第3話 ■■Not him■■

 ――その翌日。

 私は今、約束の時刻に神父様の部屋のソファに座ってる。


「ミルクでも飲みながら話そう」

 神父様がそう言って、コップにミルクを注いで目の前においてくれた。


「ありがとう、神父様」

「そんなに緊張しないで。何もお説教するわけじゃないから」


 にこやかに優しい声で話してくれるけど、私は気が気じゃなくて、思いきり前のめりになって口を開いた。


「神父様、私……王都には行きたくないです!!! ……いえ、行ってもいいですけど、ブラウニーとは離れたくないんです!!」


 しーん。

 数秒、間があった後。


「……プラム」

「はい!」

「君は僕とキスでもするつもりかい? 顔が近すぎるよ」


 ドアップの神父様が口元を抑えて笑いを堪えてるのがわかった。

 彼の青い瞳に涙がにじんでる。

 そんな笑うところ!?


「あ、ああ。すいません……」

 私は真剣なのに……と思いつつ、背もたれまで体制を引いた。


「危ない危ない、密室で君みたいな幼な子とキスしちゃったら神父から犯罪者になってしまうよ。まあ、落ち着きなさい。そして僕の話をまず聞きなさい」


「……はい」

 私はミルクを頂くことにした。ずずず。


「……僕はね、王都に知られるのを嫌がってる君のことを今のところは報告しないよ。

12歳までは他の子たちと同じ扱いをするつもりだ。なに、王都への報告なんて、こんな田舎じゃなんとでもなる。王都にまで君の噂が届いたりしなければ、だけどね。」


「神父様……」

 私は胸がいっぱいになった。


「……ほら、涙を拭いて。うまく隠し通せた場合は、12歳になって教会を出てった後に力に覚醒したとしてくれるなら、僕も助かるかな。……だいたい、報告するつもりがあるなら、君のその自己再生をみた時点で報告してるよ」

 私のあふれた涙をハンカチで受け止めた神父様は、苦笑している。

 なんでこの人はこんなに優しいんだろう。



「私、この教会に……神父様に拾われてよかった……! ありがとうございます!」

 ネーミングセンス最悪とか思っててごめんなさい!


「ははは、もちろんだよ。教会の子はみんな僕の大事な子供たちだよ。してあげられる事は限られるけど、できることなら助力は惜しまないよ。親だもの」


 神父様の手が私の肩をぽんぽん、とたたいた後、私の涙を拭った。

 ああ、ホントやさしい、神父様大好き、神父様最高、と泣いてしまって言葉にできないから頭の中で讃えていたのだけれど……。



「でもね……」


「……?」 

 急に周りの気温が下がった気がした。



「……これは親切で言うんだけどね。ブラウニーと一緒っていうのは、……諦めたほうがいい」


 神父様の目が笑ってない。


「え……どうして?」

 一瞬にして場が凍る。



「そんなルート、見つからないから……かな」

「る、るーと? なんですか? それ」



 なんだろう、いつもの神父様じゃない、違う人みたい……。



「ああ、今のは忘れて。

 でもね、プラム。君は強い力をもっているからブラウニーと添い遂げる運命を作って引き込んでしまうかもしれない。

僕は知ってるんだけど……もともと君と彼とはそういう縁がない、といえばわかるかな。

つまり縁がないのに無理にそういう運命を引き込むと、なにかしら良くない影響が起きるかもしれない……たとえば、彼が命を落としてしまう、とか。……本来彼が添い遂げる予定の女性から奪ってしまう結果になるとかね」


「大体、君という強い存在の相手をするには彼は弱すぎるんだよ。耐えられない。君は君の運命に耐えうる人間関係を構築すべきだ。うん、ごめんね、言葉が難しいね」


 私は震えていた。



 神父様の態度が怖い、言ってることも怖い。

 私といるとブラウニーが死ぬ? ……何、それ。



「神父様……、神父様が何を仰ってるかわかりません……が、私は、ブラウニーとは絶対……一緒が」


 他の女性って何? 私じゃ駄目ってこと? なんで? どうして、そんなことを知ってるの?

 聞きたいのに言葉がでてこない。

 寒い……。部屋がひんやりしてる。


「だめだっていってるだろう? あの子は君の運命でもないのに、なかなか賢いし容姿も良い。度胸もある。

君が"間違える"のも無理はない。僕としても本当に惜しい。けど駄目なんだよね」


 神父さまがため息をつく。

 怖い、こんな神父様初めて見た。


 私が何も答えられずにいると、しばらくして、彼のほうが口を開いた。


「今日はここまでにしよう。本当はまだ、魔法や運命を絡めた話をするつもりじゃなかったんだけどね。

君が昨日使った力を見て時期を早めたんだ。今までは、自動回復能力しかなかったから……いや、羨ましいな。

僕にはないんだよ、自動回復。さすがプラムだね」


「神父様には……ないのですか?」


 そういえばチビたちが怪我したときに治癒の魔法は使われていたはずだけれど。


「ないね。僕と君では聖属性の才能が根源から大幅に差があると思う」

 そう言いながら、近くの棚から曇りのない水晶玉を出してきた。


 なんだろうこれ。


 神父様はご自分は何やら黒い手袋をしながら――


「いまの君の魔力を測定してみよう。触れてごらん?」


 了承する間もなく、私の手をとって指先を水晶玉に触れさせた。

 水晶玉が白く強く光る。


「すごい輝きですね……でもあんまり眩しくない?」

「太陽の光とはまた違うし、目眩ましの魔法でもないからね。でもね、こんな強い光は誰もが出せるものじゃないんだ……素晴らしいね、プラム。これが君の魔力保有量と属性を示しているんだ」


「この輝きはね、君はまさに『聖女』になるべき魔力を有してる。君の聖属性の才能はまさに底なしさ。

 今のままでは開花しないとおもうけれどね。……おっと、これ以上は水晶玉が割れちゃうかもしれないね」


 神父様は私の手を水晶玉から離した。


「せいじょ……」

 まるで物語の話をされているようだ。ピンとこない。


「難しい話をしてしまったね。すぐには理解は難しいよね。……そしてブラウニーと君では釣り合わないってことも」


 私は何も答えなかった。

 釣り合うってなんだろう……。

 人を好きになるってことに『釣り合い』なんて必要なの?


「君はこれから僕との個人レッスンを増やすよ。力の扱い方の練習をしていこう。冒険者ギルドに行くと、君の力がバレてしまうからね。勝手に決めるって思うかもしれないけど、必要なことなんだよ」


「……」


「……もう帰っていいよ。でもこの話はブラウニーにも誰にも喋っちゃいけないよ? わかるよね?」


 私は頷いて、お辞儀をし、無言で部屋をでた。




※※※




 部屋を出た後、一人になりたくなって、こっそり近くの森に入った。


 ブラウニーのことを諦めろっていわれたことが、絶対な信頼を寄せていた神父様のどこか怖い一面を見てしまったことがショック過ぎて、一人で泣きたかった。



 神様、神様聞いてくれますか。

 辛いです。助けてください。

 ブラウニーと一緒にいたいです。

 でもブラウニーが死ぬなんていやです。

 お願い、助けて……。


 泣きながら、祈りを捧げた。


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