第33話 暁の明星


 初配信から3日後。

 俺と桜は都内にある、『暁の明星』のギルド事務所に来ていた。


 「へぇー。結構立派な建物なんだな」


 「上位ギルドだしね〜。でも建物の規模ならうちの方が上だよ〜?」


 「中に何もない、唯のビルだけどな」


 屋敷みたいな大きな豪邸。住所が確かならここだと思う。なんか、品がある感じだな。

 居住区はまた別の所にあるらしく、ここは本当に事務所として使ってるみたいだ。

 俺からしたら、充分住めそうなんだけど。


 まっ、改装したらウチも良い感じになるだろう。

 それまでの辛抱だ。




 「お待たせしました」


 中に入ると、受付の人に案内されて応接室に通される。用意してくれたコーヒーを飲んでいると、ひとの良さそうな笑みを浮かべた男性と、かなり筋肉質で長身の女性がやって来た。


 「いえいえ。コーヒーを美味しく頂いてましたよ」


 「本日はわざわざお越し頂きありがとうございます。僕は『暁の明星』のギルド長をしてます、稲葉と申します。そして、こちらの女性は安藤。いつも私の補佐をしてもらっています」


 「どうもどうも。俺は織田でこっちが八重です」


 なんで俺が『暁の明星』にまで来たかというと、我が事務所は人を呼べる程の設備はまだ整ってないからだ。

 稲葉さんは連絡した時に、来てくれるって言ってくれたんだけど、歓迎出来そうにないし、俺達の方から足を運んだ。

 事務所がどんなのかも気になったしね。


 「いやぁ。まさか本当に連絡を頂けるとは思ってませんでしたよ。リップサービスかなと思ってました。慌てて予定を調整したので、なにか粗相があったら申し訳ありません」


 「いえいえ。『暁の明星』の噂はずっと聞いてましたからね。いつかお話出来たらなとは思っていたんです」


 嘘だけど。会談するにあたって、慌てて調べました。仕方ないよね。最近現代に帰ってきたんだもん。

 だから、桜さん。胡散臭い目で俺を見ないで。

 ボロが出ちゃうでしょ。


 「それで、本日の会談なんですけど。具体的にはどうするみたいなのは決めてますか?」


 「一応、ギルドの幹部で素案はまとめてあります。勿論、織田さんの意見も聞きつつになりますが」


 そう言って、安藤さんが資料を俺に渡してくる。

 この人、見た目はバリバリ戦闘員なのに、秘書的なのも兼ねてるのかな? テキパキと動いて、かなり有能そう。ギルド長の補佐だもんな。


 チラッと桜さんを見てみる。

 私は関係ありませんみたいなスタンスでいらっしゃるね。お茶菓子をパクパク食べて満足そう。

 君に補佐的な仕事は向いてない事が改めてわかりました。



 ふむふむ。あの配信から急いで纏めた割にはしっかりとした資料だな。

 目標も現実的で夢物語みたいな突拍子もない事をしようとしてる訳ではない。


 「とりあえずは2級攻略レベルまで、実力を引き上げる事ですか。悪くないと思います」


 「動画を拝見して、織田さんは簡単に倒してる様に見えたんですけどね。流石に僕達でも出来ると自惚れる程、馬鹿じゃありません。3級でも時間を掛けてやっとって所ですからね。まずは2級攻略が現実的かなと」


 うんうん。見た目はまだ若いのにしっかりと考えてらっしゃる。

 良いギルドですなぁ。


 「攻略メンバー全員を鍛える感じで良いですか? それとも何人かを集中的に?」


 「そこはまだ意見が割れてる所でして。織田さん的にはどっちの方が良いと思いますか?」


 能力次第としか言えませんねぇ。

 極論、一人でも攻略出来る訳だし。

 ギルド全体のレベルアップか、少数精鋭のレベルアップか。どっちも正解だと思うけどね。


 「早く結果が欲しいなら、何人かを集中的に。長い目で見るならギルド全体をって感じですかね。集中的にやって、その人達が指導出来るようになれば一番良いですけど」


 正直、俺の指導なんてひたすら模擬戦する感じだからね。

 で、その度に能力の使い方を指導する感じになると思う。

 異世界でもやってた事だし、向こうでもあった同じ様な能力ならどう使えば良いかも分かる。


 「なるほど。この後も会議があるので、その時に決めてから連絡させて頂いてもよろしいですか? 僕だけで決めても良いと言われてるんですが、やっぱりもう一度みんなの意見も聞いておきたいです」


 「大丈夫ですよ。俺達は当分暇してる予定なので」


 「ありがとうございます。それとこちらからのお願いばかりで申し訳ないのですが、もう一つ、お願いしたい事がありまして」


 むむ? 話も終わったし今日こそ、ザギンでシースーしようと思ってたんだけど?

 まぁ、無茶なお願いじゃなければ良いけどさ。


 「簡単な事でしたら大丈夫ですよ」


 「ここにサイン貰えますか?」


 そう言って、稲葉さんは大きいサイン色紙を出してきた。

 いや、かなり大きい。普通の倍ぐらいのサイズ。


 なんでも、後で案内してもらって分かった事なんだけど、稲葉さんは探索者オタクらしい。

 ギルド員達からはサイン部屋と呼ばれてる所に案内してもらうと、色々な探索者のサインが綺麗に並べてあった。


 「探索者になったのも、色々な有名人のサインが欲しかったからなんですよ。強くなれば、それだけ関わる機会が増えるかなと思いまして」


 ほえー。凄い動機だな。

 でも、夢は叶ってるみたいで。


 「だんちょ〜。特級探索者二人のもあるよ〜」


 「えっ、本当だ。すげぇな」


 どうやら、その国までわざわざ会いに行ったらしい。その行動力に恐れ入る。


 俺はその後も鼻息荒く、誰々のサインと説明されて、かなり圧倒されつつもなんとか逃げ切り、事務所を後にした。

 あれは好青年だけど、好きが絡むと中々厄介になるタイプのオタクだな。

 嫌いじゃないんだけど。

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