雨と雷鳴と山霧と君

かずみやゆうき

第1話 プロローグ

 生まれも育ちも鎌倉なんだよね…、そう自慢げに答えている僕は、名を宮里咲楽みやざとさくらという。

 まるで女の子のような名前だが、れっきとした男だ。最初はすごく嫌だった名前も、年を重ねる毎に『まぁ、いいか』と思うようになっているから不思議だ。

 

 海と小高い山に囲まれたこの小さな町はとても居心地が良く、僕は大学を卒業するとすぐ地元に戻ってきた。そして、一年の就職浪人を経て、町役場の契約社員として毎日真面目に働いている。

 正直、友人の多くは、東京で働いている。『都内に住んでしまうともう他ではこんな刺激は得られないよ』と皆口々に言ったけど、そもそも僕にはそんな刺激は必要なかった。ただ、ゆったりとした時間が溢れているここが何より居心地がいいんだ…。


 僕は一年の中でどの季節が好きなんだろう!?

 これまで、何度か考えてみたが、正直どの季節も素晴らしすぎて明確な回答を得ることは出来なかった。

 ただ、やっぱり、6月の初旬に花を咲かせる紫陽花の季節…。シンプルに考えれば、この季節が一番好きだなと僕は思った。


 それにもう一つ理由がある……。

 

 6月の季節が一番好き。

 これからもずっと……。


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 水不足だなんて言っていたのに、6月に入ると長雨が続いた。

 アパートからすぐ近くを流れている神宮川もいつもより少し流れが速くなっている気がする。

 だが、その川沿いに咲いている紫陽花は、雨を浴びて嬉しそうに色とりどりの花を咲かせていることだろう。


 この日も、朝からしとしとと、雨は静かに町へ降り注いだ。

 朝のニュースではこの雨は明後日まで続くらしい…。


 僕は、半透明のビニール傘を開くと、カメラリュックを背負いアパートの急な階段を降りて行く。


「おはよう。咲楽さくら君。雨なのにお出かけなの?」

「おはよう。うん、ちょっと撮影にね」


 僕に話しかけて来たのは、竹下栞奈たけしたかんなさん。僕が住むアパートの大家さんの一人娘だ。現在、大学三年生の彼女は、年上の僕を『君』付けで呼ぶ。まぁ、彼女の方がかなりしっかりしているのだからしょうがない。


「水曜日なのに、休みなんだ」

「そうなんだよ。この前の土曜日の代休でね」

「そっか。紫陽花が綺麗だし良かったじゃない。良い写真が撮れたらいいね」

「うん、ありがとう。頑張るよ」


 僕は、ではと右手を軽くあげると、撮影地に向かって歩き出した。


 今日、僕が向かっているのは、妙邦寺みょうほうじという日蓮が鎌倉で最初に草庵を結んだと伝わる古刹だ。

 別名苔寺ともよばれるここ妙邦寺は、その苔むした情景と紫陽花が見事に調和して、この季節は最高の情景を見せてくれる。が、果たしてこの雨の中、上手く撮影が出来るだろうか…。


「拝観料、300円頂戴しますね。はい、このお線香を本殿にお供えしてくださいな。そして、もし良かったらお帰りの際、このノートに一言書いてくださいませ」


 僕は、長く太い火の付いた線香をもらうと本堂に向かって歩いていく。中央にある線香立てに刺し、両手を合わせ「どうか素敵な写真が撮れますように」と祈りを捧げた。


 小雨が降り続く境内を僕は撮影ポイントを探しつつ奥へと歩いて行く。

 流石に、こんな雨の日、しかも平日の早い時間に訪れる人はいないのだろう。僕以外は誰もいないようだ。

 紫陽花がとても綺麗に咲いている。

 この情景を一人占め出来ると思うと僕の心は舞い上がる。


 ファインダーの倍率を上げてピントを雨に濡れた苔の先端に合わせる。

 普通ならば三脚を使うところだが、境内の中は使用が禁止されているので、僕は手持ちで慎重にピントを合わせていく。

 雨に濡れ、濃さを増した苔の深い緑と紫陽花の儚い水色が見事に調和していて自分でも驚くくらい綺麗な写真が数枚撮れた。


 苔の階段は立入禁止になっている。

 僕は、その脇にある細い階段を使って、境内の中腹辺りにある、小さなお堂の方へと登って行った。


 だが、僕がちょうど階段を登り切った時、急に低い雲が辺りを白く染め、細かい雨がさらに山霧を濃く垂れ流す…。

 何かの合図だろうか?今度は雷鳴が轟き始め、眩しい光が僕の方へと向かって落ちて行く。


 僕は、雨脚に負けない様にビニール傘の柄を強く握り直すと慌てて近くの洞窟に逃げ込んだ。

 

 すると目が眩むような眩しい光と共に激しい音と衝撃が僕を襲った。


「ズドドーーン」


 これまで聞いた事が無いくらいの音が、僕の脳天に響き渡る…。

 そして僕は…、意識を失ってしまった。





- - - - - - - - - - - - -


私が大好きなタイムリープを題材にした物語がスタート。

皆様、どうぞよろしくお願い致します!






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