まだ相場さえ知らない
1.旅立ちの港
――目を覚ますとそこは見覚えのある港町だった。
もちろん辺りに先ほどの猫像は無い。何が起きたか知らないが、私は帰ってきたようだ。
いつの間にか身体の傷も癒えている。あの猫像の『餞別』とやらだろうか?
そういえばスキルを習得したとも出ていたな。メニューで見てみよう。
【ビギナーズラック(真):あなたのやる気に応じて幸運値が上昇する】
うん……運、か。無職だから当然だが、具体的に戦闘で役立ちそうな物では無かった。
「……そうだ、あの桃色の魔女の方」
少々回り道ではあったものの、ほとんど詰み状態だった私を救ってくれたのは間違いなく桃色の魔女さんだ。
だというのに私は、不可抗力とはいえ礼もほどほどに急に姿をくらませてしまった。
今度会った時は非礼を詫び、何かお返しがしたいと思う。
とにかくまずはこの港を出て【スライズ】を目指さなければ。
しかし武器の無いままでは、同じ様にモンスターに瞬殺されてしまうだろう。
今の私には戦う力が必要だ。
「コレもういらねぇ、です」
困り果てて道に立ち尽くしているとそんな声が聞こえた。
見れば初心者装備の冒険者が果物ナイフを町のゴミ箱に捨て立ち去ろうとしている。
「すまない。これを頂いてもいいか?」
聞くと、黒髪を短いポニーテールに纏めた少女が、耳をぴこぴこ。尻尾をゆらゆらさせながら振り向く。
獣人族のようだ。うちの猫に似ているな。いや、そんなことは今どうでもいい。
私は事のあらましを話した。
猫耳さんは少し考えた素振りを見せ、それから納得したように頷く。
「あげる、です」
「本当か!? 恩に着るよ、ありがとう! 何かお礼をしたいが……」
「ひゃくまん」
「え?」
「ひゃくまんよこせ、です」
しまった……そんな金は無い。
無意味だと思いつつも、私はカバンを漁る。が、しかし。
これも『餞別』なのだろうか? ぎっしり詰まったコインの袋が見つかった。
しかし100万には遠いだろう。
「すまない。これしか持ち合わせがないんだ。足りない分は雑用でも何でもしよう」
「すご。よこせ、です」
「あ、ああ」
「じゃあそれやる。返品禁止。です」
「え?」
私が何か言うより早く、猫さんはすたこらと走り去ってしまった。
手渡された果物ナイフを握り、私は彼女に感謝する。
「到底及ばない金額だったろうに……ありがとう」
この恩は絶対に忘れない。もしもう一度顔を合わせる機会があればしっかり礼をしよう。
そう決意して、私はスライムを狩るべく平原へ繰り出す。
2.ずんどど平原
素手で触らなければ大丈夫なのか、武器を得た私はついにスライムくらいなら楽に屠れるようになった。
ある程度平原を進み、ドロップアイテムの【ねばねば】でカバンが溢れてしまいそうになった頃、私のレベルは遂に5へ到達。
辺りにけたたましいファンファーレが鳴り響く。
【クエスト発生:クラスを習得しよう】
クラス……全ては把握できていないが、私にとって大きな力となるのは間違いない。
しかし途中でのクラス変更は出来ないはず。ここは慎重にいきたい。
どちらにせよ町に辿り着かない限り始まらない話だ。
そんな時。
「ん?」
大量のスライムの残骸の中に見慣れないアイテムが落ちている……。
それは靴だった。不思議な事に、スライムが纏うねばねばな粘液で作られているらしい。
【スライムの靴(★)】
……履いてみたが、歩くたびにねっちょねっちょ音がする。しかしどこか心地良い。
それに何だか足が速くなり、ジャンプ力も上がった。
べちょぉっ! べちょぉっ!
……ほら、こうしてモンスターを飛び越える事も出来る。
これならより安全に進めるだろう。
ねちねち、べちょっべちょっ!
「なにあれ、怖いんだけど!」
「新種のモンスター……?」
すれ違うたび他の冒険者に何か言われたが、特に気にせず町を目指し進むのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます