第10話 背負うもの
マツバから魔力の操作について教わった後、私は剣術の指南を受けていた。
教えてもらう武器に関しては悩んだが、一通り使ってみて剣が1番使いやすかった。聞いた話によると、記憶を失う前の私も剣を1番使っていたらしい。1番使っていたというのは、なんでも他の武器も一通り使えたらしい。それでも剣を使うことが多かったということは1番手になじんだのだろう。
そんな私に剣を教えてくれるのはマツバとはまた別のS級。そんなにS級を私の訓練に割いてもらってもいいものだろうか。少し気は引けるが、これは私にとってまたとないチャンスだ。トップクラスの実力者に教えを乞うことができるのだから。
しかし、どうしても気になることがある。それは——
「……」
「……?どうしました?」
「いや……その……」
着物を纏ったピンクのおさげ髪の少女、彼女の顔は狐の面で隠されていた。
彼女の名前はサクラ。落ち着いていて、キリっとした芯の強そうな性格をしている、まさに武士という雰囲気で、年下と聞いていたがそうは思えない子だった。
そして、何といっても気になるのはその素顔だ。
「先ほど、自己紹介の際にも言いましたが、この面についてはお気になさらず」
「あ、はい……」
(いや気になるよ!)
思わず心の中で突っ込んでしまった。
何か事情があるのは何となくわかるが、気になるものは気になるのだ。
せめてなんでしているのか聞きたいところだが、何となく聞きにくい。本当に触れちゃいけないような内容だったらどうしようとか考えてしまう。
「戦場での考え事は命取りになりますよ」
「いでっ!?」
頭に一本、良いのを入れられた。
「これが真剣なら死んでいましたね」
「……うぅ……すいません……」
せっかくのチャンスなのに、このままでは何も頭に入ってこない。何の成果も得られずに終わってしまう。
「……少し、休憩しますか」
「いや、そんな……」
「集中力が切れているようですので」
ぐうの音も出ない。実際、まったく集中できていないのだから。
サクラは特別訓練場の機能を使い、私と自分の近くに椅子を向かい合うような形で出し、そこに腰かけた。
「どうぞ、お座りください」
何となく座りにくいが、座らないのも悪いので私も椅子に腰を下ろした。
「さて、ミズキ様。ここまでの稽古で何か気になる点はありますか?」
「いや、特には……しいて言うなら結構難しいなと……」
「難しい、というと具体的にどのような点でしょうか?」
座りにくかった理由が何となくわかった。
サクラからしたら、気を使って息抜きにお話しましょうってことなのかもしれないけど、これ、完全に面接とか個人面談みたいなやつだ。
「魔力操作と、あとは見ること、考えることが多くてですね……」
「なるほど、それについては慣れていただくしかないかと……」
「あはは……まぁ、そうですよね……」
「私も全力でサポートさせていただきますので、なにかありましたら気にせずなんでもお申し付けください」
「気まずいよ!」心の中で全力で叫ぶが、そんなこと言えるわけがない。
このままではまずい、何とか流れを変えなくては。
「え、えっとサクラさん……?」
「サクラで結構です」
先手を打とうと勢いよく切り出したのはいいが、話のネタを考えてない……ええい、ままよ!
「す、すきな食べ物は?」
「好きな食べ物ですか?」
ありきたりな質問をぶつけたのはいいが、あまりにも突拍子が無さ過ぎて、会話が下手くそな人みたいになってしまった。
「そうですね……お団子、ですかね……」
「お団子ですか?」
「ええ、思い出の品なんです」
そう言ったサクラは少し悲しそうだった。
先程から彼女との間に距離を感じる。強い拒絶という感じではないが、ほんのりと距離を取るような、踏み込んでほしくないと言っているような、そんな感じだ。
「ねぇ、サクラは私の事嫌い?」
「え?」
「あ、いや、別に変な意味とかは無くてね!?」
我ながらいきなり何を言っているんだと思った。少し取り乱したが、切り出した以上話を進める。
「なんか、距離を感じるような気がして……」
「……」
狐の面で表情は見えない。だが、俯いている彼女の姿が何よりも彼女の心情を表していた。
「別にミズキ様のことは嫌いでは無いのですが……苦手かもしれません」
「苦手?」
「はい……貴女といると思い出すのです、死んだ姉のことを……」
「……そっか」
なんて声を掛けたらいいのかわからなかった。
同時に、後悔した。まるで、彼女に言いたくないことを言わせてしまったような気がして、下手に踏み込むべきではなかったと。
「ごめんなさい、急にこんな話をしてしまって」
「そんな、謝らなくていいよ。むしろこっちの方こそごめん……」
気まずい沈黙が流れる。
なんとかしようと必死に考えても、思考は空回りするだけで何も出てこない。
しばらくして、サクラが立ち上がった。
「昔から、人と話すのが苦手でして……今回の件も、断るつもりだったんです。でも、私の目標である姉がよく貴女の話をしていました。心技体、全てを兼ね備えた最高のA.S.Fだと。No.1にふさわしい人だと。だから、お会いしてみたくなったんです」
サクラは心の内をふり絞るように、声に出した。有名人にでもあったかのような彼女の様子に、少しの嬉しさと、彼女の期待を裏切ってしまっていることに対する、申し訳なさと、自分の不甲斐なさをひしひしと感じた。
「ごめんね、今の私は全くの別人だよ」
「……私はそうは思いません」
弱気な私に、彼女は真っ直ぐにそう言った。
自然と落ちていた目線を上げ、彼女の顔を見る。面で表情は見えないが、これまで私が見た中で1番真剣な表情をしているような気がした。
「ミズキ様は記憶を失いましたが、それだけです。貴女は姉から聞いた通りの人です。優しくて、それでいながら強い」
「そ、そんなこと……」
「いえ、私にはわかります。会って間もないのにこんなこと言うのも変かもしれませんが、何となくそんな気がするんです。貴女が力を取り戻せば、神々も倒せると思うんです。えと、その……ごめんなさい、上手く言葉にできなくて」
サクラが姉からどんなことを聞かされたのかはわからないが、今の私は間違いなくそのイメージとかけ離れた存在だ。
それでも、彼女は期待してくれている。いや、きっと彼女だけではないのだろう。ここにいる多くの人が私に期待してくれている。
「そっか……ありがとう……」
特別扱いされている自覚はあったが、それは自分が思っているよりも重いものだと、やっと気が付けた。
弱音を吐いて、自分を下げて逃げるのはもうやめだ。それじゃ強くなれない。どれだけ重く、辛かろうと、みんなの期待を背負って戦う。それが、元No.1としての使命なんだろう。
険しい道だと覚悟はしていたはずなのに、こんなところで立ち止まっている場合ではないのに。
つまらないことで時間を浪費してしまった。サクラについては空いている時に聞いて知ればいい。今、この時私がすべきことは彼女の剣を吸収し、自分の腕を磨くこと。
常に気を張る必要はない。でも、張るべきところで張れなければ得られるものも得られない。
「もう大丈夫、続きをしよう」
「……それは何よりです。では、始めましょう」
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