お狐様、予想を軽く飛び越える

 イナリがダンジョンに入った後、赤井はダンジョンの隔離区域前でクラン「フォックスフォン」のマスターとしてマスコミを前に会見中だった。


「……と、このように万全のサポート体制の下に今回のダンジョンを攻略中です。安心して普段通りの生活をして頂くようにお願いいたします」

「中央テレビの韮崎です。今回ダンジョンに挑戦されている『狐神イナリ』さんはフォックスフォンの秘蔵っ子と伺っていますが、具体的にどのような方なのでしょうか?」

「詳しいプロフィールは本人希望により非公開です」

「実は新人だという情報も入っていますが」

「活動期間が実力と比例するわけではないのはよくご存じと思われます。彼女に関してもそうであるということです」


 とにかくイナリのことを探ろうとするマスコミの質問を躱していると、赤井の下に慌てたように1人の覚醒者が走ってくる。そうして囁く内容に、赤井もギョッとしてしまう。


「えっ、あ……本当?」

「はい、つい先程」


 それを聞くと、赤井はマスコミへと真正面からキリッとした表情を見せる。

 もうこんなところでグダグダと会見をしている暇はない。だからこそ、一言で終わらせるつもりだった。


「本日発生したダンジョンですが、たった今クリアに伴う消滅を確認しました。これに伴い臨時ダンジョンであると確定し、秋葉原の安全が確保されたことをお知らせいたします。では、私は事後処理がありますのでこれにて」

「あ、待ってください赤井さん!」

「この驚異の攻略速度について……!」


 聞かれたって答えられるはずもない。赤井だってこんなに凄まじい速度で攻略してくるというのは想定外なのだ。覚醒者協会から強いとは聞いていたが、此処まで強いとは聞いていなかった。


(凄く簡単なダンジョンだったとしても、この速度は速すぎる……! いえ、でも逆に考えれば、それほどの相手と私たちは組めた。それは今後の大きい利益になるわ……!)


 強い覚醒者がいるというのは、それだけでクランの立場を強くする。今回は簡単だったのかもしれないが、今後東京第1ダンジョンのクリアすら可能かもしれない。

 そんな未来を考え微笑んだ赤井は……イナリの前の机に丁寧に置かれていた大きな珠を見てギョッとする。


「おお、赤井ではないか。何やらてれびの相手をしていたとか」

「そ、そそそそ……!」

「蘇我馬子?」

「ではなく! そ、その珠は……もしかしてアメイヴァの核ですか!? そんな大きな……え、狐神さん。貴方一体何を倒してきたんですか?」

「何って言われてものう。あめいばろおど、らしいぞ?」

「アメイヴァロオオオドオオオオオ!? え、アメイヴァって、あの寄生型モンスターの……ロード級を!? そんなの世界を見渡しても討伐記録がありませんよ!? そんなのを、え? この時間で?」

「うむ」

「あの、ちなみにどんなダンジョンだったんでしょう?」


 その後、説明を聞いた赤井はぐったりと用意された椅子に座り込んでいた。

 入るなり海に落とされる初期転送に、海の中から襲ってくるマーマンの群れ。救いのように現れた幽霊船……に偽装した、船そのものが罠で腹の中な、大型帆船に寄生したアメイヴァロード。

 1つだけでも……というか転送された瞬間に全滅しかねない罠、そこを生き残ってなお全滅必至なボスの罠。どうしようもないくらいに初見殺しだ。ハッキリ言って、赤井を含む「フォックスフォン」のどのメンバーが行っても死んでいただろうし、準備すればするほど死にやすくなる悪夢のようなダンジョンだ。臨時ダンジョンで本当に良かったとしか言えない。こんなものが固定ダンジョンになっても、大規模攻略の担当をしてくれるクランがいるとも思えない。まあ、それに関してはイナリがクリアしてくれたので頭を悩ませる必要はない。ない、のだが。


(影響力が大きすぎる……! これをそのまま発表したら大騒ぎじゃすまないわよ……! 幾らなんでもアメイヴァロード……!? それも核がドロップ!?)


 赤井が鑑定していた覚醒者に視線を向ければ、その覚醒者も冷や汗をダラダラ流しながら「アメイヴァロードの核です……」と頷く。それに赤井はフッといい笑顔で頷き返して。


「……ま、いいか。どうせ10大ギルドとやり合うのは織り込み済みでしたし。もうちょっと時間は欲しかったですが……」

「何やら黄昏とるのう」

「ハハハ……いえ、ちょっと狐神さんが事前の想定より凄くて。いえ、良いことなんですけれども」

「おお、そうじゃったか。と、そういえばコレもあったんじゃったな」


 言いながら、イナリは机の上に置いていた報酬箱を持ち上げる。

 おそらくアメイヴァをイメージしていると思われるデフォルメキャラが描かれた最悪に可愛くない包み紙の箱を見て、赤井は鑑定役に再び視線を向ける。


「えーと……『アメイヴァの報酬箱』らしいです」

「何ですか、その報酬箱……聞いたことないんですけど」

「称えられるべき業績とかいうやつの成果らしいのう。どれどれ……」


 イナリが箱を開けると、中から飛び出してきたもの。

 それはアメイヴァロードの核が霞んでしまうほどに世間を揺るがす、そんな物であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る