111 タンゴ
ローレス視点
母ちゃんを探し続けて三週間前後。
あれからすぐに村を出て、数は少ないものの心当たりがある場所を巡っていったが成果はない。
パーティーにいっている間にブレイブ家の屋敷にはいったりもしたが、母の姿はなかった。
幸いにも見つかることはなかったが、早々に撤収した。
そして心当たりの場所がなくなれば、今度は風の噂で流れてきた真偽不明の話をもとに動いた。
ただ、どれもデマか、他人の噂。
聞き込みをしても、聞いた日とから話が流れているのか、ブレイブ家の追手が出てきて満足に探せない。
そんな状態が続いた、ある日のこと。
野宿するのに、家の変わりにしていた洞穴の前に、昨日はなかった板きれが落ちていた。
怪しみつつも、それを確認してみれば驚くべき内容がかかれていた。
手紙の変わりに置かれていた板きれには“母ちゃんの居場所を知っている、指定の場所に来たら案内しよう”といった内容の文面が書かれていた。
寒気がした。
ここは誰にもばれないようにと、注意をはらって移動してきたのに……。
いったい、これを書いたのは誰なんだろうか?
筆跡に見覚えはない。近くの町や村のものに母を探しているとはいってはおらず、知人の女性を探しているとはいっていたが……。
もしかしたら追手がここまで来たのかもしれない。
そう思いはするものの、俺は板に書かれている内容にかけた。
これが罠だとしても、唯一の家族が見つかるのならば誘いにだって乗ってやる。
すぐに準備をして、箒に乗って空を飛ぶ。
板きれに書かれていた場所まで、ここから少しかかるから、それまでの時間を使って魔方陣をノートに書いて、仕込んでおく。
といっても、仕込んだのは強力な魔法なんかじゃなくて、何かあったときのための治癒魔法だけど。
箒で飛んで幾ばくかした頃、目的地が見えてきた。
人のいない小川の近く、小さな小屋がたっているのが見え。
「あそこか?」
降りたって周囲を確認すると、ちらほらと人が隠れているのが気配でわかった。
やっぱり罠か?
落胆しつつも足を進めていくと木陰から、会いたくない相手が出てきた。
「……ロンテ」
「よお、ローレス」
「噂で、パーティーのあと乗ってた馬車が大破して行方不明だって聞いてたけど元気そうだな」
「お前こそ、ボロボロじゃねえか」
俺の腹違いの弟、ロンテ・ブレイブ。
杖を握る手に、力がこもる。
「仕方ないだろ?野宿なんて仕方こと無かったし、荷物だって最低限なんだから」
「言い分けか?」
「事実だ」
なんでここにロンテがいるんだろうか。
母ちゃんを拐ったのは……思いたくはないけど俺の血の繋がった父親のローシュテールの単独犯のはず、ロンテやロンテの母のローザベッラが手伝うとは到底思えない。
「にしても、まさかお前が魔法学校にいるとは思わなかった。七年入学をずらしたから、てっきり既に卒業しているもんかと思ってたよ」
本当にな。
「十六で入ってストレートで卒業が貴族の普通だもんな。そう思うのも無理はねえさ」
俺は二十二歳、ロンテは十九歳。年の差は三歳、学校に通うのならば入れ替わりになる年齢差だ。
優秀であることを示したいのならば、ララちゃんのように小さい年齢でも入学させることはあるけどロンテのようなタイプは珍しい。
入学が遅れる、それだけで貴族は不出来なのではないか?なんてヒソヒソと話すものだからだ。
「理由教えてやろうか?」
「あぁ、教えてくれよ。お兄ちゃん、留年でもしてるんじゃないかってヒヤヒヤしてんだ」
「チッ……」
“お兄ちゃん”、俺がそういった瞬間に表情が変わった。
さっきまでニヤニヤとして、俺をからかっていたのに嫌悪感が混ざっているしかめっ面に変わったのだ。
「お前なら王宮魔導師を目指すと思ったんだ。そうすれば、父様はお前のお袋さんに簡単に手が出せなくなるからな」
王宮魔導師になれば爵位や魔具、屋敷なんかのいろんなものが与えられる。その分、相応の働きはしなければならないがな。
平民上がりでも貴族は貴族、それに王宮魔導師は王に使えるもの、そこらの貴族よりも敬われる立場、いくらブレイブ家とは言え、易々と手出しはできない。
だから、王宮魔導師になるためにメルリス魔法学校に来たんだが、見破られていたか。
「国外に逃げてるとは思わなかったのか?」
「国外に出ようとするなんて迂闊な真似しないだろ。入国や出国の審査のために止められる。審査員から父様に情報が流れることを危惧して、外にはでない。ほとぼりが覚めるまで隠れるか、違法出国以外の選択肢はない。違法出国は後々が大変だからな、もしもを考えるとしない」
「……」
「俺ならそう考える」
「頭いいな?」
ロンテの言ったことは全てではないものの、だいたい当たっていた。
正確には母ちゃんは実家を頼り、違法出国という手段をとろうとしていたのだが、肝心の実家が放火にあった。
それから母ちゃんは誰にも頼らないようになった。
故郷とは違う村で、見た目を変えて引っ越してきた風を装って働き口を見つけて、俺を育てた。
「まぁ、違法出国は一度しようとしたな。まあ、結果的に俺のばーちゃんろじーちゃんが死ぬことになったんだけど……」
「……そりゃあ」
「あのクズ野郎がやたことだろうな。タイミング考えればおかしくないし、それに放火犯は最後まで冤罪だって叫んでたし」
「犯罪者の言うことを信じるのか?」
「犯人になったやつが火事の四日前に引っ越してきたやつで、事件現場からブレイブ家の紋が入ったローブを見つけても?それに、見つけたはずなのに、その後の捜査ではなかったことになってたぜ」
「なるほど。話が父ながら恐ろしい話だ」
恐ろしいどころの話じゃないだろっての。
俺はあんなやつの血が体に半分も流れてるって思うだけで虫酸が走る思いだって言うのに……。
ブレイブ家で育ったから慣れてんのかもしれないな……。
「それで、何で俺が魔法学校にいるってわかったんだ?」
「俺なら、ずらしはするが、それほど時間をかけたくない。だから先に入学してっていうのも考えたんだが、その裏をかいて俺の卒業後に入学してくるかもしれないと思ってずらしたんだ。まあ、もう一年、ずれてたけど」
「何でばれてんだよ……」
コイツ、王宮魔導師になりたがってることを察してることといい、さっきの発言といい俺のこと見透かしすぎじゃない?
「ずっと……」
「あ?」
「ずっと!ずっと!ずっと!」
険しい表情だったのが、さらに険しいものに変わる。
威嚇する獣のように牙を剥き出しにして、表情には憎しみの色が増えている。
今にも攻撃魔法を打ってきそうな鬼気迫る、そのさまに少したじろぐ。
「ずっと!お前と比べられて生きてきた!お前たちが出ていく前からずっとだ!十四年前のコトだって言うのにさあ!「ローレスなら、そんな簡単な魔法、すぐに扱える」、「ローレスなら勉強も常にトップだ」、「ローレスなら、もっと愛想がいい」」
ローレスなら、ローレスなら、ローレスなら、ローレスなら、ローレスなら。
栓が外れた風船のように、延々と今までロンテがかけられたであろう言葉が、ロンテの口からあふれでてくる。
息をきらすほど、大きな声と連なるローシュテールの言葉。
止まったと思えば、ロンテは虚ろな目で俺を見た。
「はぁ、はぁ……最終的にはアンタと間違われる始末だ。「あぁ、ローレス。帰ってきてくれたのか?アーネチカはどうした?」ってな。もう、呆れたよ。飲んでる薬のせいなのか、それとも磨耗した精神が見せた幻覚なのかはわかんねえけど」
「……」
「それが苦しくて、悔しくて、お前なんか要らないって言われてる気分で、父様に見て欲しくて、辛くて、いつ捨てられるんじゃないかって怖くなって、ずぅっと真綿で首を絞められてるみたいで、アンタが憎くなった。嫌いで、嫌いになれなくて……」
ロンテの言葉が止まる。
「母様もそうだ。いつもアーネチカさんのことぐちぐち言って、それでお前に話に飛び火する。息子だって可愛がってくれてるけど、いつも最後には「ローレスをこえろ」だ。結局、あの人も俺のことは見れくれない。あの人が見えてるのは憎いアーネチカと、その優秀な息子だ」
言葉が出てこない。
「二人揃って俺のこと見てくれないんだ。だから、だから!二人の視界を曇らせるローレス・レイスとアーネチカ・レイスを消す!そうすれば、あの二人は、父様と母様は俺のこと見れくれるだろ?」
今までためていた感情が爆発したローレスは濁った目で笑いながら、大粒の涙をポロポロとこぼしていた。
その表情は助けを求める子供のようで、悲しみと苦しさと、目的を果たせる嬉しさ、それから狂気すら孕んでいるように思えた。
少し前までの余裕綽々としたロンテとは違いすぎて、まるで別人のようだ。
「お前を見つけたのは父様で、完全に偶然だったけど、卒業する前に、父様に見つかる前に会えてよかったよ。魔法学校からでちまうと、自由に身動きがとりづらくなるからし、父様に見つかっちまうと囲われるだろうから」
ロンテは杖を取り出し、俺に向けた。
「さあ、憎くて愛しいオニイサマ。俺と踊ろう?」
タンゴが始まった。
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