16 ぐちゃぐちゃ
カルタ視点
本物の太陽なような人間は、どこにでも存在するわけではない。
仮にそう見えたとしても影でいじめに荷担していたり、何かしらのおこぼれを欲してハイエナのような行動をしていたり、裏では人のことをバカにしていたり、そういう人間の方が多い。
紛い物の方が多い。それに引き換え、戌井永華は正真正銘の太陽のような人間だ。少なくとも、今はそう思っている。
裏表はなく、優しく強か、よく笑う。少なくとも回りの空気に影響を与えるタイプだ。
……親に愛されてそだったんだろう。
椅子に座って、ノートに書き込み考察を続けていると外から騒がしい声が聞こえてきた。
何故か視線が窓の方に向いてしまう。なぜ、用もないのに外を見たんだろうか。
昼食を食べたあと、いつの間に雨が止んでいることに気づいたナノンと永華は中庭にて鬼ごっこをして遊んでおり、近くには二人を微笑ましそうに見ているイルゼがいた。
「ナノンちゃん捕まえちゃうぞおー!」
「きゃあー!!」
窓から見える光景はどこにでもあるものだろう、仲良く遊ぶ二人は姉妹のようにも見えしイルゼもいれれば親子にも見えるだろう。ただ、その光景はカルタにとって特別で忌々しいものだった。
「呑気なやつ」
忌々しげに一人吐き捨てる。
僕は彼女たちが苦手だ、特に戌井は苦手でありながら特別視している。苦手だと思っているのも、特別視しているのも、僕の醜い心によるものだ。
「早く帰りたい」
前のまま、彼女にほとんど関わらずに遠くから見ているだけの世界に戻りたい。
一体、いつになれば帰れるのだろうか。存外、直ぐに帰れたりして……なんて、都合がよすぎるか。
ノックが三回、冷たく静かな部屋に響く。カルタはチラッと扉の方を見ると、すぐにノートへ視線を戻し片付けだした。これを他人に見られっるのは不味いと判断したのだ。
片付けを終えたところで、扉へ声をかけた。
「どうぞ」
「失礼するわね」
入ってきたのはイザベラさんだった。なんのようなのかはわからないが、またお使いだろうか。
「カルタくん、ちゃんと休めているかしら?」
「ええ」
「そう?あまり顔色がよくないようだけれど」
「そう、ですか?」
様子を見にきただけなのだろうか。自覚症状はないが風邪でもひいたのだろうか、当分は気を付けるべきだな。
「ええ、ナノンが元気がないといっていたから見にきたのよ」
これは、呼びにきた時の対応ミスを体調不良と誤認されたか。
「ああ、体調が悪いと言うよりは……別のなにかがあったり?」
「……いえ、違いますよ。特に何かあった覚えはあありませんしね」
何で……いや、ただの偶然だ。
「それ、何かあったって言っているようなものよ」
「……あ」
しまった、言葉選びを間違えたか。適当に不安だと言っておけばよかったな。
「いきなり見知らぬ土地に放り出されているのだもの、あなた達も気丈に振る舞っているようだけれども不安なのでしょう?私でよければ聞くわよ?」
慈愛の微笑みだ。何でそんなものを、家族でも何でもない僕に向けてくるのだろうか。戌井も戌井だ、あいつも僕に美しい笑顔を向けてくる。
……ああ、腹の奥からなにかが溢れそうになる。
「……」
「私はなにも聞いてないわ。あなたが今から話すことは、全て独り言よ」
独り言……。
少しなら、腹のなかで溢れそうなものをこぼしてもいいかもしれない。そう思いはした、でも、それでも僕は他人に本音を話すのは愚行としか思えないかった。
「大丈夫ですよ、イザベラさん。僕のことは気にしないでください」
「……わかったわ。なにかあれば、私でも旦那でも、誰でもいいから言いなさいね、それじゃあ、私はリビングで縫い物をしておくわ」
「ええ」
イザベラさんは僕の嘘に乗ってくれた。これは感謝しなければ。
軽い音と共にイザベラさんが扉の向こうに姿を消す。それを横目に、椅子に深く座り込んで天井を仰ぎ見た。
戌井とナノンの声が頭に響いていくる。あんなふうに過ごしたの、いつまでだったっけか。
「これは、僕の醜い嫉妬なんだ。誰も悪くない、僕が悪い。好ましいよりも、嫉妬が先行するんだ」
ああ、自覚しているとも。醜く、薄汚い感情が止まらない。溢れ上がって、煮え立つ。
「家族に愛されている君が、明るい君が、素直な君が、強かな君が……恨めしい、怨めしい」
いつか、これを戌井にぶつけたとき、僕は彼女に嫌われてしまうだろうか。そうなれば僕はもうダメなんだろう。きっと、あの人にも見捨てられてしまうだろう……。
あの冷たい目が、僕を見る。そんな光景を幻視した。途端に寒々しくなる、体が震える。
__ガツンッ!!__
カルタは額を強く、机に打ち付けた。少ししてムクリと動いて、窓の方向を向いた。カルタのその目にはなにも写していない、ただただ暗い目だ。
「震え……止まったか」
暗い瞳は変わらず、腕を持ち上げて震えているかの確認した。確認した途端、ダランとぶら下がる。
「さむい……」
僕のこぼした言葉は誰にも届かない、だって僕自身が拒絶したんだから。
カルタはムクリと起き上がり、イザベラが来る前に片付けていたノートと筆記用具を取り出した。そのまま無言でガリガリと文字を書き連ねている。
__
僕らがここにきた原因は十中八九、あの赤い陣……いや、魔方陣は異世界召喚魔法で確定だろう。
その魔方陣を発動させられるのは力の強いものらしい、それならば先程かいた力の強いものか権力者の犯行だろう。
僕と戌井の違い、声が聞こえたか否か。その声が懸念の一つだ。僕を呼んだものとは別で、その声の主が戌井を呼んだのならばその目的はわからないが場所を考えるとろくでもない理由だろう。
__
そこまで書き込んで、ページを破りとる。
「……複数犯は、さすがに考えすぎだな」
グシャグシャに丸めてゴミ箱に投げ込む。
書き込むのを止めるとすぐに嫉妬がじわじわと沸いてくる。さっきまで誰もいない空間に嫉妬心を吐露していたんだから、無理もないかもしれない。一度吐き出したら当分は止まらない。
全くもって自分が嫌になる、嫌いになる。
「はあ、頭のなかがぐちゃぐちゃだ」
一度息を吐いて、窓の外の戌井を眺める。
「僕が彼女と話すのは、情報のため。誰かの声を聞いた、リコスという魔道師に接触した、情報源といっても言い彼女から、情報を得るため」
そうやって自分に言い聞かせて、嫉妬心をぶつけようとする自分を止める。
「リコス、フレイア・ファウスト、ダバリア帝国、カインツ、召喚魔法、謎の声」
とりあえずなぞを並び立ててみた。それでわかったことがあるが、ほとんど戌井が持ってきた情報だ。僕も何かしなければ。
「一番の懸念、書いたとおりに謎の声。君にいったいなにが起こっているって言うんだ」
君に死なれると困る、情報が得られなくなるからな。なるべく早めに声の正体がわかるといいんだがな。
「その頃になれば、君への苦手意識がなくなっているといいけれど」
君と友人なれれば、目を合わせてくれるかな。いいや、君と目を合わせるのはダメだ。これ以上僕の頭がぐちゃぐちゃになるなんて、到底耐えられる気がしない。
耐えられたとしてもこの嫉妬心は増すばかりだろう。
ああ、どうか。どうか、僕を……。
わすれないで。
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