126 鬼が来た

そこにいたのは戌井じゃない、ローシュテール・ブレイブがいた。


「みつけた……」


 静かにそう告げた。


 どうにか逃げようと箒から飛び下りようとした瞬間、僕は空を見下ろしていた。


「……は?」


 僕の名を呼ぶ声が下から聞こえる。


 いや、いや、違う。


 僕を見下ろしてるんじゃない、下から声が聞こえるんじゃない。僕が箒から落とされたんだ。


 それに気がついた瞬間、全身から血の気が引いた。


 思考が焦りだす。


 どうすればいい?どうすれば生き残れる?


 ……いや、ここで慌てて、諦めたら箱庭試験の二の舞だ。


 息を吐いて地面を見上げる。


 まだ距離はあるから、風魔法を使えば多少の怪我はしても死にはしないだろう。


 自由落下の最中、なんとか体制を安定させて杖を取り出し、風魔法を使う。


 落下速度が落ちて、気に落ちてしまった。


 枝のせいで露出している肌のあちこちに小さな傷ができていく。


「ぐえっ……」


 なんとか太い枝に引っ掛かれたともったら、下から蛙でも潰したかのような声が聞こえた。


「いっ……。戌井?」


 潰れた蛙のような声の主は僕よりも先に落ちただろう戌井だった。


 さっきの潰れた蛙のような声は僕の体に下敷きにされた戌井があげた悲鳴だった。


「うぅ……」


「……すまん」


「いいよ……別に……」


 木から降りて空を見上げるとローシュテールから逃げようとしてる他の面々が見えていたが、奮闘むなしく揃って箒を折られたり、箒から落とされている。


 戌井が糸で魔方陣を作り、それぞれが風魔法を使って事なきを得たが、空には箒に乗ったままのローシュテールが僕たちを見下ろしていた。


「あー……あー……。はぁ……」


 ローシュテールは何かを言おうとしているが感情的にならないようにしているのか、言葉になら無いのか何度か口を開いて、また閉じて、ため息を吐いた。


「と、父様……」


 ロンテ先輩が小さな声でローシュテールを呼んだ。


 小さな声だったが、紛れてしまうような音の無いこの場には嫌なほど響いた。


 ギョロリとローシュテールの目がロンテ先輩を見る。


 ロンテ先輩はビクつかせ、元々悪かった顔色をさらに悪くして、慌てたように後退しようとしたが体がうまく動かないらしく、ほとんど動けていなかった。


 ローシュテールの血走った目はロンテ先輩のことなど微塵も興味がないとでも言いたげに言葉一つかけることもなく、ギョロリと目を動かしてレイスを見た。


「ひっ!」


 その異様さ、その恐ろしさに、誰かの小さい悲鳴が聞こえた。


「ローレス〜?些かおいたが過ぎるぞ?」


 物言いはイタズラをした子供をしかるような優しいものだが、その声色には明らかな怒りを孕んでいた。


「ずっと放置していたから怒っているのか?ごめんなあ。公務や他の用事が忙しくて、いろんな手を使って探してはいたんだが、とても時間がかかってしまったんだ」


 ローシュテールがゆっくりと降りてくる。


 とっさに杖を構えたが、ローシュテールはそれを気にすることもなく、まるで見えていないかのように振る舞う。


「こんなに時間がかかってしまうことがわかっていれば、最初からアイツらを、SDSセブン・デットリー・シンズを頼っていたのにな」


 SDS?


 それって確か、ほとんど都市伝説として扱われている犯罪組織の名前じゃないのか?


 まさか本当に存在したと言うのか?


 カトラスといい、SDSといい。こんな犯罪組織が乱立するなんて、この世界は物騒すぎるだろうっ!


「アイツらを頼ったら一瞬だった。今までの俺の頑張りはなんだったのとと思うほどだ。でも、それでいい。それで構わない。ローレスもアーネチカさんも見つけることができたからな。まあ、その分、料金は法外なほどだったが、二人を見つけられてことを考えれば、喜んで払うさ」


 ローシュテールの口ぶりからして、もしかしたら世間に出ている黒い噂や告発の内容のほとんどが真実なのかもしれない。


「アンタ、そんなところにまで堕ちてたのか!」


 レイスはワナワナと震え、怒りを露にした。


「ロンテにあんな怪我させてたって知ったときから思ってだがよ!どこまで頭おかしくなってるんだ!?領民守っていた頃のアンタはどこに消えた?それとも昔からこれだったのか?」


 レイスの言葉にローシュテールは首をかしげる。


「最初はなんで母ちゃんが俺をつれて家を出たのかわからなかった。でもっ!今のアンタを見て納得したよ。俺もロンテも母ちゃんも!あの屋敷には戻らねえ!アンタのやろうとしてること、アンタのやってたこと、それを知った以上は俺はアンタを拒絶する!」


 空気__いや、辺りに漂っているであろうローシュテールの魔力が揺れた。


「母ちゃんをアンタになんか任せられねえ。もう俺たちに関わらないでくれ!」


 レイスの言葉を皮切りに、環境的にも立地的にも発生することはない霧が辺りを漂い始めた。


 恐らくはローシュテールが魔法で発生させた、それか幻覚魔法で僕たちに見せている偽物の景色だろう。


 辺りが霧に包まれていくなか、ローシュテールはなにも言わない。何も言おうとしない。


 それどころかローシュテールの顔には一切の表情がない。


「それは、許さない」


 ポツリとこぼした言葉には言葉には言い表せないような激情が籠っていた。


「あぁ、そこにいるが者たちにそそのかされているのか。わかった、俺がどうにかしよう」


「は!?なに言ってんだ!」


 一気に霧が膨れ上がり、僕達の視界を遮った。


「クソッ。視界を潰された」


 この霧は幻覚魔法であれ、水魔法と炎魔法の応用であれ、ローシュテールや他の面々の位置を把握するのは至難の技だろう。


 なんなら力流眼の再現だって使えないだろうから、本当に手段がない。


 空に逃げる手もあるが箒の大半は壊されてしまっている。壊れていないものも、どこにあるのかわからないから使いようがない。


 僕の自己魔法で明かりでも作れば目印になるかもしれないが、目印になると同時にローシュテールの標的になりかねない。


 向こうに戦闘の意思があるかわからないが、死ぬかもしれないのに僕と戌井を箒から叩き落としたり、他の面々が乗っている箒を壊したりしているところを見るに戸惑いはないんだろう。


 レイスとロンテ先輩の二人だけつれて消える可能性もあるが、霧が一気に出てくる前に言っていたことを考えると僕らのことは息子をたぶらかした敵として認識していそうだから、それはない気がする。


 どこからローシュテールが来るかもわからない現状、周囲を警戒しつつ、音を頼りに戌井たちを探す。


 一歩、動いた拍子に足になにかを引っ掻けた。


 足に何かを引っ掻けたと感じた瞬間、胴体に糸が巻き付き思い切り引っ張られた。


「っ!?」


 思わず声をあげそうなのを押さえる。


 糸に引っ張られた先にいたのは冷や汗をかいている戌井だった。


「糸で索敵できてよかった」


 そういう戌井の周りには僕のように糸に引っ張られてきたレイやララ、ロンテ先輩、レイスがいた。


 アルマックだけがいない。


「戌井、アルマックは?」


「わかんない。ローシュテールは飛んでるから引っ掛からないんだろうけど、ベイノットが動いてないのかダメなんだよ〜」


 レイが魔力探知を試みるも、霧はローシュテールの魔法により発生しているせいでマトモに探知できない。


「父様が幻覚妄想が得意って行っても、それは魔法のなかでっていう話しだよ。魔法事態そこまで得意じゃないから……多分、誰か捕まえたら解くと思う」


「ぐあっ!?」


 アルマック以外集合していくらかした頃、聞き覚えのある声で悲鳴が上がった。


 悲鳴が上がった方向を見ると徐々に霧が晴れていき、その先には首を捕まれ宙吊りになっているアルマックと、アルマック野首をつかみ持ち上げているローシュテールがいた。


「ベイノット!!」


 ギチギチと音がなり、アルマックはなんとか脱出できないかともがき、そして苦しんでいる。


 アルマックが近くにいる以上、安易に魔法は撃てない。


「お前!!」


「ちょっ!ローレス!」


 頭に血が上ったレイスは制止するララの声が聞こえないのか、ローシュテールに向かって行ってしまう。

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