お狐様、再びの奈良へ4

「さて、問題は……じゃ。目的が何であったか、じゃの」

「あー、そうですね。紫苑さんの政略結婚が目的だったわけでもないでしょうし」

「うむ。奈良の先程までの状況を見れば、裏から支配するというのも違うと分かったしのう」


 そう、そこが問題だ。【書を持つ者】とやらが何を企んでいたのか?

 イナリの言う通り、「奈良を裏から支配する」というのは違うと分かった。

 何故ならば、恐らくは計画の最終段階だろう場所に到るにあたって、奈良の人々の扱いが明らかすぎるほどに変わっていたからだ。

 平たく言うと雑。もうどうでもいいとすら思えるほどの機械的反応に終始する住人たちと、一部のまだ「正気」を保った者たち。思考の向きを操られているという点では誤差に過ぎないが、つまるところ最低限の注意しか奈良の住人に払わなくなったということである。

 であれば、奈良の住人の思考を操るのは「過程」でしかなかったということになる。

 では、【書を持つ者】の目的は? 紫苑を奈良に呼んだのは計画の内だったのかどうか?


「……どう思います? イナリさん。紫苑さんが目的だったという可能性は?」

「さて、のう。紫苑に難事あれば儂がついてくる、と分かっていたかどうか」


 分かっていないはずがない、とは言えない。たとえばこれがエリやヒカルであれば顔が売れているのでいくらでも外部から情報収集できる。

 しかし、たとえば人間嫌いでほぼ日本本部に引きこもっている月子や、メディアに顔を出さない「知られざるランカー」である紫苑の交友関係などというものが、覚醒者協会以外に知られているはずもない。

 勿論、奈良支部の人間の思考も操っていただろうから、そちら方面から情報も取得できただろうが、それだって直前の話だろう。

 とすれば、そこは偶然。その後の妨害も考えれば、イナリが奈良に来たのは計算外……もっと言えば、自由意思を許していたが故の偶発的事故、といえるのではないだろうか?

 それでもあの「封印」のように安全装置も仕込んでいたのだろう。恐らくだが、計画が完遂するまで閉じ込めておけばいい程度のものであったに違いない。それでもこうなった。つまり、それは。


「恐らくアレにとっては全て偶然。それを楽しむ余裕を持っていたが、計画の最終段階に到っての『計算外』の事態に焦りが出た……そんなところじゃろうの」

「んー……?」

「うむ?」


 首を傾げるエリに、イナリは問いかけるが……エリは「むむう……」と唸ると腕を組み指でトントンと何かを悩むような様子を見せる。


「そんな状況でノコノコと現れた……ってことは。余程イナリさんを警戒していたってことですよね?」

「そうなるのう」

「そんな状況でノコノコ出てきた……」


 別におかしくはない。実際出てきて、システムも「倒した」と認定して、【書を持つ者】の作った仕組みが崩壊しているとも認定した。であれば、倒したということになる。

 しかし、なんというか。あの【書を持つ者】が今そこで倒れている男にとりついたときの、その反応が。


「なんかこう、時間稼ぎ的っていうか……妙に余裕ぶってた気がしません?」

「……ふむ。やはりそう思うかの?」

「やはり、ってことは」

「うむ。儂もそこが気になってのう。アツアゲを向かわせておる」

「あ、居ないと思ったら」

「ノジャ」

「……ところでコレはいつまでいるのかのう?」

「万が一を考えてコストを70くらい使ったんで、まだしばらくはいると思いますけど」

「ノジャ」

「うむ……そうか……」


 ノイズイナリを見てなんとも言い難い顔をしているイナリだが、まあ今回の立役者の1人ではある。


「ところで向かわせたっていうのは……やっぱり?」

「そうじゃ。奈良第1ダンジョンじゃよ」


 前回奈良に来たとき、予約がいっぱいで探索出来なかったダンジョン。怪しい場所はそこくらいしかない。

 まあ、本来であればアツアゲが入っていくのは不可能だろうが……小さくなれるアツアゲであればどうにかなると期待しての派遣であった。

 そして今、奈良第1ダンジョン前ではアツアゲが丁度、倒れているゲート監視の職員たちをじっと眺めていた。

 何故彼等が倒れているのかはアツアゲには分からない。なんか「黒幕がいるかもしれない」と聞いているので、そっち関連なのかもしれない。しれないが……アツアゲとしては、比較的どうでもいい。

 今大切なのは、ダンジョンゲートまでの道が監視もなくがら空きだということだ。

 倒れた職員をそのままに……いや、ちょっと考えてうつぶせになっている職員をゴロンと仰向けに転がしておくと、アツアゲはそのままダンジョンゲートの中へと入っていく。

 別に倒せとも言われていないし何か異常を見つけたら帰ってこいとも言われているし、後で追うとも言われているけども。それを素直に聞くかどうかは……アツアゲ次第である。

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