37話。(騎士団長視点。)

 件のダンジョンに向かう遠征の支度を終えた騎士団が出立してから、既に数週間が経過した。予定であればもう到着してもおかしくない頃であったが、ダンジョンの所在地が普段は最寄りの村の住人も余り寄り付かないような森の奥に存在していること、そのため集団で進むには森を切り拓いていく必要があることで予定よりも時間が掛かってしまった。


 だが、確実にダンジョンに近づいていることが分かる。報告にはなかったが、「死」の匂いというのだろうか。精神を蝕むようなどす黒く、不穏な気配が森を満たしている。恐らく不死アンデッドに関連したダンジョンなのだろう。ならば尚更、もっと早く動くべきだった。


 不死というのは存在するだけで周囲に悪影響を及ぼすもの。人が生きていくためにはもの。不死が住みやすいように、定着しやすいように土壌を汚染していくもの。


 この様子では後ひと月も経たないうちに、この森はごく普通の森から『死の森』へと変貌してしまうだろう。少しでも森の現状を確認するため、ギルド長から渡された地図と現地を見比べをしながら先へと進んで行く。


 一歩、また一歩と進む度に彼ら怠惰の熊との最後の会話を思い出す。


 私は自らを恥じ、そして深く後悔していた。未開拓のダンジョン調査の危険性は理解しているつもりだった、という過去の己の判断を。そして、冒険者として名高い彼らになら任せても大丈夫だろう、と気が緩んでいた自分を許すことが出来なかった。腑抜けていた自分に気付いた時は、自らの首を今すぐ掻き切りたい衝動に駆られる程だった。


 確かに被害に遭っている村の人々を見過ごすことは出来なかった、何故なら私が、騎士団が守護まもらねばならない無辜の民であるからだ。





 ならば、彼ら怠惰の熊は?守護らなくても良いというのか?





 答えは否。断じてそんなことはない。そのようなことが、あっていい訳がない。冒険者だからと言って見捨てる?馬鹿げている。弱者であるか、強者であるか、身分の貴賤、言ってしまえばその者の善悪すらも関係ない。我等はを救うために我が身や剣技を磨き、心身を鍛え上げてきたのだ。


 なればこそ、自国の民のために率先して力を振るうべきだったというのに、私は……。


 物思いに耽っていると、騎士団の先遣隊として森を先行させていたうちの一人が慌てた様子で駆け寄り、跪くと共に報告を始めた。


「ほ、報告します!敵影を確認、相手は骸骨スケルトンです!」


 骸骨スケルトン?低級とは言えど、もう既に不死アンデッドが発生しているというのか…!


 自然と奥歯に力が入る。ぎりっ、と歯が軋む音がわずかに聞こえるが、最早自責の念に駆られている猶予は微塵もない。傍に居る副団長へと目を向けると、彼は静かに一度頷き、後続の隊へと走り出した。その様子を見届けてから再び伝令を務めた兵に視線を戻す。


「そうか、分かった。すぐに本隊を進ませる。それで、敵の数は?」


「そ、それが……。」


 明らかに挙動不審な様子で言いよどむ伝令役。


「……何だ、まさか少なすぎて本隊を動かす程ではないとでも?その判断は私がする、君は見たままを伝えてくれ。」


「……ふ、不明、です……。」


「……は?」


「敵の数、不明です……!森の奥へと進もうとしたところ、骸骨スケルトンの大群が……しかし、ある一定の範囲までしか進めないようで、現在先遣隊はその範囲に入らないように待機、様子を観察しています!ですが、数が多すぎるため正確な数の把握が難しく……もしこの骸骨の群れが目的地である洞窟から続いているものだと仮定すると、少なく見積もっても総数が千……ダンジョン内部にも敵がいることを鑑みると、それを超えるだろう、と……。」


 申し訳ありません、と首を垂れる伝令役が伝えて来た内容に私は天を仰ぎ見ることしか出来なかった。この短期間でそんなにも不死アンデッドが繁殖しているというのか?幾ら何でもあり得ない、それこそとして語り継がれる、世界に破滅を齎す存在くらいでなければ……。


 そこまで考えてから、小さく息を吐き首を左右に振るった。今更何を考えているのだ、私は。仮にその伝説の存在だろうが、ただの異常発生であろうが関係ない。この国に住む民の安寧のため、私は目前の脅威を尽く打ち払うだけだ。


「皆に伝えろ。敵は骸骨の群れ、総数は不明。現在のこの地点を中継点として、骸骨の海を搔き分けながらこのまま異常が発生している元と思われるダンジョンの入り口へと突き進む。最後尾の者は十数名程ここに待機、中継点として機能するように確保を頼む。負傷者が出た場合は中継点へと退却出来るように周囲が手助けしろ。そして報告が終わり次第、私の下へ来るように。それを以て出発の合図とする。」


 自らの気を引き締め直してから、伝令へと命令を下すと彼は一度頭を下げた後、後方へと指示を伝えに向かった。


 では向かうとしようか。脅威不死共から、この国を守るために。


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久しぶりの更新です。大変長らくお待たせいたしました。長い間書けていなかったので、文章が変だったらすみません。

次の話は主人公視点に戻ります。

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