助けることなどできん」


 自信満々にそう言うと、国王は懐から黄金の印璽を取り出した。


「俺にはこの封制印があるからな」

「!!」

「結婚の儀式で使わねばならんからな。この箱に入れておこう」


 国王はそれを謁見の間最奥の祭壇に置いてある小さな小箱へと入れると、ニヤリと笑った。


「お前には開けられんぞ。開けられるのは、この私だけだ。そういう魔法がかかっている。あぁそうだ。離縁の書類はさっき別室で書いて印を押しておいた。これでお前は、独り身だ」

「っ……」


 私がもう……ゼノンの妻じゃ……ない?

 途端に降りかかる喪失感がずしんと身体を重くする。

 そんな私を見て国王は楽しそうに笑うと、私の髪を掴み上げ強制的に自分の方へと顔を向かせた。


「仮にも国王の妻がそんなみすぼらしい恰好では示しがつかんからな。特別にドレスを用意した。精々今夜だけ束の間のプリンセスを演じるがいい。おいそこの!! こいつを部屋に連れて行って、侍女に支度をさせるように伝えろ!! 私は、愛しのエスターニャ成分を吸収して、すぐに支度をする」


 そう騎士に指示を出すと、国王は謁見の間から出ていった。


「……きも」

 何がエスターニャ成分吸収よ。

 私だってゼノン成分吸収したいわ。


「千奈様、大丈夫ですか?」

「え、えぇ。大丈夫です」

 国王の姿が消えた瞬間、傍に立っていた騎士が心配そうに私を床から立ち上がらせてくれた。


「申し訳ありません……何もできず……」

「あなた、国王派じゃないの?」

 ずいぶん同情的に見えるけれど、敵ではないのかしら?


「皆、思いは同じです。国王の浪費と政治不信で、国は破綻し、国民は生活が成り立たない状態です。貴族の生活にも影響が出始めているとも聞きますし、今の陛下を慕う者はおそらく……。ですが皆、封制印を恐れて何もできません。あれでもし、一族郎党の処刑をする書類なんかに印を押されたら……」


 持つ者以外は決定を覆すことができないという恐ろしい道具、か。

 それで皆を縛り付けている、ってことね。


「何もできない我らを、お許しください」

「……大丈夫。きっと、なんとかなる。きっと……」

 騎士に連れられながら、ちらりと先ほど封制印が入れられた小箱に視線を向ける。


 確か、これがあるからゼノンも逆らうことができないのよね。

 裏を返せば、あれがあれば……。

 でもどうしたら……箱には魔法がかかっているというし……。


 ……そうだわ……!! あれならもしかしたら……。


 一つの策を思いついた私は、騎士に支えられながら歩き出す。


 あいつの思い通りにさせてたまるもんですか……!!


 闘志を燃やしながら、私は謁見の間を後にした。





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