……ず、ズルい
「仕方ないでしょう。今の私の手持ちの魂骸(コンガイ)はそれしかなかったのよ。第一私、基礎教養として魂を仮初の肉体に付与する術は行使できるけど、本来滅多にやらないから」
聞き分けの無い子供を叱る母親の如き口調で、悪びれる様子もなくそう言い放つエルマ。
「いや、でもこれは……せめて人型に!」
「十分人型じゃない。二頭身だけど」
「せめて六頭身はください! いや、出来ればエルマさんみたいな八頭身で!!」
「えっ? それって私の体に入りたいってこと? ヤダ、やっぱり私の体に興味津々じゃない、この変態」
「そうじゃない! ほら、ネクロマンサーと言えば他者の死体を……操って……」
自分で言っていて自然と青褪める程に気分が悪くなってきたので、言葉が段々と尻すぼみになっていく。そんな俺にエルマも「他人の死体になんか入りたいワケ?」と小首を傾げながら尋ねてくるので、俺はガックリと項垂れながら首を小さく横に振った。
「その答えを聞いて安心した。自己満足で手厚く葬られるべき死者の骸を辱めるなんて、唾棄すべき愚行。恥を知らないクズがする悪行だわ。もし君がそんな腐った性根の持ち主だったら、ここから先の話は無し。その魂骸すら回収して、叩き出していたところよ」
「ここから先の話?」
「そう。ここからは、もう少し互いの利益になる建設的な話をしましょうか。それとも何?もしかして、私が慈善事業で君に体を与えたとでも思っていたワケじゃないでしょ?」
「…………えっ? 違うの?」
疑いの無い口調でサラッと答えれば、エルマは椅子の上でズッコケそうになっていた。
「そ、そんなワケないでしょうがっ! 所詮世の中ギブ&テイクで等価交換よ。何かを与えたのなら何かを返し、何かを手に入れるためには何かを差し出さなくてはならない」
「それはまぁ……そうかもしれないけど……でも俺、金なんか持ってないぞ?」
「知っているわよ。というか、見ればわかる。そこで、これ」
先程から黙々と机に向かって認めていたのだろうその紙を、見せびらかすようにして俺の前に差し出してくる。
「…………何これ?」
「契約書」
「契約書ぉ?」
「そう。この契約を受諾して貰う。内容としては、私に協力すること」
「協力? 何の?」
「日常生活もだけど、メインは仕事の協力ね。こう見えても私、冒険者だから」
「……えっ? そうなの?」
諦めかけたこの世界へ来た目的に、予想外の形で縁がつながる。
これには思わず顔がにやけそうになるが、そこをグッとこらえて平静を装う。
「い、意外だなぁ……冒険者とは縁遠そうな感じだけど」
「そう? まあ、色々事情があってね。冒険者以外に、生活の糧を得る手段が無かったの」
「何か、悲壮な響きだな。出来ることならやりたくなかった的な」
「そりゃそうよ。得られるかもわからない大金や名声のために自分の体と命を危険に晒すなんて、狂気の沙汰だわ。出来るなら、今すぐにでも辞めたいくらいよ」
「へ、へぇ……」
苦々しげに顔を顰めて吐き捨てるようにそう言い放つエルマに、俺は苦笑を禁じ得ない。
「でも、生憎そうもいかなくてね。だったらせめて危険度を減らしたいところだけど、ソロで冒険者やっている私には、そんなの期待できる筈もなく」
「……友達、いないんだ? 可哀そうに」
「うっさい! 憐れむな」
「で、危険度緩和のため、俺に協力しろ……と」
「ん? ま、そゆこと」
「でも、俺に出来ることなんてあるか? 俺、二頭身だぞ?」
「二頭身でも、魔法は問題なく使えるでしょ? 風を操るあの魔法、中々見事だったわよ。アカデミー首席卒業の魔法使いでも、あそこまで自在には使いこなせないでしょうね」
ガヴリルから授かったチート能力を試していただけなのだが、どうやら思いがけない高評価。神様チートが凄まじいのか、或いは異世界モノあるあるの「異世界魔法が大したことなかった」というパターンか……まあ、それは追々分かるだろう。
「まあ、そういう訳だから承認よろしく!」
有無を言わさず、俺の眼前に契約書を広げてくるエルマ。その些か以上に強引な話の勧め肩に若干の不快感を覚えた俺は、「うーん……どうしよっかなぁ」と渋る声を漏らす。
「何よ、その煮え切らない態度。不満なの?」
「だって危険なんだろ? それこそ、今日にでも辞めたいと思うほどに」
「それはっ! まあ、そうだけど……」
「そんな危険の対価がこの二頭身ボディって言うのは、割に合わない気がするなぁ」
勿体付けるように、そう言ってやる。するとエルマは頭をガリガリと掻き毟りながら、半ば自棄になった口調で「ああ、もうっ! 分かったわよ!」と叫ぶ。
「なら、君が活躍して冒険者として稼ぎが出来たら、それで体を新調してあげる。六頭身でも、八頭身でも、どんと来いよ! それでどう?」
「よし、分かった! 乗ったぁ!」
一方的に条件を突きつけられての承諾など、足元見られて負けた気がする。
そんな自分でも幼稚だと思うプライドからごねてみたのだが、上手くいった。そうして無事に言質を引き出した俺は、今度は即決で承諾する。
何より、いいように話を持っていかれた悔しさからだろうか。些かムスッとしているエルマの表情もまた、小気味いい。やってやったぜ、ざまあみろ!
「じゃあ、これに承認よろしく」
「はいはーい! ……て、承認ってどうやって?」
「契約書の真ん中に描かれた魔法陣へ、君の魔力を注いでくれればいいわ。流石に、魔力の注ぎ方くらいは分かるわよね?」
「な、なんとなく。とりあえず、やってみるわ」
もふもふの腕を、契約書中央に描かれた一際目立つ魔法陣へと置く。そして目を閉じて、静かに自分の内面へと意識を向けてみた。
大通りでスカート捲りに勤しんだお陰で、魔力の使い方は大方マスター出来ている。無論完我流ではあるが、まあこういうのは使えさえすればよいのだ。
自分の内に神経を集中させて、魔力を練り上げる。そして、腕を通してその魔力を契約書の魔法陣へ注ぎ込む。魔力の生成と放出は完全感覚頼りのため、学術的にはもっと効率的な手法が他にあるかも知れない。だがまあ、そこも追々学んでいくとしようではないか。そうして、魔力を注ぎ込むこと数分。
「OKよ! 契約書に、十分魔力が注がれたわ」
「ふぅ、やっと終わった。じゃあ、これで契約は成立ってことだな?」
「ええ、そういうことね。ホント助かったわ……こんな契約書を承諾してくれるなんて」
「……………………えっ?」
凄みのある邪悪な笑みを湛え、極寒の声音でそう言い放つエルマ。
そのゾワゾワッとする迫力を前に、俺は自然と総毛立つ。いや、比喩ではなくて実際に。このもふもふボディ、意外と芸か細かいな――等と現実逃避している場合ではなかった。
「あとはこの契約書に私の魔力を注ぎ込んで、こうすれば……」
エルマがほんの僅かな魔力を注ぎ込んだ瞬間、契約書は独りでに点火されて燃え上がる。
その燃えカスは瞬く間に俺の体へと纏わりつくと、もふもふボディのど真ん中――丁度胸の辺りへ集結。そして最後には、奇妙な幾何学模様を描いて焼き印の如く刻み付けられた。
「な、何これ? えっ? 消えないっ!?」
ゴシゴシとその印を擦ってみても、消えるどころか滲む気配すらない。
それでもなお必死に擦り続けていると、エルマの邪悪な高笑いが響く。
「バカねぇ、内容のよくわからない契約書をホイホイ承諾なんかしちゃって」
「ど、どういうことだ? というか、これは何だ?」
「それは【隷属印】って言ってね、主従関係の存在を証明する印なの。それがある限り、君は私に逆らえない。私の意のままに動き、私のために尽くすことになる」
「――なっ!? だ、騙したのか?」
「文盲みたいだったし、騙すのは容易かったわ。まあ、ここまで上手く事が運ぶとは思ってなかったけどね。それにしても、ここまで簡単に騙されるとは……どうやら、随分と恵まれた人生を歩んできたようね。馬鹿正直で相当なお人好しで、助かったわ」
「ぐっ!? この……この野郎っ!」
憤りのまま、エルマに一発叩き込んでやろうと跳躍。そのまま澄ました顔面目掛けて拳を突き出す。だが――
「逸れろ」
「……!? あ、アレ? ふぎゃっ!」
突然俺の体が不自然な軌道を描いてエルマを避け、そのまま彼女の背後の壁へ顔面から突っ込んでしまう。鼻面に走る激痛を噛み締めながらズリズリ壁を滑り落ち、最後には床へと落下していく。
「痛っ……えっ? 何これ? どうなってんの?」
「言ったでしょ? 私には逆らえないって。今の君は私の命令には逆らえないし、私に害意を持って魔法を発動することは絶対に不可能って制約を契約の段階で施しておいたわ」
「……何……だと?」
「信じたくないとは思うけど、これが現実。そしてその契約は、私が死なない限り有効。契約自体魂まで束縛する術式にしたから、その魂骸を捨てて魂だけに戻っても無駄。尤も、最初から魂だけの存在ならば契約なんか結べないから、そんな目には遭わなかったけどね」
「……てめぇ!? 最初からこの契約を結ばせるためにこんなふざけた体に?」
「その通り。上手い話と他人の親切には裏があるってよく言うでしょ? まあ、それ以外に魂骸の持ち合わせがないっていうのはホントよ。あ~ぁ、怖い顔しちゃって……恨むなら、私じゃなくて迂闊な自分を恨みなさいな。ねえ、甘ちゃん君」
腹立たしい主張ではあったが、同時にぐうの音も出ない正論なのは認めざるを得ない。
確かに俺はこの世界では完璧な文盲で、そうでなくともポーズだけでも契約書の内容を隅から隅まで読むようなこともしなかった。
長ったらしい契約書を読まなくとも大きな問題になることが少なく、加えて消費者保護の観点からやクーリングオフなどの制度で限定的にでも契約解除が保証されているという、至れり尽くせりな日本感覚が完全に仇となった。
そうだ。ここは文明社会の日本ではなく異世界であり、如何に魔法が発達していようが高度な社会制度が構築された便利で負担の少ない社会ではないのだから守るべき常識が違う。そんな当然の認識が、完全に抜け落ちていた。己が間抜けさを、悔やんでも悔やみきれない。
「まあ、そう悲観しなくても大丈夫よ。見ての通り、私は慈愛の精神が服を着たような優しさと君が思わず見惚れる程の美貌を兼ね備えた理想的なご主人様だからね」
地面に転がる俺をそっと拾い上げ、赤ん坊を抱く要領で優しく抱擁してくる。
そして耳元へそっと顔を近付けると。
「精々可愛がってあげるわよ。私の役に立つ限りは、ずっとね」
小さくも凄みのある声で、そう囁いてくる。
「…………けっ!」
いいように扱われる悔しさに、腸が煮えくりかえりそうになる。
だが、腹を立てたところで意味は無い。既に契約は成立し、解除の術を俺は知らないのだから。故に、今の俺に出来ることと言えば、精々悪態を吐くくらい。
「……何か、思っていた異世界ライフと全然違う」
現状への不満から泣きそうになりつつ、口を尖らせながら小さくそう呟く。
あーあ……こんなのってないだろうがぁあああああああああああああああああっ!?
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