女神様の加護付きだけど魂のみで異世界に転移した俺。強く生きてくださいって、そりゃないでしょ!? そんな俺を救ってくれた、孤独で気が強いネクロマンサーの少女を助けるため、今日も異世界生活頑張ります!

未遠亮

異世界へ行ってきます!

「……はぁ」


 陰の気をこれでもかとふんだんに盛り込んだ、どんよりとした溜息が自然と口を吐く。

 全く、大型連休明けの朝というのは、どうしてこうも気分が重いのか。ああ、一週間前に戻りたい。マジで戻りたい。というか、戻ったまま時が止まってくれ。

 とまあ、そんな詮無いことを取り留めも無く考えていると、電車はいつしか沿線で有数のターミナル駅へと到着。ここで乗り換えなければならない俺は、揉み合いのような激しい人流に乗っかって車両から外へ出る。

 全く、そこまで押さなくてもいいだろうに。そんなに早く出たいのか?

 降りようとするところで背中を強く押されてイラっとした俺は、内心でそんな悪態を吐きながらホームの階段へ向かって流れに乗って歩いていく。

 そして、階段に足を掛けてゆっくり降り始めたその時だった。

 降車時とは比較にならない、強烈な圧を背中に受けてしまう。

 危ないっ! と、思った時にはもう遅い。

 降りる途中の片足が浮いていた最悪のタイミングで後ろから強い力で押されれば、バランスなど簡単に崩れる。そして階段の最上階でバランスを崩せば、後はもう大惨事。


「うっ、うわぁああああああああああああっ!」


 悲惨な叫び声をあげながらゴロゴロと階段を転げ落ち、段の角で体を幾度もぶつける。そうして階下まで一気に転げ落ちた、その最後の最後で。


「――ぐえっ!?」


 轢き潰された蛙みたいな声が漏れた。

 力任せに首を曲げられたゴキッと音と感触と激痛が、同時に襲い来る。

 甲高い悲鳴と、野太い叫び声と、心配そうな声が耳に響く。

 けど、何を言っているのかハッキリと聞き取れない。

 というか、ヤバい……意識が混濁してきた。

 嘘だろ? こんな情けなくてあっさりとした感じで、俺死ぬの?

 嫌だ……連休中に買った新刊も読んでないし、見終わってないアニメだってあるのに。嫌だ、死にたくない……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!

 死にたくない一心で、必死に意識を繋ぎ止めていたのだが……気力の限界らしい。混濁からぼやけていた視界は段々と白い一色へ染まっていき、最後には電源が切れたみたいに意識がブツッと切れてしまう。

 おいおい、マジかよ……俺、死んじゃったよ。



「……ん? アレ?」


 ふと目を覚ませば、俺はまるで見覚えのない場所にいた。

 壁も天井も無い開放的な空間で、満点の星空を思わせる幻想的な光景がどこまでも広がっている。床には白と黒の精緻なタイルが敷き詰められ、眼前には大理石を思わせるシンプルながら美しい椅子が一脚。よく見れば、俺も同じ椅子に腰掛けている。


「ここどこ? というか、何で俺はこんな場所に?」

「よかった。漸く目を覚まされたのですね」


 不意に、後ろから声が響く。鈴の音という表現がマッチする、綺麗な声だった。

 誰かと思って肩越しに振り返ってみれば。


「……あっ」


 吐息の如き感嘆の声が、自然と漏れた。

 年甲斐もなく、頬が仄かに朱色の染まったのが分かる。

自然とそんな反応をしてしまうほど、こちらへ悠然歩み寄って来るその人は美しかった。

 王冠を思わせる煌びやかなティアラで飾られた縮れも癖も無く輝いて見せる綺麗な桃色のセミロングの髪を靡かせ、羽を思わせる装飾があしらわれた純白を基調とした色合いのドレスを優雅に着こなしている。目鼻立ちの整ったその端正な美貌は人間離れしており、宗教画に出てくる女神様のよう。

 思わず見惚れてしまうほどに美しいその女性は、俺の前に置かれた椅子まで悠然と歩いていく。そしてそのままゆっくりと腰掛けて、柔和な笑みを湛えて見せた。


「あ、あの……貴女は――」

「迷える魂よ。ようこそ天界へ。誠に悲しいですが、貴方は亡くなられてしまったのです」

「――えっ?」


 素っ頓狂な声が漏れた。ここ最近で一番の、凄く間抜けな声が。


「あ、あの……何を仰って――」

「おや、自覚が無いですか? まだ記憶が混濁しているようですね」

「記憶が混濁って、さっきから一体何を――っ!?」


 瞬間、首から激痛が走る。同時に襲い来るのは、強烈な既視感。

 この痛み、どこかで……等と考えるまでもなく、俺は全てを思い出す。


「そうだ。俺、駅の階段で転落して……えっ? じゃあここってまさか、死後の世界?」

「ええ、その通り。そして、おめでとうございます。貴方はこの度、晴れて異世界へ転移するチャンスを授かりました」

「…………えっ?」

「…………えっ?」


 不意を突かれて困惑の声が漏れ、そんな俺の反応に驚いたように彼女も目を丸くする。


「あの。ここへ来る前に、異世界への転移を希望するか聞かれませんでしたか?」

「いや、そんなこと聞かれた覚えは……無いかな? 多分俺、死んで直ここ来てます」

「そ、そうだったのですか? ということはルート違い? あら、どうしましょう……」

「ああああ! でも、大丈夫。異世界転移、興味あります」


 宥めるような身振りと我ながらぎこちない口調でそう答えると、彼女は暫し考え込んで。


「まあ、いいか。多分、大丈夫……多分」


 聞こえるか聞こえないかという、凄く微妙な声量で言い放った。

 えっ? まあ、いいか? 多分、大丈夫? それ、ホントに大丈夫なのか?

 そんな俺の不安などお構いなく、その人は居住まいを正すと「改めまして……」と話を仕切り直しに掛かる。


「私の名はガヴリル、天界の女神です。失礼ですが、お名前を伺っても?」

「えと……神宮清風……です」

「神宮清風様、ですね。さて、異世界転移をご希望とのことですが、どんな世界への転移を望まれますか?」


 にこやかな笑顔でそう問いかけてくる女の人……いや、ガヴリルさん。

 その魅力的な問いかけに、先ほどまで抱いていた不安など一気に吹き飛ぶ。


「えっ? 選んでいいんですかぁ!?」

「ええ、勿論。同時に、何か一つだけ能力もプレゼントさせて頂きますよ」


 魅力的を通り越して最高の条件に、俺はすっかり有頂天。もうここで小躍りしたい気分。


「マジですかぁ!? じゃ、じゃあ……魔族と戦う冒険者になれる世界へ、風を自在に操作できる魔法付与の上で転移とかも出来るんですか?」

「ええ、勿論。神に不可能は無いのです!」

「おおっ! 流石です!」

「ですが、不思議ですね。何故、条件が風を操作できる魔法と限定的なのですか?」

「よくぞ聞いてくれました。それはっ!」


 どこか得意げな表情を浮かべると、俺はすくっと立ち上がる。


「俺は神の宮より吹く清らかな風、神宮……清風!」


 人差し指を天へ向かってピンッと指し、精一杯のキメ顔で、そう言い放つ。

 昔憧れたヒーロー番組で主人公がよくやっていたキメポーズ、そのアレンジである。

 一度はやってみたかったこのポーズ。自分ではばっちり「決まった!」と思ったのだが。


「…………へっ」

「あれ? 今鼻で笑いました?」

「なるほどなるほど。つまりは、名前に引っ掛けての能力希望ということで」

「――えっ? あっ、そう……です。というかそれより、今鼻で笑いまし――」

「まあ、いいんじゃないですか? 分かりました。では、それで手配します」

「あっ、はい……お願いします」


 弱弱しく、再度着席する。このそっけない返しとちょっと重たい空気感、滑った感がスゲェ……何というか、ちょっと――いいや、大分恥ずかしい!

 まあ、いいさ。一時の恥にうじうじするより、今は目の前の転移イベントだ!

 どんな世界にしようか、流石に少しは迷ったが。やはり異世界転移とくれば冒険者だろう。

 内政チートとかハーレムとか魔王とか貴族とかも捨て難いけど、転移は一回こっきりだし、やはりここはハズれが少なそうな王道鉄板ネタにしておこう。まあ、魔王も貴族もハーレムも最悪チート能力さえあればなれそうだし、内政も貴族にでもなれば携われるだろう。冒険者から成り上がりでそうなっていく作品とか、沢山あるし。うん、大丈夫。多分。


「さて、能力も決まったことですし。では、少し目を瞑って頂けますか?」

「はいはーい!」


 すっかりテンションMAXになった俺は、軽い返事で目を瞑る。

 詳細は分からないが、何かしているらしいことは確か。気になるから目を開けたいところだが、それでチート能力が手に入らなかったりしたら大変だ。ここは我慢。


「お待たせしました。ではこれより、貴方を異世界へと転移させます」

「おっ! いよいよかぁ~」


 すると俺とガヴリルさんとの間の床に突如光を放つ幾何学模様――何でも、召喚聖印とかいうらしい――が出現し、俺は促されるがまま印の上に立った。


「それでは神宮様、行ってらっしゃいませ」

「はい、ありがとうございます。行ってきます!」


 満面の笑みでそう告げながら、俺は再び深く頭を下げる。

 さて、念願の異世界転移……ここから始まるのだ。俺の、第二の人生。

 輝かしい栄光の物語よ、待っていろよ!

 希望に胸を膨らませながら、俺は眩い光に包まれていった。

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