第5話 魔力の存在
A.S.F部隊本部に来てから三日が立った。
今日から私は戦闘に関する訓練を受けることになっている。
まずは魔力の基本的な使い方について教えてもらえるらしいのだが——
「ルドベキアが教えてくれるんじゃないの?」
「そうしたいのは山々なのだが……どうしても仕事が多くてな」
向こうが親し気な口調で話しかけてくれるものだから、つい私も砕けた口調で話してしまっていたが、彼女はA.S.F部隊の総司令官。1番偉い人なのだ。
確かに仕事が多いというのも納得がいくし、そんな身でありながら、昨日までは施設案内など、私の面倒を見てくれていた。きっと仕事が溜まってしまっているのだろう。
「安心してくれ、私の信頼する部下だ。魔力の扱いについては彼女が1番適任だろうしね」
「は、はぁ……」
彼女が1番適任。なんだか含みのある言い方だった。
魔力の扱いに関して1番ということだろうか。
そこで、私はある人物の顔が頭を横切った。
「もしかして、赤い髪でこう……ツインテの根元がお団子になってる……」
「アマリリスのことか?」
「そう!たしかそんな名前だったと思う!」
私が目覚めてすぐの時、自分の事を最強と言っていた子だ。
もし、それが本当なら1番魔力の扱いが上手くても、何ら不思議ではないのだが——
「残念ながら違うよ。あの子は確かに強いけど、指南向きではないかな」
「指南向きじゃない?」
「まぁ……その、あんまり言いたくないんだが……頭の方がな……」
「あー」
私は思わず納得してしまった。
言われてみればそんな気がする。アホの子って感じだった。
「あともう1人、魔力の扱いが上手な子がいるんだけど……あの子も、教えるってのはちょっと無理があるかな」
「どんな子なの?」
またアホの子なのかとも思ったが、そんなにアホばっかな訳はないだろうし、気になったので聞いてみた。
「人と話すのが苦手な子でね、実力に関しては申し分ないんだけど、指南役は無理かなって」
「なるほどね」
そういう意味での適任ということか。
実力が充分にあり、かつ人に物を教えられる人という人選なわけだ。
「それで、教えてくれる人はどんな人なの?」
「そうだね……無気力な本好き、でも根は真面目ないい子さ」
どことなく嬉し気なルドベキアの表情は、まるで我が子の自慢をする親のような顔をしていた。
「それは、信頼できそうね」
彼女の表情を見て、私はそう確信した。
しばらくして、目的地である特別訓練場に到着した。
特別というだけあって、本来は一部の者だけがルドベキアの許可を取ったうえで利用できる施設。
そんなVIPルーム的な場所なのだからさぞかし立派なのだろうと思って来てみれば、白い壁と床がただ広がっているだけの殺風景な空間。
「ここが訓練場?武器の一つもないけど?」
期待して損した、というより遠慮して損した。
なかなか予約のとれない高級店をタダで一ヶ月独占するような話だったのに、これではその辺のファミレス、いやそれ以下の店を独占するという次元の話になってしまった。グレードダウンも甚だしい。
「まぁ、見ててごらん」
そう言って、ルドベキアは落胆していた私には目もくれず、モニターを弄っている。
「なにそれ?」
私はそのモニターに目を奪われた。
テレビや、スマホの画面の映像を切り取って浮かばせたような、空中に投影されたモニター画面。
近未来的で、ハイテクなそれに目を輝かせていると、ルドベキアがこちらを見てクスッと笑った。おもわず顔が熱くなる。
「驚くのはまだ早いよ」
ルドベキアがモニターを1度タッチすると、訓練場内が白い光に包まれた。
「な、なに!?」
光が収まると、私達は森の中にいた。
「あれ?さっきまでは訓練場だったのに……」
「これは仮想空間さ」
そう言って再びルドベキアがモニターを操作すると、今度はビルのそびえ立つ街中へと景色が変わった。
「特殊な魔導装置で様々な地形を生み出し、様々な地形、状況下での戦闘訓練が行える」
「魔導装置?」
「簡単に言えば魔力を利用した装置さ。科学技術と天使達の持つ魔力エネルギーを用いた魔道具の技術を併せて作られたもの。いわば、人類の英知と、無限の可能性を秘めた奇跡の力の融合系さ」
人類が長い年月をかけて積み上げてきた様々な知識。
そして、私達では計り知れない可能性と力を秘めたエネルギー、魔力。
2つを併せたそれは、まるで
「魔力とは己の心だと、私は思っている」
「どうして?」
「単純な話さ、通ずるものがあるからさ。己の思うがままに形を変え、己の意志によって強くなる。心という魔力があるからこそ、魔法という個性が輝く。魔力無くして魔法は使えない。心亡き者に、己の意志は無い」
ルドベキアの言っていることは、なんだか難しくてよくわからなかった。
でも、今はわからくてもいつか分かる、大切なことなんだと思う。
何故だか、そんな気がした。
「さて、そろそろかな」
ルドベキアは腕時計を見ながらそう言うと、地形を元の殺風景な空間に戻した。
私は腕時計なんて持ってないし、この訓練場に時計は無いため時間なんてわからない。けれど、その行為が何を表しているかは何となく察することができた。
私達が入ってきたのとは反対側の入り口から、カツンカツンと子気味のいい音が聞こえる。
「時間ぴったりだね」
音の鳴る方から現れたのは、眼鏡を掛けた少女。歳は私と同じ18くらいだろうか。
ダボっとした服装とずってしまいそうなほど長い紫色の髪、そして抱きかかえるように持っている分厚い本が、如何にも魔法使いという雰囲気を醸し出していると同時に、物憂げで近寄りがたいオーラを放っていた。
私は、彼女が何者なのかすぐに分かった。
「無気力な本好き……」
ルドベキアの言葉通りの見た目だったし、きっと中身もそうなのだろう。
そして、時間通りに来たということもあり、根は真面目というのも本当なのだろう。
不思議なことに、まだ何も教わってはいないのにこの子なら大丈夫だと確信できた。
「待っていたよ、マツバ」
「お待たせしました。初めましてミズキ様、これから魔力捜査について指導させていただきます、マツバと申します」
「よ、よろしく……」
思っていたよりも礼儀正しい子だった。
でも、なんだか距離を感じる。しばらく魔力の制御について教わる関係だ、こんな堅苦しい雰囲気では身が持たない。
「そ、そんなかしこまらなくても……」
「いえ、記憶を失わられておられるとはいえ、ミズキ様の前ですから」
「いや、でも……なんか、堅苦しい感じだし?」
「まぁ、ミズキもこう言ってるんだし、いいじゃないか」
「……総司令官がそう言うなら」
ルドベキアの説得もあってなんとかあの堅苦しい話し方はやめてくれるらしい。
「んじゃ、よろしく」
「急に近いな!」
急に友達みたいなノリで話しかけてきたマツバに、おもわずツッコみを入れてしまう。
「まったく……堅苦しいと言ったり、近いと言ったり、我儘な方だ……」
わざとらしくやれやれという仕草を取る。
完全に遊ばれている、舐めらている。
何が根は真面目ないい子だこの野郎。
「それじゃあ、私はこの辺で。後は頼んだよマツバ」
「はい」
そう言ってルドベキアはこの場から立ち去ってしまった。
「さてと……」
マツバが訓練場のモニターを表示し、操作し始めた。
早速魔力制御の訓練を開始する——と思いきや仮想空間にまず出したのは、大きなソファーだった。
そこに彼女はくつろぐように深く座った。
ソファーはそれなりに良いものなのか、体重のかかった部分が深く沈み、とても座り心地が良さそう——じゃなくて。
「何してるの?」
「何って……座ってるだけですけど」
「それは見たらわかるけど……」
もしかして、やる気が無い?
「今、やる気ないだろこいつとか思ったでしょ」
「いやぁ?思ってないけどー?」
なんだかやられっぱなしも嫌なので小さな反撃をしてみる。
我ながら子供みたいな反抗に少しだけ自分が惨めに思えたが、マツバが悪いいしと開き直って忘れることにする。
そんな私にマツバは呆れたのか、1つ大きなため息をついた。
「心配しなくても、ちゃんと教えてあげますよ」
そう言って、マツバは先程まで抱きかかえていた大きな本をソファーの上に置く。
「まずは基礎中の基礎、魔力を知覚するところからですね」
「魔力を知覚する?」
そういえば魔力を使い、魔法を発動させたり身体能力を向上させたりできるという話は聞いていたが、魔力というものを見たことが無い。
「魔力を操るだけならそんなに難しいことじゃない」
「そうなの?」
魔力の制御訓練を一ヶ月取ると、ルドベキアが言っていたものだからかなり難しいのかと思っていた。
しかし、油断はできない。知覚するのに時間を取られるかもしれない。
「魔力は個人差はあれど思うがままに動かせる。手足を自由に動かせるのと同じこと。当たり前にあるからわからないだろうけど、自分に手足があると知覚していなければ手足は動かせない、魔力に関しても同じこと」
難しいことを言っているが、要は知覚できるようにならなければ何も始まらないということだろう。
「なるほど……それで?どうやって魔力を知覚すればいいの?」
「考えるな、感じろってやつだよ」
「え?」
急にわけのわからないことを言い始めた。
感じろって言われても、その感じ方を教えてほしいのだが。
「まぁ、見たことないものを見つけろって言われても無理だよね。ってことでちょっと見てて」
そう言ってマツバは上に乗っている何かを見せるように、右手の手のひらを見せてきた。
私は行動の意図が分からず、首を傾げる。
「よく見て」
言われた通り、手のひらの上を凝視してみる。
すると、何やら白い光のような、炎のようなオーラ的な何かが揺れているのが見えた。
「これって……」
「これが魔力……目を閉じてみて」
言ったことの意味は分からないが、とりあえず言われた通り目を閉じてみる。
当たり前だが何も見えない。しかし、たしかにそこに魔力が存在しているということだけは何故かはっきり分かった。
「どう?魔力を感じる?」
「ええ、何も見えないはずなのに……」
「ふぅん……」
なんだか含みのある言い方だ。
「何かおかしなことでも?」
「いや、呑み込みが早いなと思っただけ。どの程度感じられているかはわからないけど、一発で出来るやつはなかなかいないよ」
呑み込みが早い。自分で言うのもなんだが確かにそうかもしれない。
既に目の前の魔力だけでなく、自分の中に流れる魔力、そしてマツバの体内に流れている魔力を感じることができた。
「なかなか筋がいい。これならあんまり時間掛からないかもね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます