第4話 1人で流れ星(女性)


 女性は仕事が終わり、家に帰宅すると晩御飯を簡単に用意しテレビのリモコンボタンを押す。


 「明日の夜、ふたご座流星群の見ごろがピークとなる予定―――」


 ご飯を食べながら耳にニュースを聞き流していると、女性の身体がぴくっと反応し手を止めテレビに釘付けになる。


 「ふたご座流星群…か」


―――【10年前】


 夜中…静まり返った大きな公園で男性が小さな山に登り空を眺める。女性も後を追うように小さな山を登る。


 「ねえ!陸斗りくと!こんな所で流星群を観察するの??」


陸斗 「彩奈あやな。星が観れたら場所なんて、どこでも良いんだよ」


 流星群を観るなら夫婦と云えどもう少し、ムードを考えて綺麗な夜景を見る場所じゃ…と彩奈は心で呟く。小さな山にレジャーシートも引かず枯れた草の上で陸斗は横になると彩奈は座り込み空を見上げる。


陸斗 「流れ星…流れないな」


彩奈 「うん。ふたご座流星群ってニュースで話題になっていたのにね」


 小さな山の上で2人はただただ輝く星の空を見つめ続ける。しかし、星は一向に流れる事は無い。真っ暗な空に輝くのは流れる事の無い、その場で留まり続ける1等星やら2等星がのみだ。


陸斗 「そういや、流れ星が流れてから消える前に3回、願い事が言えたら叶うって話だけど…。彩奈は願いがあるのか?」


彩奈 「『金』」


 陸斗は彩奈の直球の欲にため息を吐く。


陸斗 「そ、そうか…。そんなに俺の稼ぎが少ないか…」


彩奈 「そんな事は無いけどさ。ある分には困らないじゃん」


陸斗 「あ、あぁ…。まぁ、そうだな…」


彩奈 「陸斗は願い事ある?」


 枯れた草の上で寝そべる陸斗の顔を彩奈は上から覗く。


陸斗 「まあな。でも、ナイショ」


 陸斗は彩奈から横に目線を逸らし目を瞑る。


彩奈 「なにそれー!」


 彩奈は頬を膨らますと陸斗が携帯を出し、時刻でも確認するのだろうか、と思った時だった。


 パシャッ!


彩奈 「眩し!」


陸斗 「不意打ち写メ撮り~!」


 急に携帯のフラッシュが光り、彩奈の顔を撮影出来た陸斗は満足気な顔をする。


彩奈 「もう!急に撮影しないで―――あっ!流れ星!」


 陸斗から目線を逸らし空を見上げた瞬間だった。丁度、真っ暗な空に流れ星が流れる。


陸斗 「くそっ!見損ね―――あっ!また流れた!」


 ムードの欠片も無い、普通にある大きな公園の小さな山の上で流れる星は場所にこだわる暇無い程にとても綺麗だった。


―――【5年後】


 病院のベッドの上で陸斗は酸素マスクをつけたまま横になる。言葉を交わす事が出来ないがまだ意識はある。私は寝たきりの夫の手をずっと、ずっと握り続ける。冷たくなる事が怖い。


彩奈 「陸斗…。覚えてる?ふたご座流星群を観にいったの。今日はその日なんだよ」


 問いかけても返答の無い陸斗にひたすら言葉を掛ける。


彩奈 「あれからも毎年、観にいこうって約束したけど結局、雲ばかりで観る事が出来なかったね。でも、今日は―――」


 病院の窓から雲1つの無い夜空を眺める。あぁ、何故こんな日に限って流星群を観るのに絶景なのだろう。私は神にもすがる思いで心の中で『夫の目が覚めますよう』と何度も呟く。頭では理解している、そんな奇跡など起こるはずは無いと…でも、どうかせめて少しでも話しをしたい。お願い…お願いだから…!


彩奈 「―――!」


 丁度、流れ星が流れた途端、夫が目を開ける。


彩奈 「陸斗!陸斗!!」


陸斗 「あ…や…な…。あり…が…とう」


 握り続ける陸斗の手にはぶらん…と下がる。あぁ…そうか…息を引き取ってしまったんだね。あぁ、陸斗辛かったね、よく最後まで頑張ったね。陸斗は虹の架橋を渡ってしまったんだね、そっか…そっかぁ…短い夫婦生活だったなぁ~。その日、私は陸斗に抱き着きひたすら泣き続けていた。


―――【現在】


 夫が45歳で他界してから早5年…。ようやく、亡くなった事が受け入れるようになり私は今年で40歳になった。ニュース番組をボーっと観ていると5年前、夫が他界した時をふと思い出す。


彩奈 (あれから5年か…。早いな。そういや陸斗…病院で)


 彩奈はすっと立ち上がり収納棚へと向かう。収納棚を漁ると陸斗が病院で大切にしていた鍵付きの小さな箱を取り出す。


彩奈 (この箱で、何をしてたんだろ?)


 彩奈は陸斗の死を受け入れる事が中々出来ず、この小さな箱をまるでパンドラの箱のように思い切っていた。ようやく、受け入れる状況の彩奈は胸に手を当て深く息を吸うと吐く。そして、ようやく開錠し箱の中を開ける…と、中には陸斗が撮影した彩奈の写真ばかりだった。


彩奈 「陸斗ったら写メをしっかりと現像しちゃって…。私の写真ばかり撮ってたな~。肝心の撮影する本人はちっとも映って無いじゃん」


 彩奈はクスクスと笑いながら写真を1枚…2枚…と手に取り見つめる。次に手に取った写真は10年前に大きな公園でふたご座流星群を観に行った時に不意打ちで撮られた写真だ。彩奈は黙り込み、病院で息を引き取ったふたご座流星群の記憶が先に蘇り写真を再び小さな箱に収納しようとした時だった。


彩奈 「―――えっ!?」


 不意打ちされた写真が床に裏面で落ちると、字が見え彩奈は思わずまた手に取り文字を読む。


 『彩奈へ。この時のふたご座流星群、綺麗だったな。この時、願い事を秘密って言ったけどさ…。俺の命がもう短いみたいだし…本当の事を書いておくよ。この時の願い事は『彩奈がいつまでも笑顔でありますように』なんだ』


 彩奈は文字を読み上げると大粒の涙が次から次へと零れる。涙で目の視界がぼやけるが、別の写真も手に取り裏を見る。


 『彩奈へ。この時は旅行で撮影した写真を見て思ったけど、やっぱり彩奈の笑顔はとても輝いている。俺の命は残り僅かだけど、彩奈には俺の分まで色々な場所に出かけて綺麗な景色を眺めながら笑顔でいつづけて欲しいな』


彩奈 「陸斗…ず、ずる…いよ~~!こんなの残して―――早く話してよ…」


 彩奈は泣きながらこの5年間、自分の生き様に恥ずかしくなり只々ひたすら泣き続ける。


―――【翌日】


 彩奈は近くにある大きな公園へと足を運ぶ。10年前に陸斗と一緒に眺めたふたご座流星群を眺めた場所へと。


彩奈 「陸斗。私、決めたよ」


 彩奈は枯れた草の上に座り、空を見上げると1つの流れ星が流れる。


 『一人でも綺麗な景色を沢山、観れますように』…と。

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