21 猫

カルタ視点


あれから二人は杖を持つことになりの、日常に魔具堂で魔法を習うというものが追加された。それからカルタの姿が透明になったり、永華の回りにある紐が浮き上がることも、日常になっていた。


 暇さえあれば魔具堂に向かい、片付けた倉庫の一角を教室として授業を行っている。


 そんな日常が続く、この頃。魔具堂からの帰り道、永華ふらりとどこかに消えてしまった。


 たった一瞬、目を離した隙にどこかに消えていってしまった。ここ最近になってこんなことが増えた。いったい何をしてるのか、変なことに巻き込まれているのだろうか。


 ……戌井がどこに行こうがどうでもいい、だが情報源になり得る者が消えてしまうのは今後の活動を考えると手痛いものだ。


「……………………はあ、仕方ない。探しに行くか」


 長考の末、面倒ごとを避けるよりも情報源の安全を取ることにした。


 気がついたらいなくなっていたから、どこで消えたかはわからない。ただ最後に見たのはマッドハットさんに言い渡された課題の材料を買いに行くためによった手芸屋だった。


「とりあえずあの辺りまで戻ってみるか」


 手芸屋は市場の手前にある。もうすぐ夕方だし、この間のように人が押し寄せる前に見つけてしまわないと、紛れて探しにくくなってしまう。


「面倒ごとを起こして、はぁ……」


 また、ため息だ。どうも、あの子供のような同級生の戌井の事となると、どうも呆れやため息が多くなる。他の人間なら、まずまず呆れなんて感情は登ってこないのに。


 苛立ちのままに足音を鳴らし道を進んで行く。


 動きにくいと自他ともに認める表情筋が、鏡を見ずともわかる不満なそうな表情を作りだす。


 手芸屋に戻るまでの道に戌井はいなかった。なら、たぶん脇道にそれていったんだろう。ここまでいったい何本の脇道があったか、考えたくもない。いったい、あの能天気はどこにいるんだ。


 また、ため息がこぼれた。


 脇道にはいって戌井がいないのを確認して、また別の道に。それを何度か繰り返して、いないことを確認する度にため息をはく。


 いったい何度目になるか。脇道を覗き込むとちょこんと行儀良く座っている黒い仔猫がいた。


 想像だにしなかったことに一瞬だけ思考が止まる。


 ……猫、なんで猫?いや、野良猫ならいたっておかしくもないだろうに、何を考えてるんだ。僕は。


 今は戌井捜索に集中すべきだ。猫はスルー。そうやって脇道の奥へ進んでいこうとすると足元に何か黒い影が見えた。さっきの黒猫だ。


「今、君に構ってる暇はないんだ」


 動物に言葉が通じるわけがない。いや、ナノンが会話していたから、不可能というわけではないんだろうけど。でも、僕の言葉が通じてるとは思えなかった。


「あっちにおいき、踏んでしまうよ」


 そう言ってもも猫は足元にいる。僕の足に体を擦り付けて、一鳴きした。


 今まで動物に好かれることなんてなかったから新鮮だ。新鮮なんだが、とても邪魔だ。踏みかねない。退いてくれないだろうか。


「なんなんだい、君」


「みぃ」


「はあ……」


「みぃ、みぁー」


 僕がため息をはいて黒猫は二回鳴いた。


「にゃにゃ」


 僕の足元から離れたと思ったら脇道の奥に進んでいく。一度こちらを振り向き、また進む。


 これは……。来いってことか。


「わかったよ。どうせ行かなきゃいけないし」


 いつもならば馬鹿馬鹿しいと無視していただろう。ここに来て僕もだいぶん変わったものだ。


 猫の後をついていって何度道を曲がったか。いつの間にか、薄暗い路地裏に入り込んでしまっていた。しかも進んでいくにつれ猫の声が聞こえてくる。猫の集会でもしてるんだろうか。


「君は僕をどうしたいのかな?」


 今度は鳴いてくれもしない。飛び上がったと思ったら塀の上に乗っかり、座ったまんま動かない。案内だったかは良くわからないが、この子が導くのはここまでのようだ。


 仔猫が暗い道の奥を見つめる。向こうにいけなのか、それともなにか気になることがあるだけなのか。どちらにせよ、戌井がいないか確認しなければ。


 レンガ造りの壁で挟まれた道を進んでいくと、少しスペースのある場所に出た。建物の隙間から太陽の光が差し込み、小さな噴水がある。その噴水の縁に座った戌井がいた。


 戌井の回りには猫がたくさんいて、膝にも猫が乗っている。猫。猫。猫だらけ。戌井、君やっぱり猫?なんてバカな考えが一瞬だけ浮かんだが、それもすぐに振り払った。


 戌井はこちらに気がついていない。僕に気づくこともなく、膝に乗る猫の背を撫で付け……猫と会話してる。


「なぁー」


「にゃー」


 猫好きにたまにある、猫と会話するやつだろう。猫に癒されにでも来ていたのか。


 そう考えて声をかけよとしたのも、戌井の表情を見て、喉になにかつまったような、そんな感覚に陥り言葉は出てこなかった。


 戌井の猫に向ける笑みは、いつのものとは違う。いつもの子供のような笑みとは違う。どこか、大人が自分の子供に向けるような、そんな笑みだ。


「……」


「ふうむ。そうか、そうか。君らも知らんか」


 ……見なかったことにして、表に戻るか。


 足を動かそうとしたところでえ見たことのある影が。さっきの仔猫がいた。


「……」


 丸く黄色い瞳が僕を見上げる。僕はどうすればいいかわからず、仔猫を見つめ返した。


「みぃ」


 一声鳴いて仔猫は戌井の元へ走っていく。思わず目で追いかけてしまう。


「あ……」


 仔猫を目で追いかけていくと戌井と目があった。


「篠野部?」


「い、戌井」


 どうしよう。とてつもなく気まずい。なんか、ダメなものを見てしまったような感覚がする。


「ああ、探しに来る前に帰るつもりだったんだけど。ごめんよお、猫と戯れてた」


「そ、おか」


「うん。ほら。私、帰るから皆も帰りな」


 その言葉に返事するように猫の鳴き声の大合唱。蜘蛛の子を散らすよに猫達はあちこちに向かって行く、それぞれが家に帰るようだ。そのさまはまるで戌井の言葉が通じてるようだった。


 戌井は砂ぼこりを払うように、猫の毛がついた服を叩いていた。


「ふう、篠野部」


「……なんだ?」


「いいもの見せてあげるよ」


 そう言い出した戌井は僕が気他方向とは反対の方向に歩き出す。慌てて追いかける。またどこかに消えられたら、今度こそ見つけられない気がする。


「どこに行くんだ?」


「アストロ方面の大通りだよ」


「王都の?」


 王都は魔法学校があるが今の僕らのいける場所ではない。その方面にある用事なんてここと辺り無い、イベントがあるという話も聞いたこともない。


 戌井は迷うことなく進んでいく。道すがら猫がちらほらといる。まるで目印みたいに。


 進んでいくと光がさした。薄暗い路地裏を抜けて大通りについたらしい。大通りにはちらほらと人が集まっていた。


「何が起こるんだ?」


「凱旋だよ」


「凱旋?」


 近くで戦争かなにか、なにかあったのか。そんな話は聞いてないし、話がはいってこないはずもない。


 何が来るのかと心構えをして見れば、馬の脚音と市民の歓声が聞こえてきた。


「私たちが来るよりも前に、お国の軍人さん達がドラゴン退治に出てたらしい。長い間帰ってこないもんで皆死んだと思われていたが、それが帰ってきて大盛り上がり……そんな感じかな」


「……いったいどこから」


「企業秘密。前見て、顔は覚えといて損はないと思うよ」


 戌井に促され、ボロボロの軍人達をみる。本当にボロボロだ。その軍人の中に一際目立つ髪をした男がいた。


「あれは……」


「誰だろ。きれいな髪の人」


 戌井と僕が幼稚な感想を溢していると、年の近そうな少女がバッとこちらを見た。


「あなた達、あのお方の事知らないの!?」


「え?ま、まあ、最近こっちの方に来たばっかりだから」


「いや!それでも世間知らずって思われても仕方ないわよ!?」


 そこまで有名だったか。この子の反応からするに悪い意味ではなさそうだけれど。


「あのお方はヘラクレス・アリス様。名門一族の出で剣の腕前は天才級、しかも美男子!若い子中心にとても人気よ!ああ、帰ってきてくれて良かった!」


 少女のあまりの勢いに引き気味になる。


 まばらだった人が増え出した。人から人づたいに話が広がって言ったのだろう。見知った人、常連もきている。


「ヘラクレス・アリス、ね。年が近そうだね。話をするならあの子かな?」


「王都のことや学校のことを聞くのか?」


「正解。この国の人とは断定できてないけど、やりそうな人を絞っとくのも良くない?」


「そうだな。機会があれば、聞くとしようか」


「あとは飲み屋だね。酒をのんだ人間は総じて口が軽くなりやすい」


「……」


 なんでそんなこと当たり前のように知識にはいってるんだ?


「居酒屋のバイトだったもので」


「そう言うことか」


 はあ、今日も戌井に振り回された。

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