justice or genocide 〜正義、もしくは怨讐〜

 リトル・ロフト。

 人口が集中しているビル街の中、とあるビルとビルの間にガラクタで構成されたスラム街が伸びている。

“フィルシィロータス”。

 シティの中で違法薬物や人身売買、武器密輸などが横行する危険区域。


 さまざまな暴力団やマフィアが息を潜め、帰る家のない子供達が合成ドラッグでオーバードーズをキメている。

 表の世界では存在できない裏の住人の集い。

 悪の巣窟とも言えるその場所に、彼は踏み込んでいた。


『ユウキ、囲まれてるよ』

“A”の声と同時に動きを停止させる。

「敵討ち……という訳か」

 辺りを見回すとジャンク品の銃を携えたチンピラ達がいる。

 ざっと数えて100……いや、それ以上がブラックブレイズを討つために集ったのか。

「お前が……お前が鮫竜組を壊したのか!!」

「俺たちの居場所を奪いやがって!!」

「死にやがれ!!」「殺してやる!!」さまざまな罵倒と銃口がブラックブレイズに向けられる。


 だが、当の本人はパルスブレードを取り出して光刃を伸ばす。

 黒い装甲に翠の光が反射して、煌いている。


「群れる事でしか生きる事ができないか。無調法の小者どもが」

 ざわつく、怯える、銃を構えた腕が震える。

 ブラックブレイズを囲んでいたチンピラ達は、恐れをなしていた。

「いくら群衆といえどお前達は、裁かれるべき悪だ」


 汐留ユウキは———ブラックブレイズは今日も正義を執行する。


 ——消える。

 ざわつくチンピラ達。

「どこだ!?」

「見つけろ!!」

 チンピラ共は躍起になって、怨敵を探しだす。

 戦う相手ですらないと捉えたのか、怒り心頭に発していた。

 だが、その雄叫びはすぐに悲鳴へと変わる。

 その時には既に身体を焼き斬られた死体が散らばっていたのだ。


「な、何が起きてやがる!?」

 次々とチンピラ達の身体がパルスブレードによって切断されていく。焦げたような匂いが辺りに広がる。

「なんて事はない。ただ群れているだけのお前達より俺の方が遥かに強かっただけだ」

「そ、そんな事は……!!」

「あるんだよ」


 一閃。身体が縦に両断され、左右に割られていく。

 ブラックブレイズが次の標的を見据えた、その時。


 爆風と共に顔に強い衝撃がブラックブレイズを襲う。

 死角からの一撃はブラックブレイズを爆炎に包み込んだ。


 大男の持ったバズーカから白い煙が上がっている。

「はは……やったぞ!!」

「顔面直撃だ!!」

「ざまぁみやがれ!!」

 ゲラゲラと品のない笑い声が響き渡る。


 しかし舞い上がる煙の中、首を吹っ飛ばされたブラックブレイズは崩れ落ちる事なく、その場に立っている。

「なるほど、仲間の大群に気を取られている隙にバズーカの一撃を撃ち込む……悪くない動きだ。……だが」

 翠色の閃光が煙を薙ぐ。

「それは俺が立っていなければの話だ」


 煙が晴れるとそこには、マスクの剥がれたブラックブレイズがいた。

 その素顔は完全に剥がれ落ち、骨が見えている。

 いや、骨ではない。

 あれはどう見ても鉄だった。鉄で構成された黒い骸骨であった。

「な、なんだよお前……企業の兵器か?」

 慄くモヒカンのチンピラにギラリと液晶レンズの瞳で睨め付ける。


「俺は、兵器ではない」

 鋼鉄の髑髏を覆うように蠢いていく肌。

 徐々に元の人間らしい顔へと再生されていく。

「ただの、正義のヒーローだ」


 ——消える。


 眩ゆい翡翠の残光を引いてバズーカを持った大男へと襲いかかる。

 輝くパルスブレードを斜めに斬り上げ、大男の身体を引き裂く。

 次いで、モヒカン男の周囲の人間を斬り伏せていく。

 反撃の余地などない。ジャンク品の銃など鋼鉄で出来た身体を前にすれば無力。


 斬撃、悲鳴、斬撃、悲鳴……

 翡翠の光は明滅を繰り返し、スラム街を照らしては消える。

 光と音が完全に消えた時には、焼け焦げた肉の臭いと共に大小さまざまな肉片が転がっていた。

 その中に二人。

 ブラックブレイズと、腰を抜かしたモヒカン男。

「ひ、ひぃ……頼む、頼むから殺さないでくれ……」

 モヒカン男は身体を震わせて、怯えた表情でブラックブレイズを見上げている。


「お前たちのような人間は、ただ一人として生かしてはおけない」

「い、嫌だ……助けて……」

 少女のようなか細い命乞い。

 モヒカン男のズボンから何かが漏れている。

「正義の名の下に——死ね」


 翡翠の閃光は横に一本の軌跡を描き、男の首を地面に落とす。


 彼は、ただの正義の味方だ。

 だが、その正義は己のものではなく、また人々の為にもない。

 ただシティの秩序として彼の正義は存在する。


「ユウキ……」

 背後から、ステルス迷彩を解いた“A”が出てくる。

「あなたは、辛くないの?」


 纏った装甲を解除したブラックブレイズ——汐留ユウキは空を見上げる。

 ビルとビルの間から覗き込む月の光は彼を優しく照らす。


「辛くないさ。シティの平和を守る為だから」

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