第5話 Sideゼノン


 おかしい。

 彼女が、いない。


 3日前に不本意ながら私の妻になった女性──千奈。

 クズだクズだと思っていた我が義弟だが、最低のクズだったことを再確認した日だった。

 封制印を奴がもっているからには、私には抵抗もできない。


 幸い、千奈は悪い人間ではなく、何より一緒にいて不快ではなかった。


 あんなことがあっても挫けることなく、逆に「国を滅ぼしたい」という思考を持つ強さ。

 前向きで、コロコロと表情が変わって、話していて楽だ。


 そんな彼女の姿が見えない。


 朝食は共に食べた。

 変わった様子もなかったはずだ。


 昼食に現れない彼女を屋敷中探し回ったが、どこにもいない。


 魔界は封印されていて、こちら側からは出られないはず。

 ということは、森か?


 ──この城は深い森に囲まれている。

 そしてその森は、ぐるりと高い壁で囲まれ、その外は人間界となる。

 壁の外に出るには黒い門を通らねばならない。


 門は二つ。

 城側と、反対側は崖壁と、崖の上は小さな町に続いていたはずだ。


 魔界の者たちには彼女の前に姿を現さないよう伝えているから、怖がらせることはないだろうが……。


「アスト」

「──はい」


 私の呼びかけに、私の前に黒い霧に紛れて黒い大鳥が現れた。


「空から彼女を探してもらえるか?」

「お任せを」


 承知の言葉だけ残してから、アストは私の前から再び黒い霧に溶けるようにして消えた。




 ──アストが戻ってきたのは、それからすぐのことだった。


「ここから町側の門へ向かう途中の大木の下で、千奈様を発見いたしました。足に怪我をされているようで、心細そうに蹲っておいでです」

「怪我だと!?」


 心細そうに……。

 あの前向きで 強気な女性が、か?

 想像ができない。

 だが怪我をしているのならば、動くことは難しいのだろう。

 早く行ってやらねば……。


 私は黒い外套を羽織ると、窓を開け放った。


 朝だというのにこの魔界は常に暗い。

 そして今は雨が降りしきっていて、森の中はさぞ冷たく暗い状態になっていることだろう。


 ここに追放されてしばらく、私は一人でこの城にいるのが怖くて仕方がなかった。

 だけど一緒に追放された母が、ただ傍にいてくれたから──。

 だから私は、生きてくることができた。


 一人、暗闇にいる恐怖は、私が一番よく知っている。

 光が灯った時の安心も。


「……行って来る」

 そう言って窓の桟に足をかけたその時。


「もう一つご報告を」

 アストが私を呼び止めた。


「何だ。手短にしろ」

「村側の門の封印が解かれている模様です」

「!!」


 村側の、門の封印が……?


 外に出ることを禁じられ、外から封印の術をかけられ、魔界に閉じ込められた私と母。

 何度も、魔界の魔物たちに協力してもらって出ようと試みたが、封印は解くことができなかったが……。

 今になって一体なぜ?


 まさか、あの嫁が何かしたのか?

 いや、まさか。

 そんな力、彼女には……。


「……わかった。ご苦労だった。調理場に、温かい飲み物を用意するように伝えてくれ。あと、彼女の寝室に毛布を」

「はっ」


 アストの返事を聞いてから、私は一人窓の外、暗闇へと飛び立った──。


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