第2話 お父様がある提案をしてくれました
「アンジュ、大丈夫かい?」
部屋から出てこない私を心配したお父様とお母様が、私の様子を見に来てくれた。
「お父様、お母様、ご心配をおかけしてごめんなさい」
そっと涙をぬぐった。
「アンジュ、可哀そうに」
そう言ってお母様が私を抱きしめてくれた。
「アンジュ、こんな事は言いたくはないが、デイビッド殿はもうアンジュとの結婚は考えていないのだろう。アンジュももう16歳だ。このまま見込みのないデイビッド殿を思い続けていても…」
言いにくそうにお父様が私に向かって呟く。
「私も分かっておりますわ、お父様。もうデイビッド様の事は、諦めます。ただ…」
何年もの間、彼の事を思い続けていたのだ。急に忘れろと言われても、きっと無理だろう。
「アンジュ、君がどれほどデイビッド殿の事を好きか、私たちも嫌というほど知っている。すぐに忘れろと言われても無理だろう。それで、もしアンジュさえよかったら、環境を変えてみるつもりないかい?」
「環境を変えるとは…」
一体どういう事だろう。お父様の言っている意味がよく分からない。
「1度目にデイビッド殿に婚約を断られたときから考えていたのだが、ミラージュ王国に留学してみらどうかと思って。あそこは全寮制だし、他国から貴族たちを受け入れていることから、我が国からも誰か留学をという話が出ていてね。せっかくだから、アンジュが第一号として留学してみるのもいいのではないかと思って。環境が変われば、気持ちも変わるだろうし。もちろん、アンジュが嫌なら、行かなくてもいいのだよ」
ミラージュ王国…
自然豊かでとても素敵な国だと聞いたことがある。ただ、我が国とはあまり交流がない国だ。正直両親や友人たちと別れて、1人で他国で暮らすのは不安だ。でも…このままこの国にいても、きっとデイビッド様の事を諦める事なんて出来ないだろう…
う~ん…
「今すぐ結論を出さなくてもいいよ。とにかく、一度検討してみなさい。これ、ミラージュ王国の貴族学院のパンフレットだ」
「アンジュ、別に無理して留学しなくてもいいのよ。もしデイビッド様に会うのが辛いというのなら、気持ちの整理が付くまで学院をお休みすればいい事なのだから」
お母様がそう言って抱きしめてくれた。
「とにかく、しばらく学院はお休みしなさい。デイビッド殿とはクラスも同じなんだ。今は顔を見るだけでも辛いだろうから」
そう言ってお父様が部屋から出て行った。お母様もお父様の後ろを付いて行くようにして、部屋から出ていく。
ふとお父様が置いて行ったパンフレットに目を通す。そこにはミラージュ王国の魅力や、貴族学院の風景などが画像付きでのっていた。
「貴族学院には色々な国の人たちが来ているのね。それに、学食には色々な国のお料理が並ぶだなんて。素敵ね、私も色々な国の人たちとお友達になれたら…」
でも、今までこの国の王都から出た事もない私が、異国の地で暮らす事なんて出来るのかしら?そう考えると、やっぱり不安でしかない。
お父様も今決めなくてもいいと言ってくれていたし、とりあえず少し考えよう。そう思い、その日は眠りについたのだった。
翌日、お父様は貴族学院をお休みしていいと言ってくれていたが、友人たちにあまり心配をかけたくないので学院に行く事にした。
「アンジュ、制服を着てどうしたの?まさか学院に行くつもりなの?」
「ええ、行きますわ。お母様、私は大丈夫です。それでは行ってきます」
心配そうなお母様に笑顔を向け、馬車に乗り込む。
「姉上、まさか貴族学院に行くつもりですか?」
貴族学院1年のレイズが、慌てて馬車に乗り込んできたのだ。
「ええ、もちろんよ。デイビッド様に婚約の申し込みを断られたのは、これで5度目なのよ。毎回毎回お休みをしている訳にはいかなでしょう?」
私はデイビッド様に申し込みを断られるたびに、しばらく貴族学院を休んでいた。でも、そのたびに友人達にも心配をかけていたのだ。これ以上、皆に心配をかける訳にはいかない。
「…分かりました。でも、無理はしないで下さいね。もし無理だと思ったら、すぐに帰ってきたらいいのです。それにしてもデイビッドの奴…こんなに可愛い姉上の、何が気に入らないのだろう」
そう言って怒りを露わにするレイズ。
「ありがとう、レイズ。でも、デイビッド様は、どうしても私を受け入れる事が出来ないのよ。5回も断られるまで気が付かないだなんて、本当に私も大バカ者よね」
きっとデイビッド様だって、断るたびに心を痛めていただろう。デイビッド様のご両親にも、沢山迷惑を掛けた。
そう考えると、自分の事ばかり考えて行動していた自分が、どうしようもない人間に思えて来た。
とにかくもう、デイビッド様の事は綺麗さっぱり諦めよう。そう決めたのだ。
ふと窓の外を見ると、いつの間にか貴族学院に着いていた様だ。私が降りるのを、レイズが待ってくれていた。
「レイズ、ごめんね。もう貴族学院に着ていたのね。さあ、行きましょう」
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