第59話 負けた気分


 白昼堂々、老害から告白された俺の気持ちを簡潔に答えよ。


 A.死ぬほど恥ずかしい。


 「ぶふっ。あはははは〜! だんちょ〜! お願いされてるよ〜!」


 「うるさいうるさいうるさーい!」


 何故だ。何故こうなった。

 俺は思わず両手で顔を覆う。


 「動画動画〜! 撮っておかないと〜!」


 桜さんが爆笑しながらスマホを構える。あなたさっきまで機嫌悪かったよね? なんでそんなノリノリなんだい?


 「わしは…わしはどうしてもお前を抱きたいんじゃー!!」


 「ぎゃーっ!!」


 目をギンギンにさせてにじり寄ってくる老害。

 俺は叫び声を上げて逃げ回る。魔王戦を思わせる逃げ足を披露して、それはもう逃げ回る。


 「やめっ! ほんとにやめろ!」


 「抱きたい抱きたい抱きたい!!!」


 あかんあかんあかん。まじでキモい!!


 野次馬が騒ぎ出してるから! みんなめっちゃ撮ってるから! なんで俺まで恥を晒さねばならんのだ!


 「桜! 警察! ポリスメンを呼んでくれ!!」


 「あはははは〜!」


 腹抱えて笑ってるんじゃないよ!! 実力行使で黙らせたいところだけど、人目がありすぎる。

 大体なんだ、この執着心は!!

 ここまで精神を弄ってないぞ! ちゃんと常識の範疇でおさめたはずだ! 


 「あ、あれか! なんかミスったなと思ったやつか!」


 なんて致命的ミスを! 全然大丈夫じゃないじゃないか! 精神を弄るのは久々だったからか! 誰かで練習しておけば良かった。


 「織田天魔ー!! わしはお前が居ないとダメなんじゃー! 分かった! 此方も譲歩しよう! 八重とヤッてるのを扉の隙間から見させてくれ! わしはそれでも満足出来る!!」


 「黙れー! 今すぐその口を閉じろー!」


 それ、お前の性癖を満たしてるだけだろ。NTR属性があるのは分かってるんだぞ!


 それから約10分程逃げ回り、ようやく警察が到着。老害はなんとか取り押さえられ、連行されていった。その間も性欲の獣みたいな目でずっと見られていた。今思い出しても寒気がする。


 「目撃者もばっちりだよ〜! これで老害さんの名声は地に堕ちたね〜!」


 思い出し笑いしながら動画を見せてくる桜。

 情報はあっという間に広まり、SNSでも既に出回っている。


 「負けた気がする。確かに地に堕ちたけど。完全に負けた気がする」


 周りに集まっている野次馬共が同情しつつも、好奇な視線を送ってくる。

 やめてくれ。同情されると更に心にダメージが。

 まだネタにされた方が…。いや、それもきつい。


 「帰る」


 「えぇ〜!? ご飯は〜?」


 「こんなテンションで行ける訳ないでしょ! 宅配サービスにお願いして下さい」


 「ちぇ〜」


 引きこもろう。ほとぼりが冷めるまで絶対に外に出てやんない。

 目的を達成したのに負けた。やっぱり殺しておいた方が良かった。

 帰って精神操作の練習を一からやり直そう。

 はいあがろう。負けた事があるというのがいつか大きな財産になる。




 「うわ〜。話題を掻っ攫って行ったね〜」


 「………」


 翌朝。布団にくるまってニュースを見る。

 昨日まで2級攻略の話題ばっかりだったのに、今はどこの局も俺が必死に逃げ回ってる映像を流している。


 「能力使って空に逃げれば良かったのに〜」


 「………」


 一応、非常時を除いて地上での能力行使は禁止されている。探索者の罪は通常より重いんだ。

 それは特級探索者でも変わらない。攻撃性がない能力でもグレーゾーンだし。

 生産系やパッシブ系もちゃんと国から認可を貰わないといけないんだぞ。


 「昨日のは充分非常時だと思うけどね〜」


 「………」


 あの、心読まないでくれます? 俺は今、喋るのも嫌なくらいテンションがどん底なんです。

 恥晒したのは俺も一緒なんです。優しくして下さい。


 「失敗しただんちょ〜が悪いんでしょ〜。でもでも〜だんちょ〜が真剣に逃げたお陰であたし達が老害さんに何かしたとは全く思われてないね〜」


 「………」


 老害は現在、取り調べの真っ最中らしい。

 なんでも、その後精神病院に送られるとか。クスリを疑われてたけど、陰性だったからね。

 なんで急に人が変わったように馬鹿になったのか、ネットでも色々議論されている。


 「【悲報?】使徒様男性にも大人気【朗報?】だって〜。面白いスレがあるね〜」


 「………」


 やめろやめろ。そんな腐りそうなスレを見るな。

 情報を与えるな。なんか気になってくるだろ。


 「それで〜? 老害さんを狙い通り排除出来たけど〜? これからどうするの〜?」


 「………とりあえず面接」


 狙い通りではない。いや、排除は狙い通りだけど、その過程が全然違う。俺が巻き込まれ事故を起こしている。もっと俺の関係のない所で燃え上がってもらう予定だったのに。


 「そうだね〜。面接しないと〜」


 「………いつやるの?」


 応募者の選抜はほぼ終わってるらしい。桜さんは外に出ると秘書みたいな行動は出来ないけど、アポを取ったりこういう事は出来るんだよな。

 内弁慶ってやつ? ちょっと違うか。


 「地方から来てくれる人もいるし〜。二週間後ぐらいに何日かに分けてやろうかな〜。早速連絡するね〜」


 桜さんはそう言うと、鞄からノートパソコンを取り出してポチポチと操作する。

 面接会場も抑えてくれるらしい。やっぱり外に出なかったら秘書じゃん。なんで外ではだらけるのか。普通逆だと思うんだけど。


 「だんちょ〜は面接までにシャキッとテンション回復させてよね〜。そんな陰気な感じで面接に出ないでよ〜」


 何から何まですみません。

 頑張ってテンション上げますね。

 

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