第7話 光と影
魔力の隠匿について教わり始めて3日目。
私はこれまでにないほど苦戦を強いられていた。
「高難度技術ってだけあって難しいな……」
マツバが当たり前のようにやっているものだから、正直簡単にものにできるだろうと高を括っていた。
「まぁ、今までが順調すぎただけだよ」
マツバはそう言ってくれるが、私としてはこれも軽くこなして残る2つに関して教えて欲しかった。
悔しいが1週間で習得できるかも怪しいところだ。
「繊細な魔力操作が必要だからね。あとは魔力操作に慣れるしかないんじゃないかな」
そう言って、読んでいた本をぱたりと閉じた。
「さてと」
ソファーから立ち上がる彼女を私は珍しいものを見るような目で見つめる。
これまで訓練中に彼女が立ち上がることなんてなかった。
「どうしたの?」
思わず気になって訪ねてしまう。
「あとはさっき言った通り慣れるしかないからね。私に教えられることはもう無いし……いや、1つだけあったか」
こんなこと言うのはなんだが、珍しく真剣な面立ちをしていた。
「焦る気持ちはわかるけど、焦っても上手くいかないよ」
そう言われてドキッとした。
早く戦えるようになりたいとは思っていた。でも、焦っているつもりはなかった。
それなのに、自分の心の奥底を見透かされたような、無意識のうちにあるものを言い当てられたような気がして。
「実は私も、A.S.Fになってすぐ記憶喪失になったの」
「マツバも?」
「そう。私も焦った、早く戦えるようにならなきゃって……でも、焦っても空回りするだけで何もうまくいかない。それで、さらに焦って悪循環……だから、1回立ち止まって、落ち着いて余裕を持ってからゆっくり進み始めた。上手くいかないときこそ焦っちゃダメ。急がば回れってやつだよ」
マツバは私の手を引っ張ると、そのままソファーの上に勢いよく座らせた。
「ちょっと休憩した方がいい」
マツバの手が私の頭を撫でてきた。
少し恥ずかしかったが、彼女の手は暖かくて心地よかった。
胸の辺りが軽くなったような気がした。
「お菓子と紅茶でも持ってくる」
そう言って歩き出す彼女の服の袖をつかんで引き留める。
「……どうしたの?」
「マツバは優しくて、強くて頼りになるね。ありがとう」
急にこんなこと言って変だったかもしれないが、伝えなくちゃいけないような気がして、気が付いた時には口にしていた。
「……そんなことない。私なんて……」
そう言った彼女の表情は暗かった。
「マツバ?」
「なんでもない」
何かを隠すように、逃げるように足早に去っていく彼女を引き留めようとしてやめた。
自分の言葉が彼女を傷つけてしまったような気がして。
また、傷つけてしまうのが怖くなって。
私は優しくも無いし、強くもなければ頼りになんてならない。
S級最強のアマリリスと組む私はS級最弱の私。
そもそも私はS級なんて器じゃない。
私がS級でいられるのも、ここまで来れたのも全部アマリリスのおかげ。
元々、頑張ってた理由なんて楽をするため。
そのためにアマリリスと組んだのだ。
S級に上がれば任務の難易度は上がる分、頻度は極端に少なくなる。
任務はアマリリスに指示を出し、偶に援護して戦ってるアピール。
S級になってもそれは変わらず、偶の任務も大して動かずアマリリス任せ。
自分が求めていた理想。
しかし、いざたどり着いてみればそこはそんなに良いものではなかった。
他のS級と比べられ、自分の劣等感を突きつけられ続ける日々。
自分が愚かで、惨めで、嫌になる。
でも、受け入れるしかない。だってそれは事実なのだから。
「マツバ?」
嫌な言葉ばかり考えていたせいだろうか、いつの間にか目の前にいたアマリリスの存在に気が付かなかった。
「アマリリス……?」
顔を上げて彼女の姿を見ると、ところどころに包帯などが巻かれていた。
「どうしたの?その怪我……」
「ちょっと任務でな!まぁ、この程度大したことないさ!」
めったに傷を負わないものだから驚いた。
だが、驚いたのはそれだけではない。
高速再生で治せるはずなのに治さないということは魔力切れということ。
最強のA.S.Fといわれる彼女が、そこまで苦戦したということはつまり、それだけ激しい戦闘だったのだろう。
「いったい何が……」
「なんかよくわからん強いのが出てきた!」
アマリリスに聞くだけ無駄だろう。後で上がってくる報告書に目を通した方が早い。
「大変だったんだね」
「ああ!久しぶりにやりごたえのある任務だった!しかし、マツバの方も大変そうだな!」
「え?」
「なんだかいつもより暗い顔だったが、違ったか?」
見られてたのか。
それにしても、いつもアホだと馬鹿にしていたアマリリスに心配されるなんて、本当に自分が情けないと思う。
「私なんかより、ミズキ様の方が大変そう」
「ミズキ様が?」
首を傾げるアマリリス。
きっと、私がミズキ様に魔力操作に関して教えることになった話なんて忘れているのだろう。
「魔力の隠匿に手こずってるみたい」
「さすがマツバ!なんでも知ってるんだな!」
「私が教えてるんだから当然でしょ」
「なぬ!?そうなのか!?」
やっぱり忘れてた。本当に、気楽で羨ましい。
「ん?でもなんでこんなとこにマツバだけいるんだ?ミズキ様は?」
「ミズキ様は特別訓練場。お疲れの様だったからお菓子と紅茶でも持っていこうと思って……」
「なるほどな!ならマツバも休んだ方がいい!」
「なんで?」
「マツバもお疲れの様だからな!」
他人の事なんか気にしないようなやつに心配されるほど、私はそんなにひどい顔をしていたのだろうか。
それにしても、アマリリスが他人に気を配るなんて、珍しいこともあるもんだ。
「あんた、紅茶なんて淹れられないでしょ」
「た、たしかに難しいが……何とかしてみせる!」
真っ直ぐ、純粋無垢な瞳。
迷わずただひたむきに進み続ける強い意志。私にはないものだ。
あまりにも眩しすぎるその存在は、いつだって私の心を締め付ける。
光が強いほど影が濃くなるように、アマリリスやミズキ様のような、彼女たちの眩しさが私の惨めで醜い部分を嫌でも思い出させてくれる。
「ほんと……ばか……」
思っていたよりも自分は弱っていたらしい。
堪えきれずに涙が零れる。
今まで押し殺してきた気持ちが、堰を切ったように溢れだした。
「私は……あなたにとって必要なの?……あなたみたいに強いわけでもなければ目指しているものもない……やる気も力もない何もかもが、あなたに釣り合わない……それなのに……どうして私の隣にいるの?私は弱い……S級なんて器じゃない……でも、あなたは強い……私なんかと組まなくたって充分強い!……私なんて……いらないはずでしょ……」
こんな事言ったって何にもならない。ただ、アマリリスを困らせるだけだ。
本当に我ながら最低な奴だと思う。
私からペアになれって言ったのに、こんな突き放すようなこと言って。
自分が更に嫌いになった。
余計に苦しくなって、涙の量が増える。
そんな私を、アマリリスは起こるわけでも憐れむわけでもなく、そっと優しく抱きしめた。
「そんなわけない、マツバは私に必要だ。さっきの任務だってマツバがいたらもっと上手くできた。今までだって、マツバに何度も助けられた。マツバがいなければ私はここまで来れなかった」
アマリリスの腕の中はとても暖かかった。
そのぬくもりが、私の冷え切った心をゆっくりと溶かしていく。
私みたいなやつにそんな資格は無いのに、アマリリスの優しさに甘えてしまう。
「……もう大丈夫」
ひとしきり泣いた後、私はアマリリスにそう言った。
「駄目だ」
「え?」
いつもなら素直で従順ないい子なのだが、何故か今日は違った。
私の言葉に珍しく反対してきた。
「まだ休憩してないぞ」
「いや、別に肉体的に疲れてるわけじゃ……うおぉ……!?」
無理矢理アマリリスに担がれ、私たちの自室のある方向に向かって走り出す。
「ちょ……別に自分で歩けるから!降ろして!」
「駄目だ!疲れてるだろ!」
本当に恥ずかしいし、一応怪我人であるアマリリスに運ばせているという絵面は最悪なので降ろして欲しかったが、言うことを聞いてくれそうになかった。
めんどくさくなったので途中で説得はあきらめた。
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