08

――村が炎に包まれていた。


強固な柵がまるで天に昇るように轟々と燃え、住居や家にも火が付き始めている。


このままでは村が焼き尽くされるのは、火を見るより明らかだ。


「どこだライ·ファブリッション! さっさと出てこねぇと村ごと灰になっちまうぞ!」


ブルータス旅団の生き残り――レオが配下の者らと共に村へと侵入し、ライをおびき出そうと暴れ回っている。


いきなりの夜襲。


しかも魔獣ではなく人間による襲撃に、村人たちは混乱して逃げることしかできずにいた。


強固とはいっても柵も門も木で出来ている。


レオはそこに目をつけ、油を巻いた後に火を放ったのだ。


激しく燃え盛る中で、村中から悲鳴が聞こえていた。


このままでは本当にすべてが灰になってしまう。


たった一人の男を捕まえるためにいささかやり過ぎだと思われるが、ブルータス旅団は、最初から焼野原にするつもりで村を襲った。


男を捕まえるついでに村の金品も奪うつもりなのだろう。


こうなると、もう彼らの独壇場だった。


武器を持っていた見張りをあっという間に倒し、抵抗の芽を完全に潰す。


「キャァァァ! お願いやめてぇ、やめてぇぇぇ!」


旅団の何人かが若い村娘を見つけ、その体を押さえつけていた。


王都から逃げ延び、これまで女日照りだった彼は、溜まった欲望を彼女に吐き出すつもりだ。


このまま村娘が手込めにされてしまうかというとき、突然娘を囲んでいた男たちが次々に倒れ始める。


「女性を傷つける奴は許さん」


村娘を押さえつけていた男たちが振り返ると、そこには甲冑を身に付けた燃えるような赤い髪をした長身の女性――ユースティア·ストレットが立っていた。


ブルータス旅団の動きが止まる。


誰もが怯え仰け反り、顔から冷や汗があふれ出ていた。


それも当然のことだった。


ユースティアは、彼らブルータス旅団の団長を捕らえたのだ。


さらに業炎のユースティアといえば、泣く女が喜び悪人は血塗れになると言われるほどの有名人でもあるため、むしろ彼女を恐れないほうがおかしい。


「いくら最良騎士とは言えども数はこっちのほうが上だ!」


怯む配下に向ってレオが声を張り上げた。


すると、配下の男たちは一斉にユースティアを囲み、恐る恐るながらも彼女へと剣を向け始める。


その様子を見ていたユースティアは、笑みを浮かべながら言う。


「雑魚の相手は私がしよう。おまえたちは指示を出しているあの男を捕まえてくれ」


彼女の言葉の後、二人の男女がその場に現れた。


白髪交じりの黒髪ボブスタイルの女性フリーダ·アルビノと、フード付きの外套を羽織った金髪碧眼の男性ライ·ファブリッションだ。


二人の後ろからは、手の平に収まるほどの小さな薄紫色の子竜――ドラコが飛んでついてきている。


「では、任せる。ライ、あんた戦いたくないって言ってたね。あいつの相手は私がするから、得意の魔法で村の火事を止めなさい。ドラコは村の人たちの避難のほうをお願い」


「えッ!? これだけ燃えてるのを消せっての!?」


「文句があるなら代わるけど、あんたはあいつが怖くて逃げてたんじゃないの? まあ、あんたがやるって言うなら私は止めないけどさ」


「うぅ……そんな言い方されたら僕に選択権なんてないじゃないか……。わかったよ、やります、やりますよぉ」


ライが物凄く嫌そうな顔をしたせいか、ドラコは「そんな顔をするな!」とばかりに彼に向って吠えていた。


そして、ペチペチと子竜に叩かれながら、ライはドラコと共にその場から離れていく。


「逃がさねぇぞ、ライ·ファブリッション! 」


去っていくライに気が付いたレオが、怒声を吐きながら追いかけようとしたが、フリーダはそうはさせるかと、彼の前に立ちはだかった。


レオはムッと顔をしかめたが、彼女の両手に持たれた薪割用の斧とナイフを見て鼻を鳴らす。


そんなちゃちな武器で戦うつもりかと、明らかにフリーダのことを小馬鹿にしている表情をしていた。


フンッと鼻息を出し、さっさと片付けるかとレオが動こうとしたとき、突然雨が降り出してくる。


それは次第に強くなり、村を包んでいた火があっという間に消えていく。


その結果、フリーダたちの周りにあるのは、ランタンと油で付いている松明の灯りだけになった。


「こいつはどうなってる!? こんな都合よく雨が降るなんてあり得ねぇだろ!?」


「ああ、これはライの魔法だよ。知ってた? あいつは今でこそただのスケコマシになってしまったけど、昔は王都で唯一天候を操る魔法を使える男だったんだ」


フリーダはレオにそう声をかけると、横で戦っているユースティアのほうを見た。


最良騎士は剣に雷を纏い、得意の魔法剣で旅団の男たちを打ち倒していた。


決着がつくのも時間の問題だ。


彼女が本気になったら誰も敵わないと微笑みながら、フリーダはレオに右手に持った斧を突きつける。


薪割用の斧の刃が雨に濡れ、側にあったランタンと松明の灯りを浴び、妖しく輝いていた。


「運がなかったね。あんたたちは負けるぞ」

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