114 背反する思い
ローレス視点
カルタのもとにローザベッラが現れる一時間ほど前、ローレスとロンテの元にローシュテールが現れた頃。
「な、んで……」
いつの間にか背後に現れた血縁上の父、己が嫌悪と恐怖を抱いている男が立っていた。
今までうまく隠れていたはずなのに、なんで、ここに、こいつがいるんだ。
いや、別におかしなことでもないだろう。
ロンテが俺をここに呼んだ。それに罠かもしれないのを承知で、一縷の望みに賭けてノコノコと姿を現した馬鹿は俺なんだ。
ロンテと俺は喧嘩していた間に言っていたことは本当なんだろうが、俺たちのことを消すと言っていたのは嘘だろう。
小屋には母ちゃんがいる。
今からでも急いで逃げればまた姿を眩ませられるだろうか?
無理がある気もするが、捕まるよりも断然マジだ。
けど、無言の無表情で俺を見つめてくるクズ野郎の視線をどうにかそらさないと話は始まらないだろう。
一歩、後ろに下がる。
来ていたローブを投げつけて、早々に追ってこないようにと魔法で絡まるようにしておいた。
魔法がうまく作用していたのを確認して、小屋に向かう。途中振り返ったとき、ロンテが起き上がって、必死の表情で首を横に無っていたのが気になるが、俺は疑問をふりきって小屋の中に駆け込んだ。
木製の扉を勢いよく上げる。
生活感があったが中に人はいなかった。
部屋が区切られているわけでもない、屋根裏があるわけでもない。生活感はあっても人が隠れられるところは。あまりないように思える。
恐らく、ここの持ち主は樵でもして暮らしていたんだろうが、埃が積もっているのを見るに長い間来ていないようだ。
俺は人の気配がしないことに慌てて小屋のなかを物色する。
いない。いない。いない。いない。
母ちゃんは小屋の中にいなかった。
そして、ここで一つ思い出した。
木の板もロンテも、誰も小屋に母ちゃんがいるなんてことは言っていないのだ。
なんと滑稽なことだろう。
冷静じゃない俺はそれに気がつかないで、この小屋に母ちゃんがいると思い込んで袋小路に飛び込んでいった。
馬鹿だ。
その事実に気がついた瞬間、弾かれたように小屋から使われていない箒を持って窓から飛び出し、走り、飛ぼうとした。
「ローレス!!」
威圧感のある声が俺を呼んだ。
子供の頃に染み込んだ恐怖は十四年たっても消えなくて、俺は逃げなければいけないのに体が勝手に固まって、動けなくなってしまった。
体が震える。ブリキの人形のように鈍い動きで振り向く。
そこにはローシュテールに足蹴にされ、気絶しているロンテと、実の息子を冷たい目で見下ろして踏みつけているローシュテール。
そして、その足元にある燃えカスも同然になっている俺もローブ。ローシュテールの手には杖が握られている。
「逃げるなよ。逃げたら仲の良いオトモダチが酷い目にあうぞ」
一瞬何を言われているのか、わからなかった。
少し遅れて言葉の意味を理解して、頭の中に浮かんだのは、あの七人だった。
あの誰かがブレイブ家に捕まったんだろうか?
「頭の良い子だよ。伝を頼って手紙を出したらちゃんと読んでくれてね?自分が従わなければ周りがどうなるか理解して、家にきてくれたんだ」
「な、なんで……」
「お前達がいつまでも帰ってこないからだろう?ローレス、お前が招いた結果だよ」
ニコリときれいな笑顔をこちらに向けるローシュテール、その目は笑っておらず、何も写していない目が俺を見る。
怖くて逃げたいけど、逃げられない。
「アーネチカがここにいるときいてきたが、なんでローレスがここにいるんだろうな?まぁ、いい。ローレスがいれば何れ自らやってくる」
ローシュテールがゆっくりと、こちらにやってくる。
俺にたいして向けられた杖から、魔法が飛んでくる。
詠唱でわかったことだが、狩りなんかで使う電撃で気絶させて捕縛するための魔法だ。
それを認識した次の瞬間、体に痛みが走って膝から崩れ落ちる。
ごめん__
意識が途絶える寸前、巻き込んでしまった友人に謝罪した。
ロンテ視点
バシン……バシン……__
光も届かなず、揺れる蝋燭の火が唯一の明かりであるブレイブ家の地下室で鎖の音と鞭の音、それからロンテの呻き声とローシュテールの怒声が響いていた。
「がぁっ!?」
鎖で両腕を吊るされ、兄様から与えられた怪我を治すなんて慈悲は与えられず、俺は父から鞭で打たれていた。
「お前は!勝手なことをしているんだ!ローレスを逃がそうとして!」
鞭で打たれる。何度も、何度も。
「これでまた逃げられたらどうするんだ!いつも迷惑ばかりかけて!アーネチカはどこだ!」
呻き声や悲鳴を上げたところで、手を緩めることはなかった。
「言え!」
「……しら、ない」
バシン!!__
一際強く打たれた。
「ぐっ!」
「嘘をつくな!アイツらは、あの小屋に隠されていると言っていたぞ!アーネチカがいなくなったのに俺は関与していないのなら、あの場にいたお前が何かしたに違いないだろう!出来損ないのお前よりもアイツの方が信用できる!」
背中の打たれたところがみみず腫れになって、しまいに背中の皮が裂けて血が流れる。
こうなることはわかっていた。
最初から覚悟していた。
だから、別に文句はないが、他人事のように失敗したなと思っていた。
他人から見れば虐待と言われるだろう行為。それは俺にとって、鎖に繋がれて鞭で血が流れるまで打たれるなんて、日常茶飯事だった
実際、この光景を見た使用人は血相を変えて出ていき、告発したものも何人もいたが俺が否定したこともあり事実だと言うことは表にはでなかった。
告発の話はどうでもいいか。もとの話に戻す。
なんで、俺はあんなことをしたんだろうか。
好きで、怖くて、恐ろしくて、見て欲しくて……。そして絶対的な存在だ。
そんな両親に逆らうような真似、普段ならしなかった。
少し考えて、自分が行動を起こした理由に見当がついた。
あの二人が、この屋敷に帰ってきたら、今までの俺の苦労は水の泡になってしまう。
母の言うように兄様をこえようとして、父にも母にも見て欲しくて足掻き続けた。
今だってどうしようもないって言うのに、あの二人が帰ってきたらどうなる?
両親の目は、一生俺に向かなくなる。
俺は、一生、いてもいなくてもいい存在になってしまう。
それが嫌で、そうなって欲しくなくて、現実を受け入れたくなくて、行動に出た。
アーネチカさんと兄様の居場所がわかったと、いつからか飲むようになった怪しい薬を片手に聞きとして話していた父の言葉を聞いて、俺は部下に命じた。
アーネチカさんを誘拐して、見つからない場所に監禁しろ、と。
居場所は幸いにも父がこぼしていたので情報収集で苦労することはなかった。
それで、誘拐して兄様を適当に誘い出して、俺よりも強いはずの兄様と喧嘩して、ケジメをつけて、どこか国外に消えてもらおうとした。
そうなればさすがの父様も諦めると思ったからだ。
現実は俺の思い描いていたようには、いかなかったけど。
俺より強いはずの兄様が俺相手に苦戦した。
最後は泥臭い殴り合いになって、俺が負けはしたけど、こんなに時間がかかるなんて思っていなかった。
すぐに、決着が着くと思っていた。
見通しが甘かったんだ。
兄様の言う通り、昔とは違う。当時の子供たちに比べれば“優秀”だった兄様は普通の人になったんだ。
俺はそれを知らなかったし、わかろうとしなかった。
父が現れて瞬間に、部下に合図をだし気を引くために話をしたら蹴られて意識が飛んだ。
部下たちはアーネチカさんをつれて、安全な場所に向かっているんだろう。行き先は、万が一を考えて俺すら知らない。
結局、兄様は捕まってしまったけどアーネチカさんが捕まるまでは大丈夫なはず。
何かある前に、あの仲良さそうな子達が来んだろう。トモダチって、そういうものだろうし。
俺はどうなるかは、わからない。
このまま鞭を打たれ続けて死ぬのかもしれないが、親を裏切った俺にはお似合いの末路かもしれない。
二人の居場所を突き止めた方向が気がかりだが、そこはもう俺にはどうにもできない。
裏切ってごめんなさい。父様。
でも、俺を見てよ。
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